21、婚儀
天文十二年(1543年)九月末
上田城本丸屋敷
三日間に及ぶ婚儀を終え宴が始まっている。九条様の娘は千姫と言って、正直、美しく凛々しく現代風だが大和撫子のような人だと思った。まぁ、一目惚れしてしまったのだった。後で聞いたら次女らしい。
上座には俺と千姫が座りその一段下から近衛、九条の公家、父上(義清)、俺(義照)の重臣の工藤昌祐、真田幸隆、鵜飼孫六となり、来賓はそれよりは下になっていた。
小笠原、武田、斎藤、今川と言う順番になっていたので少し席争いが起こらないか心配だったがそんな事は無く今のところ問題は無い。
各国の名代の内心はどうかは分からないけど...。
(まさか、美濃の蝮の名代が来ているとは....)
雪斎は各国の名代の紹介を聞いて驚いていた。
美濃斎藤道三の名代が来ており、村上家と繋がりがあるとは知らなかったからだ。それは武田や小笠原も同様だった。
斎藤家が尾張の斯波、織田との戦が収まれば村上に、呼応して信濃に来るのではと心配するのだった。
斎藤道三の名代の二人は、武田と小笠原、それに今川との関係があるのかと村上家の伝の広さに驚いていたのだった。
公家の二人は見た事無い料理を堪能しつつ神水酒をどんどん飲んでいた。ここでしか神水酒はそんなに飲めないからだろう。
神水酒に関しては各国の名代も驚きを堪能しつつ味わっていた。
宴は盛大な物になり、建築中の町でもどんちゃん騒ぎだった。
まぁ、清酒を振る舞ったのも一つの理由だろう。
正直、式が行われるまでに、沢山の百姓や、商人が祝いの品として野菜や名物などを持って来たので、景政と昌豊は対応に追われて大変だっただろう。
商人の中には堺から来た人物がいた。一人は俺が拠点を作れと命じてその店の主をして居る忍。もう一人は豪商の津田宗達だった。
堺の津田と言ったら、津田宗及が有名だろうが宗達は彼の父親だ。
俺との接点は全く無いが、堺の拠点(店)の忍を通じてやって来たようだ。
後日、他の商人と一緒に商談をする予定だ。
千姫(稙家の養女)
(父から聞いていたけど、こんなに盛大になるなんて..)
実父九条稙通から村上家の財力のことは聞いていた。数年前まではそんなにあった訳ではなく、今回の嫁ぎ先の三男義照が全て携わっていると聞いていた。義父近衛稙家からは帝が命名した、神水酒を作った人物で朝廷を大事にしてくれる人物と聞かされていた。
正直恐ろしかった。私なんかがそんな人に嫁いで良いのかと。十六歳で身長も五尺二寸(156cm)を越えていて他の女性と比べて長身で顔も誉められた物ではなかった。
初めて夫となる義照様と顔を会わせた時、凄く驚かれていた。やはり、私など醜いのだと思った。
でも、義照様はそんな私を愛おしく大切だと言ってくれた。
千姫は婚儀の時のことを思い出していた。
初夜、二人っきりになった時、千姫は頭を下げた。
「村上様、この度は申し訳ございません」
「いきなりどうしました?何かありましたか?」
俺(義照)は急に謝ってきたことに驚いて何か悪いことをしてしまったのかと思った。
「私のような醜い者と...結婚することなってしまって...申し訳ございません..」
千姫は泣きながら謝り続けていた。
「・・・・・・は?」
俺は間の抜けた反応しか出来なかった。
とりあえず、何でと思いつつ考えたが思い付かず、千姫に聞いてやっと理解できた。
この時代で考えたら千姫は高身長だし、顔も醜い部類に入るからだ。現代だと凄く美人でモテただろうけどこの時代の感覚だと真逆に近い。
だから、初めて出迎えた時、父(義清)や義父二人(稙通、稙家)、の反応がよそよそしかったのもやっと理解できた。
千姫に初めて顔合わせした時、驚いていたことを言われたが、俺からしたら美人過ぎたから驚いていたのであって、決して醜いからではなかった。
俺は黙って千姫を抱き寄せた。
「まずは落ち着いて下さい。誰が貴方のことを醜いと言いましたか?私が驚いたのは貴女のような美人が私の妻になってくれることに驚いたからですよ」
「いいえ!!私は本当に醜いです!背も高く、顔も見るに耐えないでしょう!」
千は泣きながらも離れようとしたが俺は決して離さなかった。
「はて、私からしたら小さくて可愛く、顔も綺麗で愛おしいと思ってますが?」
千姫は震えながらも逃げようとするのを止めた。
俺は少し離すと千姫の唇を奪うのだった。千姫は驚き目を大きく開いていたが震えが止まり、力が抜けたように落ちるのだった。
「これが私の気持ちです。貴女は私の妻です。周りが醜いだのなんだの言うかもしれませんが、私は本当に貴女を愛おしく大切に思っています。それとも、私なんか貴女の夫には相応しくないのですか?」
俺が聞くと千姫は俯いたまま首を横に振った。
「なら千殿、顔をあげて下さい。貴女の今までがどうだったかは分かりません。ですが、ここから私と共に進みませんか?」
「....はい。..う..うぅ...」
千姫はそう言うとまた、堰を切ったように泣き出してしまった。
余程見た目で辛い目に遭ってたのかと思いながら黙って千の頭を撫でていた。
正直、恋愛なんて転生前もしてなかったので思ったことを言っただけだがこれで良かったのか内心不安になってしまった。
時は戻り
宴はかなり盛り上がって来たが俺(義照)と千は先に席を抜けて休むことにした。飲み過ぎたのだ。と言っても二日酔いにならない程度にしたから大丈夫?だと思いたい。いきなり千を心配させてしまった。
少し二人で話した後休むのだった。
宴の席では、主賓がいなくなったがまだ飲み続けていた。
「信繁殿、板垣殿、一献如何か?」
義利は武田信繁と板垣信方の所で話をしていた。
義利としては村上と武田の繋がりを強くしたいと思っていたが父義清や周りの家臣から諏訪の件もあり反対されていた。現状維持、それが村上家の方針だった。
なので、密かに密になろうとしたのだった。
武田側としたらこれは使えると思い、密かに調略の手を伸ばすのだった。
これが後に村上家にとっての大きな動乱の火種となるなどとは、この時点では誰一人思ってもみなかったのだった。




