168、戦の気配あるところにこの男あり
元亀十年(一五七九年)十二月中旬
安芸 広島城
「殿、真に受け入れてよろしいので?」
「仕方があるまい。村上家については隆景と元清に任せてある」
深々と雪が降り積もる中、広島城では
隆元と側近達が援軍としてやって来た信濃村上水軍の受け入れと対応で話し合っていた。
「隆景様から、分散して係留すると。出来れば、あの異様な船を接収、検分したいですが…」
「馬鹿なことは辞めておけ。奪えるかもしれぬが、村上が全力で攻めてくることになる」
「しかし、まさか南蛮の船まで造っていたとは……。我等も手に入れるべきでしょうな」
「それは一理あるな。だがまずは勝たなければ始まらぬ」
隆元達は話をしながらもこれからについて話し合っていく。
広島湾に入った香宗我部達は小早川隆景、乃美宗勝、村上武吉の三人を迎え入れていた。
「御初にお目に掛かる。此度村上家の代表として参りました、村上国清と申します。こちらは三家老の原昌胤と重臣の鵜飼照貞、そして、この水軍大将を任されている香宗我部親泰です」
国清の挨拶で二人も挨拶する。
「これは失礼。私は小早川隆景、隣にいるのが毛利水軍を率いている乃美宗勝、村上水軍の村上武吉です」
宗勝は頭を下げ、武吉は船を見渡していた。
「早速ですが、ここで補給をしていただいた後は毛利水軍と共に南蛮船を殲滅せよと御命令を受けております。直ぐに補給していただいても宜しいか?」
「畏まった。既に目録は受け取り弟の元清が準備をしております。用意でき次第運びますので、皆様を当主(隆元)の元へ案内したいのですが宜しいか?」
「分かりました。親泰、船の指揮は問題無いか?」
「はっ、大殿(義照)の命で各船艦長を決めており、もしもの場合は直ぐに伝達出来るだけの用意も整っております。万が一、毛利家が船を乗っ取ろうとしたり調べたりしようとしても対処可能です」
香宗我部親泰の言葉に昌胤は少し困り果てる。わざわざ毛利家の人間の前で言ったからだ。これには隆景も苦笑いをするしかなかった。
「うん。では親泰はこのまま補給の手続きをしてくれ。隆景殿、向かうとしましょうか」
国清は隆景達に付いていき毛利家本拠地、広島城に向かった。この時武吉は船に残ろうとしたが、乃美や家臣達によって強制的に退艦させられるのだった。
そして広島城で隆元達から出迎えを受けた。
「村上殿、此度は遠路遥々援軍に来て頂き感謝致す」
「はっ。兄義照より、合流後は毛利家の指示を受けつつ南蛮の艦隊を一つ残らず殲滅せよと命を受けております。早速ですが、これからについて話し合いたいのですが……」
隆元の言葉に国清は直ぐに状況を知ろうとした。今まで補給の為に数ヶ所寄ったが最新の情報を持っていなかったからだ。
「まぁ、落ち着かれよ。来たばかり故、暫くゆっくりされると宜しかろう。数日後には朝倉からの援軍が来ることになっておるしな」
「……分かりました」
国清は一旦毛利家の様子を見ることにし、軽めの宴会に参加するのだった。
しかし、その影では照貞が配下の陽炎衆に命じ九州と毛利家の情報を集めさせた。
そして数日後、国清の目の前にはここに居てはいけない人物が朝倉家の援軍と共に居た。
「………あ、兄上。なぜ朝倉家の援軍と共にいるのですか?」
「おぉ!国清が来てたか!なに、伊勢におったが義照が水軍のほぼ全軍を毛利に送ったと耳にしてな。ワシも行こうと向かっておったら旧知の友が居ったから一緒に来たのよ!」
朝倉家の援軍と一緒に来たのは仁科義勝だった。義勝の隣には困り顔の朝倉軍総大将、朝倉景垙と満面の笑みで義勝と肩を組んでいた旧知こと真柄直隆がいた。
そして国清はまた、兄(義勝)の面倒を見ないといけないのかと、胃をキリキリさせた。
「鬼真柄(直隆)に今張遼と言われる仁科殿までいるとは心強い。それでは皆様、これからについて話しますのでどうぞこちらへ」
隆景は朝倉と村上家の代表達を城に案内し、情報交換とこれからについて話し合いを始めた。
「まず、悪い知らせから。豊後一国、南蛮の手に落ちました。また、南蛮は龍造寺領の平戸にも侵攻しましたが、上陸はしなかったそうです」
毛利家重臣、福原貞俊から最悪な知らせが入る。
南蛮は豊後だけではなく、肥後の平戸まで攻めてきたからだ。
「更に、敵の軍船ですが確認出来た物で南蛮船は四十六隻、それに豊後で新たに船を集め水軍を組織しております。また平戸の方は十隻程と言うことにございます」
「南蛮船が五十六隻……」
「圧倒的にこちらが不利ではないか…」
集まった者達から不安の声が上がる。
毛利、朝倉、村上三国連合の水軍(船の数)は
村上家
戦列艦三隻
ガレオン船二隻
鉄甲船三隻
安宅船一隻
関船、小早およそ百十隻
毛利家(村上水軍も含む)
安宅船三隻
関船、小早およそ四百隻
朝倉家(現在出雲に停泊)
安宅船一隻
関船二十隻
「水軍の主力は大型船の多い我等(村上)になりますな」
「隆元様、毛利家にしては些か船の数が少なくありませぬか?」
「朝倉殿。毛利水軍は二度壊滅しており無理矢理建て直しておるために御座います」
毛利水軍は二度壊滅し安宅船では敵の的になるので、関船や小早を中心に建て直した。それは村上水軍もだ。
「国清殿、村上家には南蛮人を家臣にしていると聞くがその者は信用なるのか?」
「それに関しては問題ありません。彼は自由に動けますが監視はしておりますので」
「なら、あの南蛮船(ガレオン船)について聞きたい。あれはどうやって手に入れた?あれがあれば我等も戦える」
「あれは我が領地で造った物に御座います。ですが、」「あーまどろっこしい!!欲しいなら欲しいと言えばいいじゃないか!そんなことは後にしろ!!」
国清が隆景と景垙の質問に真面目に答えていると義勝が話をぶった斬る。空気を読まない義勝だが、今回はまともなことは言っている。
「そんなに船が欲しければ義照にでも言え!それよりも戦の話が先だろうが!」
「仁科殿の申す通り!景垙様、まずは勝つことが先に御座います」
「隆景、仁科と真柄の言う通りだぞ。まずは南蛮人にどう勝つかだ」
義勝の言葉に真柄直隆、吉川元春が賛同した。三人は猛将で武名を轟かせている他、広島城に来るまで一緒にいた為、考えが一致していた。
「……元春の言う通りだ。隆景、まずは南蛮をどうにかすることを話し合おう。朝倉殿も宜しいかな?」
最後に隆元からの言葉で両方とも一旦話を辞め、南蛮に対しての話し合いを始めた。
一刻後、水軍に関しては村上家に任せることが直ぐに纏まり、上陸後は纏まって動くことに合意した。
そして、決戦は来年三月初旬とした。
これは、雪が溶けるのと村上家から追加で援軍を呼ぶためで、意外なことに国清が毛利家に提案し義勝が喜んで賛同した為だった。昌胤と照貞は頭を悩ませたが…二人(村上兄弟)が提案したことで毛利も朝倉も喜んだ。
義勝は自身の兵を呼ぶ時間が出来る為であったが、国清の考えは全く違う。
ただ……
「兄(義勝)の面倒を見るのは死んでも嫌だから兄(義照)に押し付ける」
この思いだけであった。