39、三国同盟と風魔
天文十八年(1549年)五月
関東管領から返事が返ってきた。
長尾家は了承したので三家が集まりたいと言ってきた。時期は八月、場所は長野殿のいる箕輪城だ。
なんで、こんなにも遅くなったかというと...憲政がゴネたからだ。何でも、長尾家先代当主長尾為景と因縁があったらしい。
しかし、家臣達の説得で同盟することを認め、長尾家に使者を送ったら直ぐに承諾したらしい。
俺は父義清に伝えに行って貰えるかと思ったら「お前が行け」と言われてしまった。何でもやることがあるからだそうだがそれが何か教えて貰えなかった。
上田城
「と、言うことで箕輪城に行かないといけなくなった」
俺は自分の家臣を集めて説明した。その上で武田の動きに警戒することを改めて伝え連れて行く者の名前を挙げた。
「付いてきてもらうのは、まず護衛も兼ねて孫六と陽炎衆には来てもらう。北条の風魔のこともあるしな」
「ははぁ...。殿、各地に散らばる精鋭を集めてもよろしいでしょうか?」
孫六が聞いてきたので間に合うなら許すことにした。と言うか誰のことを言ってるのか分からない。
「次に幸隆も来てくれ。長野殿に縁もあるし管領の顔を知ってるだろうからな。後、常田(隆永)と矢沢(頼綱)も連れてきてくれ」
「畏まりました」
「昌祐は上田城城代として残ってくれ。昌豊と満親はその補助を頼む」
「「はっ!」」
俺は次々と指示を出していった。
信春には長窪城の復旧と改築を続けさせ、佐久の内山城の望月信雅は望月城がほぼ復旧したので望月城に行ってもらい、内山城には出浦清種を城代として入れた。
それと、各地の復興を続けさせた。
その頃、小田原城では...。
「小太郎、それは間違いないのか?」
「ああ。越後長尾、信濃村上と上杉が八月に箕輪城で一堂に会し三家で同盟を結ぶそうだ...」
北条氏康は風魔小太郎からの知らせに頭を抱えた。
と言うのも、河越夜戦の大勝利の後領地経営に手間取り上杉領に侵攻することはあまり出来なかった。
しかし、調略により少しずつだが関東管領上杉家を切り崩していた。しかし信濃の志賀城の戦いで武田に大勝利し息を吹き返したのだった。
その為、調略も思うように進まなくなったので武田、今川と三国同盟をし全力を関東管領に向かわせようとしていた。
そんな時に今回の三国同盟の話がもたらされたのだった。
「小太郎...忍び込んで始末できるか?」
「命とあれば行くが、恐らく失敗するだろう。場所が場所だけにな。数人紛れ込ませるのは憲政の遊興癖があるから簡単だ」
長野業正の箕輪城は上杉家で一番、侵入がしづらい城だった。
と言うのも、風魔に対して厳しい警戒網が張られているからだ。
「仕方ないか...。情報だけ持ち帰ってくれ。ただ、始末できそうならしてくれ」
「分かった。直ぐに用意しよう...」
そう言うと小太郎は消えてしまった。
(たく、いつもお化けのように消えやがる..)
氏康は小太郎がいた所を見て思った。
氏康と小太郎の関係は氏康自身が幼い頃からの付き合いだ。小太郎も昔は名前があったが、風魔頭領を継ぐ際に名も継承し風魔小太郎となった。ちなみに四代目だ。
天文十八年(1549年)八月
上野 箕輪城
俺達は箕輪城に到着した。連れてきた兵は千人のみだ。
主な者として、真田幸隆、鵜飼孫六、常田隆永、矢沢頼綱と孫六が呼んだ忍、岩根勘兵衛、佐治三郎、そして、望月出雲守だ。
岩根と佐治は表向きは店主として動いているが、名を連ねるだけあってそれなりに腕前があるそうだ。腕は鈍っていないと言っていた。
一番驚いたのは望月出雲守が来たことだ。話を聞くと一時的に雇ったそうだ。甲賀の忍で護衛が得意なのが望月一族だという事で今回は召し抱えるのではなく一時的に雇うことにしたらしい。口止め料も含めてそれなりの報酬を約束しているそうだ。(孫六の禄で)
来たついでに、望月本家(信濃望月家)と望月分家(近江望月家)との関係改善と身内同士の婚姻が決まったらしい。
「ようこそおいでなさいました」
業正の家臣に案内されて俺達は城に入った。管領上杉憲政と長尾景虎はまだ来てないそうだ。
なので、河原隆正を呼んでもらい、幸隆と隆永、頼綱の三人を連れて話をすることにした。
「それで、我らを滅ぼした村上が何用か?裏切り者の三人も来よってから」
河原は好戦的だった。やはり、同盟するとはいえ、滅ぼした俺達を許す気はなかったようだ。
「簡単な話だ。幸隆には以前言ったが海野家を再興するつもりだ」
隆正は言われたことに驚いたが同時に怒りが込み上げてきた。
「我らを滅ぼしておきながら、再興するとはどう言うことか!!ふざけておるのか!!」
「ふざけてなどいない。海野家再興は幸隆の悲願でもあったし、それに見合った功績を上げてきた。だから再興を許したんだ」
その後、俺は再興する条件を伝えた。まず、海野家の血を継ぐ姫を幸隆の次男徳次郎、もしくは四人(幸隆、頼綱、隆正隆永)が認める者と婚約すること。志賀城を与え、常田隆永、河原隆正を家老とすることを伝えた。
考える時間を与えるため、滞在中に答えを出すように言い、俺はその場を離れた。
既に夜になっていたがその頃には関東管領上杉憲政と越後守護代長尾景虎が到着していた。
翌日
上杉憲政、長尾景虎、村上義照とそれぞれの配下一名とまとめ役として長野業正が集まった。
俺は孫六を連れて来ていた。幸隆には海野家のことを話して決めるように指示したからだ。それと、風魔の襲撃を考えてのことだ。
そして景虎は何と..
女!!!
・・・何て事は無く普通に男だった...。正直少し期待していた...。残念..。
てか、俺と同い年だったのに驚いた。
「まずは、お二方には深く御詫び申し上げます」
俺はそう言って頭を下げた。本来なら当主の父が来ないと行けないが代理で俺が来たからだ。
「なに、そのようなこと気にするでない!共に伊勢(北条)と武田を打ち破ろうぞ!!」
「管領様が問題なければ私も問題ない」
二人共、気にしてはないようだけど...。
(景虎は何を考えてるか分からんな...)
憲政は顔に出やすいようだが、景虎は真逆だ。全く何を考えているか分からなかった。
その眼光は鋭く、まるで何か見通してるような錯覚をさせてくる。
逆に景虎も義照を計り知れなかった。
(この者が毘沙門屋の夏見が言っていた男か...。読めぬな...)
毘沙門屋とは義照が越後に作った店で情報集めの拠点だ。店主は甲賀五十三家の夏目角助だ。今は長尾家の御抱え商人になっている。
※・・・決して酒が大量に安く手に入るから御用商人にしたのではない!!(表向きは)
景虎は角助から義照のことを聞いていたが、聞いていた以上に考えが読めなかった。景虎としては叔父の高梨政頼の領地を奪った者と思っていた。
「さて、此度集まったのは同盟を結ぶため。内容に問題は無いであろうな?」
同盟の内容は大きく分けて二つ。三家の不戦と救援があれば援軍を出すこと。それぞれの領地の通行と商売の配慮についてだ。
婚姻同盟ではないので拘束力は薄いが今はこれで良いだろう。
「異論はありません」
「私もありません」
俺や景虎の返答に憲政はうんうんと笑顔で頷き上機嫌になっていた。
「では、これに署名を...」
長野業正が決められた条件が書かれた誓紙を出してきたので署名した。
その後は宴となり家臣も含めて一同が会していた。
上座には関東管領上杉憲政が座り、一段下の左右に長尾家、村上家が座った。関東管領の体面を重んじたからだ。
どんどん豪華な料理が運ばれて来た。
俺としては久々に海の魚が食べれたことが良かった。
「村上殿は魚は初めてなのですか?美味しそうによく食べられますが?」
「えぇ、ご存じの通り我らには海が御座いませんので海の魚を食べるのは三度目に御座います。河魚はよく食べるのですがね」
景虎の横にいた男に聞かれたので答えた。恐らく景虎の重臣だろう。さっきの会合の際も居たしな。
「直江...村上殿、我が配下が失礼した」
(直江景綱だったんかい!!)
景虎が詫びてきたが、それよりも直江だったことに驚いた。
「いえ、お気になさらず。管領様、我が領地で作っている酒をお持ちしましたのでどうぞ御賞味下さい...」
俺がそう言うと神水酒が運ばれてきた。
「帝自ら命名されました神水酒に御座います!皆様どうぞ、存分に後堪能下され!」
俺が言うと皆驚いていた。神水酒はかなり高額で出回っているが買えるのはごく一部の金持ちだけだからだ。
分かっているのは、堺の豪商や大内家、それに三好家等が買ってくれているそうだ。特に大内家は超お得意様らしい。まぁ、時間の問題ではあるかもしれないが...。
ちなみに、長尾家は清酒はよく買っていく。かなりの量を買ってくれるので角助は大喜びしていた。
「おおぉ!神水酒か!いつ見ても水のように清んでおるそうだな!」
憲政のせいで関東管領の財政は苦しいのかと思ったが口には出さなかった。景虎は香りを楽しんでいた。
酒は憲政が連れてきた遊女が注いでいた。話によれば憲政がよく呼ぶ者達らしい。
長野業正は入れることに反対したが憲政に押しきられたそうだった。
その時、俺の隣の孫六が合図をして来た。元々決めていた合図だ。正直無い方がよかった....。
「そう言えば、我等には陽炎衆がおり、長尾家には軒猿と言う忍衆がおるようですが、管領様の元にも忍はおるのですか?」
俺が遊女達が酒を注いでいる最中に聞くと憲政は不機嫌そうにし、景虎は驚いた。軒猿のことを知っていたからだろう。
「ふん。ワシの元にそのような下賎の者は居らん。長野の元に一人居るだけだ」
俺はそれを聞いて直ぐに行動を起こした。
「そうですか...。それは大変失礼致しました...。孫六..やれ!」
それを合図に孫六を始め俺の家臣達が側に居た遊女を捕らえていく。
「な!何をするか~!!!」
憲政は叫び、遊女の何人かは悲鳴を上げ、長尾勢は突然のことに驚きつつも景虎を守ろうとする。
「この者達は忍に御座います。恐らく風魔でしょう!御油断めされるな!!」
俺が大声で言うと憲政や業正は驚き、二人の女がクナイの様なものを持って背後から俺に向かってきた。
「殿!!」
幸隆が叫ぶが俺は向かってきた女を一撃で沈めた。剣や槍は未熟だが、体術で勝とうなど舐められたにも程がある。
「門を閉めろ!周りを固め一人も逃がすな!!」
業正は憲政を護衛しつつ大声で指示をしていき配下の兵が直ぐに動くのだった。
宴は悲惨な状態となり、広間は滅茶苦茶になった。
結局、遊女として侵入していたのは十人、憲政が連れてきた遊女が二十人ちょいだったので半分は忍だったことになる。
これには上杉家臣も呆気にとられていた。まさか、こんなにも風魔がいるとは思っても見なかったからだ。
捕らえた者は四人を除いて全員自殺した。恐らく口の中に毒でも仕込んでいたのだろう。
残っている四人は俺の護衛として来ていた孫六や望月が捕らえた者と俺に向かってきて意識を失っている二人だ。
孫六達の方は自殺できないようにされていたからだ。
「管領様、長尾殿、此度の騒動、申し訳ないですが、風魔が相手では油断できませんのでどうか御了承下さい。毒でも盛られる可能性も御座いましたので」
俺は伏して頭を下げた。景虎は管領の返答を待っているようだった。
「宴を壊されたのは許し難いが、風魔を捕らえたとあれば良しとしよう。この者達はワシ(憲政)が貰う!尋問して目的や伊勢(北条)の内情を吐かせばならぬからな。長野、連れて行け!!」
そう言って生き残った四人は長野の兵達に連れていかれた。
しかしこの時、捕まった女達とは別の者が一人逃げ出していることをこの時誰も知らなかったのだった。




