20、各国の思想
天文十二年(1543年)九月
葛尾城
「義照は他国で何をした...」
義清は各地から名代が来たことに驚きを隠せずにいた。その場にいた義利や重臣達もだ。
「小笠原家や武田家は分かりますが、まさか美濃斎藤家や駿河今川家から来るとは思いもよりませんでした」
「しかも、今川家からはあの黒衣の宰相(雪斎)が来るとは...」
「それに、確認中ですが名のある商人達も集まっているようにございます」
「義照は一体何をしたのだぁぁぁぁぁ!!!」
ついに父義清は大声を出した。重臣達からの報告に我慢の限界を越えたのだった。
「父上、義照の話では美濃斎藤家は当主斎藤道三から引き抜きが有ったので、まだ!何となく分かるけど今川家はさっぱりだそうです....。後、商人達は取引がある人や商品を卸して欲しい人達なので余り気にしなくて良い、と言うことでした.....」
義利は義照に問い質したことを報告したが頭を抱えるだけだった。
その頃、各家から来た名代は偵察を始めていた。
太原雪斎
「やはり、義元様に無理を言って来た甲斐があったか....」
雪斎は義照の領地を見てそう呟いた。駿河の本拠地程ではないが、かなりの人がおり、商人も多く、このままではいつか駿河よりも豊かになると思ったのだった。
雪斎は村上家の領地が急激に豊かになっていることを知り、何故、近年急激に豊かになったのか原因を探るのと、今は武田と同盟しているがもし将来武田が敵になった時のことを考えて偵察に来たのだった。
武田が村上の領地を取り、信濃を統一後、越後ではなく駿河に向かうのではないかという懸念があったからだ。
町の人間の話によれば義照が陣頭指揮を取り、何も無かった村がここまで大きく成長し信濃一と言って良い程賑やかになったと聞いた。
他にも色々な道具を考えて生活を豊かにし、民、百姓から仏の義照と言われていることを知った。
(やはり、武田に村上の領地を与えるのは危ないかも知れぬ....。それに義照を武田に取られた場合、武田の国力は恐ろしく上がるかもしれぬな...。一度、ゆっくり話がしたいものだ)
雪斎は一人心の中で対武田を考えねばと思うのと同時に義照を排除または繋がりを作り引き抜けないか思案するのであった。
安藤守就、稲葉一鉄
「はぁ~。殿に言われてこんな所まで来たがまさか、稲葉山城下並みに発展しておる所があろうとはのう..」
「全くだ。しかも、以前美濃に来たガキ(義照)の領地だそうだ。殿(道三)にも献策しておったし、稲葉山城と城下の改築案を殿と話しておったしの。図面を見たが確かに金と時間がかかるが出来たら正に難攻不落じゃった」
守就と一鉄は命令とはいえ、正直面倒なだけで行く意味など無いと思っていたが実際に信濃に来て考えを改めた。
楽市楽座に関しても時間が経てばここ(義照の領地)みたいに誰でも商売が出来、税をたんまり取ることが出来ると思うのだった。
「殿(道三)自身が来ようとしたのも納得じゃな」
「元は油売りだったからこそ、商人の目線から見えるものもあるのかもしれんな...。しっかり記録しておかねばなるまいな」
二人はその後も町を歩き、話を聞いたり料理を食べたりしていた。町を歩いていると美濃に店を出している商人が居たことに気付き、詳しく話を聞くのであった。
武田信繁、板垣信方
「やはり、義照を侮ることは出来んか...。兄上(晴信)は村上との戦を考えておるし、村上も長窪城を落ち延びた者達を匿っているようだしな。厳しい戦になるだろうな...」
「はい。出来れば村上義照をこちらに引き抜きたい所ですが中々....」
二人は町を歩きながら話した。前回の三国同盟の時以上でかなり賑わい発展していると思った。それに城と城下を作ってる途中のようなのでまだ発展すると思った。
「甘利も言っていたが、引き抜きが無理ならやはり始末するしかないか?甲斐に連れて来さえすれば何とかなると初めは言っておったが?」
「信繁様、この地でそのようなことを言ってはなりません!どこで忍が監視しているか分かりませぬ!それに、仏の義照と呼ばれておりますので百姓が襲い掛かってくるかもしれませぬ!」
信繁の言葉を必死に止めた。もし、義照を始末するなどと言った言葉が聞こえたら忍や領民が一斉に殺しに向かって来ると思ったからだ。
「そうか。済まない。しかし、どう村上を攻略すべきか...」
「勘助が既に動いているはずにございます。ここは彼奴を当てにしてみましょう....」
「勘助は来ておるのか?」
「真田を調略するようにございます」
「真田か。勘助が言うには味方に付ければ村上は落ちたも同然と言っておったが...。確か今は義照の重臣であろう?しかも、いきなり千石与えたそうではないか?」
「さぁ?勘助は何か考えがあるのではないでしょうか...。ワシには分かりませんが...」
二人が勘助のことを話している頃、当の本人は今まさに絶体絶命の状態だった。
勘助は松尾城に相木市兵衛と共に真田幸隆の説得に来ていた。
相木市兵衛は幸隆と共に長年武田に反抗していたが最後は武田に降り、勘助と共に信濃の地侍の調略をしていた。
勘助が引き抜きに来たことを伝えると幸隆は控えさせていた兵達で勘助達を囲んでいたのだった。
「勘助、そちのことは全て殿(義照)には伝えてある。それでも殿はワシに全て任せると言われた。生かすも殺すも好きにしていいと。客将だったとはいえ家臣であったことには変わりないのだからとな」
幸隆はそう言って刀を抜き、勘助達に向けた。
「真田様、村上は必ず負けます。そうなれば、今の領地も全て失うことになります。何卒、武田家に付いてくだされ。御館様(晴信)は真田様のことを高く評価されております。小県郡全てをお任せするとのことに御座います」
「真田殿、村上は最たる仇敵ではなかったのか?何故そこまで村上に従うのか?」
二人は囲まれながらも冷静に聞いた。幸隆と付き合いがあった為彼がいきなり殺すことは無いと考えてだった。
特に相木は長年協力して来た仲だったのでそう確信していた。
「確かに相木殿が言われる通り村上義清は最たる仇敵じゃが、殿(義照)はそうではない。二人もここに来るまでに領地を見てきただろう。殿(義照)は民百姓を第一としておる。誰もが幸せに暮らせるようにとな。それに義照様なれば信濃をまとめあげることが出来ると思っておる。どこにも攻められない強国にするとな」
「なれど、義照殿は三男ではございませんか?家督は嫡男義利殿が継がれますと思いますが?」
「かもしれんな。だが、殿はこの地を返して下さり、ワシら家臣に夢を見させてくれた。それだけで十分だ。それに勘助、殿は武田の動きなどわかっておる。それ故既に準備を進めておる。お主は村上家は負けると言ったが、殿が居る限り、村上が滅ぶことはない!」
幸隆は言い切った。武田は一国を持つ大名だが、義照ならそれにすら勝てると思っていたのだった。
幸隆は二人に次は容赦しないと二人を追い出すのだった。
「はぁ~。しかし、あの真田殿があそこまで心酔するとは...。勘助、一体義照とはどんな人物なのだ?」
相木は義照を知らなかった。勘助も、一度しか見ていないので何とも言えなかったが、一つだけ言えるのは油断できない男と言うことだった。
「村上義照...きちんと見極めなければならないのかも知れませぬ..。相木殿、それがしは義照の領地の上田に向かいます。村上義照を見極めたいので、相木殿は先に戻っておいて下され」
勘助はそう言うと上田に向かうのであった。