164、三大国連合
元亀十年(一五七九年)四月
上田城
城の広間には義照と子供達(輝忠、兼照、照親、足利義尊)、弟の国清と清勝、それと甥の仁科盛勝が集まっていた。
「さて、一門を集めたのは村上家の今後について話したいと思ったからだ。まぁ、一名来てないがいつもの事だな」
「叔父上(義照)申し訳ありません。父上はその……」
「盛勝、言わずとも分かっている。馬鹿兄の事だ。どうせ、新しく家臣になった元織田家臣団と遊んでいる(仕合)のだろ?」
「……いえ、伊勢の北畠具教殿の所へ修行(遊び)に行ってくると……」
「「「………………………………」」」
義照が尋ねると盛勝は斜め上の答えを返した。
皆口を開けて唖然としており義照は何も言えなかった。そんな沈黙を破ったのは末の弟の清勝だった。
「義照兄上、今後とは何処か攻めるのですか?」
「違うぞ清勝。兄上(義照)は村上家の将来について話すつもりだ。簡単に言えば目標だ」
末の弟清勝の質問に国清が答える。
「国清の言う通りだ。だが先に輝忠。御主は当主となってからどうするつもりか?」
義照は自分の考えを言う前に輝忠に尋ねる。実際将来動くのは輝忠だからだ。
輝忠は周りを見渡した後、口を開く。
「父上、私は……天下を取りたいと思っています。畿内、それと四国を抑えれば誰にも他の国が束になって掛かってきても互角に渡り合えます」
「……それは同盟国を当てにしての考えか?」
輝忠の考えに誰もが驚く。義照もまさか天下を取ろうと考えてるとは思っていなかった。だが、輝忠が口にした以上いくつか質問する。
「はい。同盟している長尾(越後)、佐竹、伊達、浅井、朝倉は勿論、従属、臣従している大和の松永、伊賀の百地、駿河の武田がおります。北条、北畠も時間の問題です」
「紀伊の畠山は潰すとして幕府はどうする?あれでも河内、和泉、丹波を抑えている」
「周りを制圧後、じわじわと圧力を掛け飼い殺しにします。さすれば幕府は…」
「それでは無理だな。幕府の権威は腐っても残っている。それに朝倉は管領として幕府を使ってワシ等を抑えようとする」
義照は質問をし輝忠が答えていくものの幕府の扱いで止まってしまう。
「まぁ、ワシが隠居するまでに考えることだな」
「それで兄上(義照)はどうお考えなのですか?」
国清は義照に尋ねる。元々、今後について話すと兄(義照)が集めたので考えを聞きたかった。
「同盟国と毛利、島津を含めた新たな組織、いや連合を作る。最早日ノ本内で争っている暇はない」
「父上、其は何故ですか?」
「兼照、九州のこと朝廷は何処まで知っている?特に豊後についてだ」
「え?大友の領地でキリシタンによる一揆が起こったことまでですが?」
兼照の言葉でやはりかと思い手を顔に当てる。今はそれより更に状況が悪くなっていた。朝廷はその事を知らないのだ。
「先月九州から知らせが来た。豊後のキリシタンが制圧した港に多くの南蛮人が上陸した。殆どの者が武装していたそうだ。これがどう言うことか分かるか?」
「父上まさか、南蛮が攻めてきたと言うことですか!」
輝忠と義尊は直ぐに理解した様だ。
輝忠の言葉で他の者も理解し驚いている。
「まだ分からん。だがその可能性が高いだろう。今急ぎ調べさせている」
調べさせていると言ったが正直九州の情報が入らなくなっていた。先月の知らせが来るまで情報が来なかったからだ。
「………私は直ぐに戻ります。父上、六月には京へ来て貰えないですか?帝に今の話を持っていき勅命を持って毛利、朝倉両家の当主を集めます。同盟せずとも和睦までは纏めさせます」
「分かった。輝忠、浅井家に話を付けろ。国清、長尾家が戦の準備を進めている。もしかしたら援軍の要請が来るかもしれん。そちらは任せる」
「分かりました」「分かりました。直ぐに準備を始めます」
兼照は直ぐに京へ戻ると言ったので、輝忠と国清に指示をする。思っていた構想とは違うが、南蛮の侵攻は大名同士が一致団結するには良い切っ掛けになるだろう。
「義父上(義照)、兄上(輝忠)、お願いがあります。幕府に関しては私に一任して頂けないでしょうか?」
義尊が珍しくお願いをしてきた。大抵のことなら許すが流石に幕府となると話は変わってくる。
「義尊、何を考えている?」
「幕府は……私の手で終わらせます。いや終わらせなければならないです。亡き父上(義輝)が建て直そうとした物を護る為に……」
義尊の発言に誰もが言葉を失い、静寂が広間を支配した。
「…ふぅ……。義尊、幕府を終わらすのは簡単だ。だが、その業は遥かに重いぞ」
「分かっています。ですが、こればかりは父上や兄上達にやらせる訳には参りません。足利家の一族がやらなければならないのです!!」
義尊の決意は固かった。京へ残している間に何かあったか?
義照は同じく京を任せていた国清を見る。国清は義照の方を見ると静かに首を横に振る。何も知らないのだろう。兼照の方を見ると同様に首を横に振っていた。
「父上、義尊の願いを聞いてやって下さい。もしもの時は私も責任を取ります」
「………分かった。義尊に一任する。必要な物があれば輝忠に伝えよ」
「あ、ありがとう御座います!! 」
輝忠も認め、義尊の決意も固いので認めた。もしもの時は義照自身が責を取ろうと心の奥底に秘めるのだった。
そして、六月末。京に日ノ本の三大勢力の当主が勢揃いした。
京
広隆寺
「こちらで御座います。既に、毛利隆元様、朝倉義景様はお越しに御座います」
寺の坊主の案内で二人が待っている部屋へと通される。
「遅くなり申し訳御座らん」
中に入ると先に入っていた二人が此方を向く。
隆元は何処と無く元就公の面影があり、静かに腰を据えていたが、義景の方は此方を見るなり目で殺すが如く睨んで来た。原因はよく分かっているが……。
「義照…よくもやってくれたな……」
「幕府の件か。文句なら三淵に言え。それに丹波一国貰ったと聞いたぞ。ワシは何も無いが?」
幕府は史実より三百年?くらい早く大政奉還をした。主導したのは足利義尊と義昭の嫡男で15代将軍足利義尋だ。正確には義尊と三淵藤英だが……。
数日前、義尊は義尋と共に朝廷に赴き朝廷に政権を奉還し、将軍職も返上した。
勿論反対した者もいる。
前将軍の義昭だ。だが、義尋を抑えられ三淵等幕臣の大半は義尊に従ったので義昭は自分に従う者を引き連れて紀伊の畠山の元へ落ち延びた。
義尋は将軍職を返上後出家し今は義尋と名乗っている。
そして幕府領に関しては山城一国は皇室領、丹波は朝倉、和泉、河内、摂津に関しては領地を持っている幕臣達に委ねられた。
「それで、村上殿は我等を討つ為に朝廷まで使って呼び出されたか?」
今度は隆元尋ねる。集められた理由は既に伝えられている筈だが……。
「毛利隆元殿とは初めてであったな。先代元就公とは良き話をすることが出来申した。それに我等が集められた理由はご存じの筈では?」
集められた理由、それは毛利家が一番被害を被っている事だけに隆元は顔を歪める。
「豊後での南蛮の悪事と三家での和睦と聞いている。だが…和睦した所で九州の事は御二人(義照、義景)には全く関わりの無いことでは?」
「豊後の件は南蛮人共だけではない。キリシタンが問題だ。あれは一向衆と変わりないわ!」
意外にも義景の口から出た。正直関わりが無いから知らんかと思っていた。
「これは意外な。義景殿は興味が無いかと思うておったが………それならば話が早い。豊後の件は元寇以来の日ノ本の危機と思うておる。毛利殿、直接南蛮人共と矛を交えた感想を御聞きしたい」
義照の言葉にどちらも顔つきが変わった。元寇は歴史的にも大きな影響を残し言い伝えだけども各地に残っている。義照自身も昔僧侶から教えられた程だ。
「……海戦のみだが、我等は手も足も出ずに敗れた。奴等の強みは圧倒的な数の大筒による砲撃だな。奴等の船に乗り込んだ者もいたが皆無惨にも鉄砲で撃ち取られた」
「此方も鉄砲や炮烙玉があったのではないのか?毛利の水軍はかなり強いと聞いておったが?」
「確かに炮烙玉を奴等の船に投げ込めたが、我等の船の様に燃えることは無かった。いや、燃えている船もあったから燃えづらいと言うべきか…」
義景の質問に隆元が答えた。恐らく燃えづらいのは何か対策がされているからと考えるべきだろう。
「問題は船だけではあるまい。既に豊後に多くの兵士が送り込まれている様だしな。海上封鎖されておるのか九州の情報が入りづらい」
「地獄耳の村上殿でもそうであろうな。我等も何とか連絡を繋げられておるぐらいであるしな。九州についてだが、分かる範囲で情報は話そう」
隆元は持っている情報を話しだす。
まず、豊後一国は辛うじてまだ完全には制圧されてはいない。高橋紹運等、生き残った大友家臣と毛利勢が抵抗しているそうだが、海に関してはかなりの南蛮船が豊後に入っており最早手に負えないそうだ。
豊後の大友宗麟だが既に死んでいた。話によればキリシタンによる一揆の鎮圧に向かったが返り討ちに遭ったそうだ。息子の大友義統は四国の一条家に逃れている。
そして、龍造寺家と島津家が大友領へ侵攻したがどういう訳か両家が大友領で激突し多くの死傷者を出す戦となり龍造寺隆信が討たれ島津が勝利したそうだ。だが、かなりの被害を受けたようで自領に撤退したそうだ。
「島津と龍造寺はこのような時に何をやっとるか!名門大友家も九州探題として情けない!」
義景がワシの気持ちを代弁してくれた。前半だけだが…。
「義景殿の言う通りだな。しかし早急に手を打たねば手が付けられなくなる」
「……朝倉殿、村上殿。和睦後両家から援軍を出して貰えないだろうか。特に水軍が必要だ」
隆元の言葉に黙る二人。義景は危機的状況であることは認識しているが援軍を送っても得る物が無いだけに抵抗を感じ、義照は予想よりも悪くなっていることで今の手持ちの水軍で勝てるか不安になっていた。
「援軍は出そう。日ノ本の危機だ。だが、うち(村上)の水軍の主力は足が遅いのが問題だ。直ぐに準備はさせるが毛利領まで行くのに数ヶ月はかかるだろう。それに補給も馬鹿にならん」
「それでも構わない。補給は我が領地で行って貰って良い」
「……ワシも僅かだが、援軍を送ろう。と言っても水軍は数が少ないからな」
義景は義照が援軍を出すことで孤立することを恐れ援軍を出すことを決めた。
「さて、御二人に相談したいことがある。南蛮を退けた後の日ノ本についてだ」
義照が今後について二人に話し始める。
二人は義照の案に驚愕するも最後まで聞きそれぞれ質問をする。義照は丁寧に答えていき、隆元は賛同し、義景も一部は賛同し後は検討するとした。
翌日、帝が立会人として南蛮に対抗する為に三国の和睦が纏まるのだった。