18、武田からの密使
天文十二年(1543年)二月
幸隆は家族と戻ってきて松尾城に入った。
築城中の上田城本丸に屋敷が出来た為俺(義照)はそちらに入ったからだ。
「やっと戻ってこられた………」
「殿、ここから新しい戦いが始まるのですね」
幸隆と妻の忍芽と子供達は城に入り戻ってきたことを実感するのだった。
「殿は武田と戦になると言っていた。松尾城、砥石城、築城中の上田城が武田に対する防衛線であるとな。改築を始めなければならないな。もう、二度と失わぬ為にな………」
「殿、勘助のことはどうされるのですか?」
幸隆は上州に戻った際勘助に会っていた。勘助が、来たのは幸隆を武田家に引き入れる為だった。幸隆は既に村上義照に仕えることを伝え断った。その際、武田は必ず村上と戦をすることになると伝え、その際寝返らないかと言ってきたので幸隆は勘助を追い出したのだった。
「殿には伝える。殿も武田との戦は避けられないと思われているしな」
幸隆はそう言うと戻ってきた家臣達にそれぞれ指示をするのだった。
上田城
「さぁ!皆の衆!一番早い組には褒美を出すぞ!頑張って正確に作り上げろ!」
「「おおおおぉぉぉ!!」」
俺は築城現場に赴き、皆と一緒に円匙や鶴嘴を振るっている。秀吉のやり方を真似ているので結構早く出来ている。10年の予定だったがこのペースだと惣構えも含めて6~7年で出来るかも知れない。
予定では信濃一の難攻不落の城にするつもりだ。
「殿~!」
「義照様~!」
景政と昌豊が叫びながらやって来た。
二人は息を切らして側にまでやって来て、息を整えていた。
「二人ともそんなに慌てて、何があったんだよ?」
俺が言うと二人は同時に慌てて言ってきた
「た、武田が重臣、板垣信方と甘利虎泰がやって来ました!」
二人で同時に言ってきたが、そのことよりもその内容に俺は一瞬思考が停止した。
「は?……………何でだよ?父上の間違いじゃないのか?」
二人に確認するがやはり、俺だと言う。一応同盟はしているが諏訪の一件でかなり不仲になっている。その中、重臣の筆頭と次席とも言える二人が来たことが恐ろしく感じられた。
二人にはここに来てもらうことにした。
俺は着替えるのが面倒だったのでこのまま会うことにした。前もって使いを出さなかったあっちが悪いんだからいいだろう。
「孫六いるだろ………」
「ここに………」
俺が言うと鵜飼孫六が後ろに現れた。毎回思うが本当に忍って凄いなって思う。
「手練れを十人用意してくれ。場合によっては消えてもらわないといけないからな」
「御意………領内で始末しますか?」
「いや、佐久か諏訪で頼む」
「はっ………私は部下と共に影で護衛に付きます」
孫六は影から守るつもりのようだが、俺の重臣なので、堂々と居させることにした。
「孫六は俺と一緒に参加してくれ。お前は昌祐や幸隆と同じで俺の重臣なんだから。ただ部下は潜ませておけ」
「………ははぁ……」
孫六は驚きつつも承諾した。忍の自分が本当に重臣になり、他国の重臣が来ても同席することを認められたからだ。
孫六は正直、血判書を貰ったとはいえ、重臣とは名ばかりで実際は足軽と同じ扱いを受けると思っていた。しかし、本当に重臣としての扱いを受けているし、部下達も見下されることなく、武士と同じ待遇だった。
それに以前、自分達だけでは無理な指示だったので近江に残った他の甲賀五十三家に頼むことも認められ、彼らにもかなりの銭を渡したので甲賀の忍の中にはここに来たがっている者が多かった。望月家など筆頭格もそうだった。
噂ではその銭の量は六角家の何倍もの額だったと聞いた。
孫六は色々なことを思いながらも部下を呼び、すぐに護衛と手練れを集め準備するのだった。
その頃、板垣と甘利の二人は上田城の築城を見ていた。
目の前には既に小さな町が出来ており商人達も多くおりその中に、甲斐から来た商人も居たのに驚いた。
「ここは以前通った時には村しか無かったよな?」
甘利は板垣に聞いたが板垣も頷くだけだった。
板垣は以前三国同盟を結んだ時に訪れた町を思い出した。
あの後、現当主晴信からあの町は義照が二年で作り上げたことを聞いた。しかも十一歳で傅役が付いていないのにだ。それを聞いてはいたが正直信用できなかった。しかし、今目の当たりにしている光景を見れば、あの話は事実だったと認めるしかなかった。
「甘利殿、村上との戦………かなり厳しい戦となるでしょう………」
「板垣殿、お主もやはり村上との戦は回避することは出来ぬと思うてか?」
晴信は諏訪を乗っ取った後戦略を変え、佐久郡、伊奈郡を手中に収めたら村上とは手を切り、小県郡を攻めることを決めたのだった。
そもそも伊奈郡を攻めることは小笠原の領地も攻めることになるのでどのみち手切れになるのは間違いなかった。
二人は反対したが、晴信は聞き入れなかった。
「正直に言って無理であろう。信濃を押さえれば甲斐の者達も豊かになる。村上義照、あの者をこちらに寝返らせることができれば無駄な血を流さずに済むであろう………」
板垣は義照がこちらに寝返れば、民百姓はこちらに付くと思っていた。仏の義照、甲斐にも義照の噂は既に十分過ぎる程流れていたからだ。
「では、なんとしても………」
「うむ。甲斐に来させねばなるまい………」
二人が話していると、昌豊と景政が二人を呼びにやって来て、義照の元に案内した。
義照の格好を見た二人は驚きを隠せなかった。周りの百姓と変わらない格好で居たからだ。
「この格好なのは申し訳ない。つい先程まで民と共に作業をしていたのでな。それで、武田家の重臣お二人揃って何用に御座いますか?父上ではなく私にと聞きましたが?」
俺は二人を前にして聞いた。隣には昌豊、孫六、景政がついていた。見えないところには孫六の配下もいるはずだ。
「急な往来は申し訳ない。実は義照様にお願いがあってまかり越した次第にございます」
板垣が説明した。なんでも、村上と武田の関係が悪いので互いに人質を一年ほどそれぞれ預けるようにしたいと言うことで、晴信が俺を指名しているそうだ。しかし、父上にいきなりこの話を持っていってもすぐ断られることは明白なので、まず当事者である俺を説得しに来たようだ。
正直に言って、こちらのメリットは1つもない。デメリットだけしかなかった。
「流石にそれを受け入れる訳には参りません。私達にとって何一つ利益がありません」
「それは重々承知しております。なれど、武田家と村上家の関係改善には必要なことと存じます」
話は平行線になったが、武田から誰を出すかと尋ねたことには答えてくれた。晴信の弟の三男信廉を出すそうだ。晴信も承諾済みと言っていた。
割に合わないので無理だと伝えた。父上のことだから、晴信の嫡男や信繁のような親族でないと無理だと伝えた。
二人は絶対に無理だと言っていた。勿論分かっていて言ったのだ。この話は無理だということを解らせたかったからだ。
二人は仕方ないと今回は帰っていった。まぁ、これで大丈夫だろうと思っていたらこの後あんな目に遭うなんて思ってもみなかった。