35、鎮圧
天文十七年(1548年)八月
長窪城落城の知らせから3日目になった。
あれから昼夜問わず攻めかかっているが凡戦の為、落ちる気配は全くない。
ただ、葛尾城からの反撃は少なくなっている。明らかに疲れが出てきたのだろう。俺は攻めている者を除き全員を集めた。
「今夜総攻めを行う。孫六、城に入っている間者に火を着けさせ敵を撹乱させろ。その後は脱出させておけ」
「信春、正俊、先鋒は任せる。城に火の手が上がり次第攻めかかれ。敵対する者は皆始末しろ。武器を捨てて降伏した者は捕らえておけ」
「殿、義利と義邦はどうしますか?」
「抵抗するなら手足の一本や二本切り落としても構わん。生きて捕らえろ。幸隆、陽炎衆の一部を率いて父上と母上の救出を頼む」
「畏まりました...」
「ははぁ...」
幸隆と信春の返事の後、全員静まり返っていた。今までの義照とは違って恐ろしく見えていたからだ。
「今夜何としても城を落とし、丸子城に向かい武田を打ち破る」
「「ははぁ!」」
葛尾城内
「信秀、今日も攻めているか?」
「はい。昼夜問わず攻めてきておりますが、今日は敵も疲れが出ているのか先日より攻めが甘いです」
「流石に三日三晩も続けることはないでしょう」
「そうか、なら今夜は軍を二つに分け半分は休ませろ」
「畏まりました...」
義利は三日間ずっと起きていたので判断力が落ちていた。他の者も同じだった。義利の命でやっと休めると思ったのだった。
その夜
「か、火事だ!」
城から三ヶ所、火の手が上がった。間者として入っていた陽炎衆達の陽動が始まった。
「かかれ~!!!」
火の手を確認すると信春と正俊を先頭に攻めかかった。義利軍は火事があったものの、今夜もこれまで通り凡戦だと思って対応してたが..
「こ、今夜はおかしい!...そ、総攻めだ!直ぐに全員を起こせ!敵は総攻めだ!!」
夜の守りを任せられていた小島と雨宮は敵の松明が増えていくことに驚き急ぎ休んでいた者達を起こそうとしたが遅かった。
「城門を壊したぞ!乗り込め!」
「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」
遂に城門が壊され敵方の兵士達が突入してきた。
寝ていた兵士達はことごとく討ち取られていった。
中には運良く起きていて城外に逃げ出す者もいたが....。
「がはっ!」
「ぎゃぁぁぁぁー」
完全に包囲されていたので誰一人生きて逃げきれる者は居なかった。
「降伏する者は武器、鎧を捨てよ!それ以外は斬る!!」
正俊や光氏がそう言うと、義利側の兵が続々と降伏してきた。
鎧を着けている者や敵対する者はことごとく討ち取った。
「申し上げます!村上義清様を救出しました」
「申し上げます!!小島五郎左衛門、雨宮正利を討ち取りました!」
「申し上げます!!石川長昌を捕らえました!」
俺の元にどんどん知らせが入ってくるが、兄を捕らえたと言う知らせはまだ来なかった。
「本丸に向かう。付いてこい!」
俺は孫六達を連れて本丸へ向かった。
葛尾城
本丸
「ハハハ...。義照に負けたな...」
本丸の一室に義利は、亀御料人と七歳の嫡男武王丸、三歳の長女華と一緒にいた。
「兄上...」
「殿...どうか降伏を。義照は兄である義利様を殺すことはないでしょう。ですので...」
弟の義邦と清野信秀がやって来て降伏を勧めてきた。既に本丸まで迫られているそうだ。
「父も義照も許す訳あるまい。私が油断したからいけないのだ...」
そう言うと脇差しを取った。義利は自害するつもりだった。
「殿!奥方様、それに武王丸様と華姫様と心中されるおつもりですか!まだ、生きる望みはあります!どうか降伏して下さい!」
「兄上(義利)!私が兄上(義照)を説得して見せますので、どうか思い止まってください!」
信秀は必死に義利を思い止まらせ、義邦はそう言うと出ていった。
「殿...私を差し出して下さい。そうすれば、この子達は生かして貰える筈です」
亀御料人は義利に言ったが義利は首を横に振るだけだった。
「亀、そなたが死ぬなら私も共に死のう。こうなることは考えていたではないか」
清野信秀は二人を必死に止めながら、義邦が戻るのを待つのだった。
本丸に向かっていると義邦を捕らえたが、俺に会わせろと言ってきたそうなので連れてこさせた。
「義邦、久しぶりだな....。何の用かな?」
「兄上!どうか義利兄上の命は助けて下さい!」
俺が訪ねると直ぐに兄義利の助命を言ってきた。
「何処にいる?」
どこにいるか聞いたら答えたので義邦を兵に預けて俺達はその場所に向かった。
後ろで義邦が叫んでいたが知ったことではない。
本丸に入り兄がいる部屋に向かったが途中向かってくる兵が居たので全員殴り倒した。孫六と組手をやっている時に、棒手裏剣等忍の技を習ったのでそれも使ってみた。
孫六は他の上忍を圧倒できるって言っていたがたぶん御世辞だろう。
そんなこんなで兄がいるはずの部屋まで来た。
孫六の配下が扉を開けると、義利兄上一家と清野信秀と兵数名が居た。
孫六の配下が信秀と兵を取り押さえると俺は義利兄上の前に行き、思いっきりぶん殴った。
「殿!!」
兄は後ろに倒れ、亀御料人が驚いて叫んだが俺は気にせず倒れている兄の胸倉を掴む。
「兄上のせいで多くの惜しい者が死んだ!!なぜ裏切って武田に付いたんだ!!!」
俺は大声で義利に言ったが、兄は顔を背け黙ったままだった。
ドコッ!!
「黙ってないでこっち見て答えろ!!」
俺は顔を背けた義利を再度殴り怒鳴ったが、やはり兄は顔を反らした。
「この!!!」
「殿!!それ以上はなりません!死んでしまいます!!」
我慢できずもう一回殴ろうとしたが、孫六に羽交い締めにされて止められた。そのまま殴れば死んでしまうかもしれないと言われたのだ。
俺は孫六達に兄一家を部屋に幽閉し、信秀と兄(義利)は別室に連れていかせた。見張り、絶対に死なせるなと厳命してだ。
そして夜が明ける頃には葛尾城を完全に制圧したのだった。
主な家臣を広間に集めたが、父と母がいた。
「父上..母上...」
「義照ようやった!!」
父義清はそう言うと上座に座った。
「皆!大儀であった!光氏、よく、義照の元まで辿り着き、引き連れて参った!」
「殿!御守りできず申し訳有りませんでした!!此度の件は全て義照様が行われたことにございます」
光氏はこれまでのことを父に説明していた。流石、村上三大老だ。ただ、一部盛って話をするところを除けばだ....。
(まぁ、いいように盛っているから文句は言わないけど..)
「さて、此度の反乱の主導者達だが全員打ち首とする。・・・だが義利と義邦は追放する」
義清の発表に全員が驚いた。石川や清野はそうなると思っていたが、兄(義利)や弟(義邦)は追放すると言ったのは予想外だった。
「・・・分かりました・・・・。それでは父上、兄上達は青柳城に送ります。主導者だった清野と石川の一族は元服している者は皆切腹にします。女子供は寺に入れます。父上は北の鷲尾城を攻めて下さい。兵士は降伏した者と光氏達を残しておきます。ただし、高梨を攻めないで下さい。和睦して武田に全力で当たりたいので。私は丸子城の救援に向かいますので、失礼します」
俺は言いたいことだけ言って広間を出た。義邦はともかく、義利も追放と言ったので内心怒りが収まらなかった。父としては義利に対する最後の情けなのかもしれない。
義清は驚いていただけで何も言わなかったので義照の家臣達も一緒に出ていった。
残された義清は光氏に訪ねた。
「光氏、あれは本当に義照か?」
「はい。義照様で間違い有りません。ただ..禰津元直が裏切り長窪城が落とされ、須田満国殿が討たれたと聞いてから、あのように...」
何を驚いていたかと言うと、普段怒ることがない義照が本気で怒りを露にしているからだ。
以前、武田から小県郡を寄越せと言われ怒っていた時のように怒鳴り散らせば驚くことはなかったが、静かに居るだけだがその雰囲気と威圧は凄まじく何も言えなくなるものだった。
「普段怒らぬだけに恐ろしいの...。光氏、軍をまとめ鷲尾城攻めの準備をいたせ」
「ははぁ... 」
(はぁ、義利達は親として最後の情けをかけたがやはり義照は内心反対しておるか...。家督に付いても考えねばなるまい...。)
義清は指示をしながらも今後について考えるのだった。




