36、反撃
天文十七年(1548年)九月
上田城に寄った後、丸子城に着いたが武田は既に長窪城に退いた後だった。
「殿!申し訳ありません!長窪城を奪われてしまいました!!」
「丸子城周辺も荒らされて城から出ることができませんでした!申し訳ありません!!」
西条義忠、森村清秀の二人は伏して頭を下げていた。
俺は二人から詳しい話を聞いた。それとこの場に須田満親が居ないこともだ。
長窪城落城後、僅かな手勢で丸子城に入り武田を迎え撃ったが、多勢に無勢で二の曲輪まで破られ本丸で何とか守った。
武田はその間に周辺の田畑の刈り取りを始めたが、反撃することは出来ず見ていることしか出来なかった。
俺達がこっちに来ることを聞いてか武田は兵を退き今に至るそうだ。
満親に付いては丸子城にまで押し寄せた武田軍に突っ込み負傷して動けないのでここにいないとのことだった。かなり重症らしい。
暫くすると長窪城の偵察に向かわせていた陽炎衆が戻ってきたので状況を聞いた。
武田は長窪城に五千の兵で入っており、小笠原の埴原城を落とした本隊を待っているそうだ。
「このまま攻めても挟まれる可能性が高いか....」
「はい。我らは七千ですが、武田本隊が加わった場合敵は一万になるでしょう」
俺達はどう攻めるか話し合ったが、敵の援軍が来るのが分かっているので容易には動けなかった。
「既に九月...。味方も疲れが出てきております。敵も退くと思われますので我らも引くべきかと....」
俺達は常備兵なので何時まででも居られるが武田軍はまだ兵農分離が出来てないので恐らく撤退すると考えているようだ。それに長窪城の五千のうち三千は武田軍なので退けば余裕で攻め落とせるだろう。
「孫六、動ける陽炎衆は何人いるか?」
「はっ、二百名程に御座います」
「孫六、陽炎衆を全員率いて二ヶ月程甲斐に向かい、至る所で火付けを行え。田畑だろうが民家だろうが燃やせるものは燃やし尽くせ。ただし、無理はするな。必ず全員で戻ってこい」
「ははぁ!」
「俺達はこのまま布陣する。武田の本隊が来たら野戦で勝敗を決する。それまで、警戒しつつも鋭気を養え!」
「「ははぁ!」」
評定を解散させて皆、それぞれの陣へ戻った。
長窪城
「信繁様、敵は攻めてこないように御座います」
「恐らく、御館様率いる本隊が来るので城攻めの最中挟まれるのを恐れたのでしょう」
諸角と小山田は信繁と共にこれからのことを話していた。
武田本隊が来るので籠城し耐えろと指示があったのだ。
「しかし義照はどう考えておるのだろうか?このまま攻めてこねば兄上(晴信)がやって来て兵力でも劣る。兄上のことだ。合流すれば必ず撃ち破ろうとするだろう...」
信繁は義照がこのまま対陣するだけではないと考えていた。必ず何か仕掛けてくると考えていたのだ。
「信繁様、恐らく刈り取りの時期ですので兵を帰すと思っているのではないのでしょうか?我らが国へ帰れば一気に攻めかかるつもりではないかと」
小山田はそう推察して言った。
武田の兵は百姓が主力になっているので対陣が続けば兵達が反乱する可能性もあったのだ。
信繁もその事は分かっており、兄(晴信)が決戦をすると思ったのもその為だ。
「今考えても仕方ないか...。諸角、小山田、兄上が来るまで守りきるぞ!」
「「ははぁ!」」
それから七日後。
武田本隊がやって来た。その数五千だ。
義照本陣
「丁度良いときに来てくれたな。昌豊…」
「ははぁ、ギリギリでしたな。何とか間に合って良かったです。ただ、今の上田城はもぬけの殻です」
俺は昌豊達、千五百人を呼び寄せた。この内五百人は鉄砲隊だ。
「後は敵が攻めて来るのを待つだけだな...」
俺が言うと全員顔つきが変わった。今回は負けることが出来ないからだ。負けてしまえば一気に信濃を蹂躙されることになるからだ。
「敵はおよそ一万、我らは八千五百...。なれど、士気も地の利も兵の質も我らが勝っております。この戦、負ける要素はありません!」
「殿!どうか先陣は我等にお任せ下さい!敵本陣まで突撃致します!」
「いや、どうか我が隊にお任せ下さい!必ず晴信の首を取ってご覧に入れます!」
昌祐は既に勝ちが見えており、信春と正俊は先陣争いをしていた。
「殿、どうか先陣は私にお申し付け下さい。武田は裏切った禰津を先陣にすると思います。ですのでどうか、御願い申し上げます!」
珍しく幸隆が先陣をと言ってきた。やはり、同族の裏切りが許せなかったのだろう。実際は禰津を調略したのも幸隆だったからだ。
「いや、先陣は昌祐の騎馬隊に任す。鉄砲隊斉射後敵陣を突き破れ!」
「ははぁ!」
「幸隆は第二陣とし、昌祐の後に続け。禰津元直の首を持って参れ」
「..はぁっ」
「正俊、信春は両翼を喰らい尽くせ。敵を生かしてこの地から帰すな!!」
「「ははぁ!」」
その頃武田軍も軍議をしていた。
「数はこちらが上ですが、兵達の士気はあちらの方が上に御座います」
「それに、兵士達から稲を刈り取れなくなると不満が相次いでいます。このまま対陣すれば、逃げだす者や反乱する者も出るかと...」
「...御館様、ここは和議を結ぶべきと存じます」
決戦に反対する者が多かった。軍師の勘助も和議を結ぶべきと言った。
元々、今回諏訪をエサにして小笠原を攻めさせ、その対応のため武田が動けないように見せかけ、義照に義利を攻めさせた。
その隙に禰津等寝返った者達に長窪城を落とさせ、信繁の軍と共に小城の丸子城を落とし晴信の軍と合流して上田城を制圧する予定だった。
万が一、義照が引き返して来ても、義利がその背を突くので問題ないと思っていた。
しかし、義利が籠もる村上の本拠地で堅城でもある葛尾城があまりにも早く落城し、丸子城は必死に防衛し時間を稼ぎ義照が到着してしまったのだ。
「勘助、敵が和議を結ぶと思うておるのか?我らは既に破っておるのだぞ!」
「それがしが出向き、必ずや説得してみせます!何卒、使者として行くことを御許しください!」
勘助の必死の願いを聞いて晴信としても実際悩んでいた。勝てば信濃をほぼ制圧できるが負けた時、信濃を全て失う可能性があった。しかし、和議を結ぶとしても義照が納得する訳がないと理解もしていた。
最悪、信濃全てを要求してくるかもと思っていた。
「兄上、某も勘助と共に使者として向かうことを御許しください」
信繁も勘助と共に使者に出ることを望んだ。
晴信は勿論認めなかった。向かわせれば殺されると思ったからだ。
しかし、信繁は自身が行くことで和議を結び破らないことを示すとして譲らなかった。
まとまらないので解散し、翌日話し合うことにしたが、その日の夜、甲斐から急使が来て事態は急変するのだった。
翌日
晴信は暗い顔をしていた。
「甲斐に留守居役として残してる駒井から急使が来た。甲斐国内で放火による被害が多発している。これらは全て他国の忍の仕業だと言うことだ。....恐らく村上の陽炎衆だろう」
その知らせに全員驚いた。陽炎衆は義照の重臣、鵜飼孫六が指揮していることしか分からずその事も、わざと生かされた三ツ者によって伝えられたものだけなので全容が全く分からなかった。
「御館様、どれくらいの被害が出ておるのですか?」
「大抵は村の建物だが、中には年貢を納めるために米を運び入れていた蔵も焼かれた。兵や透波を向かわせているが未だ捕まらぬ...。逆に見せしめにされておるそうだ...」
透波とは晴信の忍達のことで、諜報が主な三ツ者から選ばれた精鋭で忍働きも出来る者達だった。
「御館様、今川に仲裁を頼み和議を結ぶべきかと。ここで勝利しても、このまま焼き討ちが続けられては甲斐の国は疲弊し続け、民が一揆を起こすかも知れません」
前日は黙っていた板垣も和議を言ってきた。晴信としても和議が出来るものならそうしたいが無理だと思っていた。三国同盟を結んでまだそれ程経っておらず、ましてや自分が和議を破って攻め込んでいるからだ。
「条件は如何するつもりだ?信濃全て渡せと言われても渡せぬぞ!!」
晴信が言うと全員黙った。村上が飲む条件を考え付かなかったからだ。
「兄上、一度和議を申し込む使者をたて条件を聞いてみてはどうでしょうか?」
「御館様、交渉すると同時に将軍家に仲立ちを御願いしてはいかがでしょうか?」
信繁の提案に勘助も案を出す。
晴信は仕方無しと思い承諾した。
「それしかないか....。板垣、直ぐに将軍家に向かえ。小山田は今川に仲裁して貰えるよう使者を出せ。村上への使者は...」
「某が参ります。義照の重臣、真田殿とは知った仲で御座います」
勘助が名乗りを上げたが晴信としては認めたくはなかった。行ったとして生きて帰れる保証が無いからだ。
「殿、仮に使者を殺せば義照の悪評が出ることとなると思いますので、少なくとも今使者を殺すことはないと思います」
小山田は今後の影響を考えて使者を殺すことはないと言ったがそれでも晴信は悩んだ。
「兄上、私が行きます。義照とは知った仲でありますし、私が行けば今回は裏切らないと思うでしょう。こうしているうちに甲斐が荒らされるでしょう。どうかお許しを...」
信繁も名乗りを上げ、晴信は苦渋の判断として勘助と信繁を送ることを認めた。
本当は勘助のみにしようとしたが信繁が譲らなかったからだ。
板垣は直ぐに将軍の元に向かい、勘助と信繁の二人は白旗を掲げながら村上の本陣に向かうのだった。