160 考えの違い
(しくじったかもな~)
義照は一人部屋で大の字で倒れていた。
側には多くの書状が無造作に落ちている。
「…輝忠に決めさせずにもう少し引っ張れば良かったな~」
「失礼します……。大殿、輝忠様と関白九条(兼照)様がいらっしゃいましたが如何なされますか?」
戸が開けられ信尹が入ってくる。信尹は倒れている主(義照)に一瞬言葉を失ったが直ぐに用件を伝える。
「信尹、二人(輝忠、兼照)はまだ喧嘩をしてるか?」
「…はい。別々で参ったようですが、門前で鉢合わせとなり…。まだ口には出してませんがかなりいがみ合っておられます。一応別々の部屋に案内させました。」
「兄弟喧嘩なんぞ今までしてこなかったのに何で今になって…このまま放置しておきたいが…」
はぁぁ~
義照が溜め息を吐くと信尹も吊られて溜め息を吐いてしまう。
「大殿、このまま御二人を放置すれば周りを巻き込み問題が大きく成りかねませんぞ」
「なら、信尹。御主ならこの件どう裁く?」
「私の口からは申せません」
(信尹め、逃げたな。チクショ…)
「全く…二人はどこにいる?」
俺は諦めて二人の元に向かうのだった。
その頃、待たされている二人は同じ部屋に案内されてしまい一緒にいた。
案内した者の完全なミスである。
「兄上(輝忠)はなぜ反対なのですか!これ程良い縁談は無いではないですか!家の為にもなるのが分からないのですか!」
「既に浅井家には返事を返している。信用を損ねてまでやる必要は無い!そんな手のひら返しのようなことをすれば却って村上家の評判を落とし、父上が嫌っている武田家と同じになってしまう。俺は絶対に認めん」
「今回の件は朝廷からの薦めでもあります。浅井の娘は側室でいいではありませんか!浅井が邪魔するならこちら(朝廷)で黙らせます!!」
二人の大声は廊下中にまで響き、義照達の耳まで届いた。
「信尹…、二人は別々の部屋にしたのではなかったのか?」
「申し訳ありません。案内した者達は後できっちり仕置きしておきます」
(全くどうしたものか…)
俺は頭を悩ませながら大声がする部屋へと進む。
「喧嘩は程々にせぬか?いい歳をした二人して。もう少し落ち着かぬか…」
「「父上にだけは言われたくありません!!」」
義照は部屋の戸を開け二人(輝忠、兼照)に言ったが、二人揃って同じ事を言われてしまう。
兼照と輝忠と一緒に部屋の中にいた佐治と出浦(昌相)は反応に困っていた。義照の後ろにいた信尹も同様である。
そして二人揃って言い返された義照は内心息子からの指摘にしょぼくれる。
「父上!兄上は全く聞く耳を持ちません!父上も毛利家との縁談は我が村上家に取って大きく利があるとは思いませぬか!」
「兼照。何度も言うが忠政の正室は既に浅井家からと決まっている。もう浅井には返事も返している!今さら側室にするなど約定を違えるは、父上が嫌っている武田と同じだ。俺は変えることはせん!」
喧嘩の原因は孫の忠政の正室についてだ。
比叡山に向かうために浅井家と交渉していたが、認める条件に孫の忠政に長政の長女茶々を嫁がせ浅井、村上間の婚姻同盟を結ぶこと、近江に滞在中は人質を出すことを要求してきた。
孫(忠政)の正室については輝忠に一任していた為、輝忠に尋ねると直ぐに受けると答えたので返事まで返した。
義照自身も伊賀、大和を従属とは言え支配下に置いてしまったので浅井との婚姻同盟はありと考えていた。
それから二十日程遅れて、今度は兼照が毛利から隆元の娘を忠政の正室として娶らせ、朝倉家から義景の娘を輝元にと言う話を持ってきたのだ。
ただ、輝元には既に正室がおりその辺はどうなるかまだ決まっていなかった。
普通なら既に婚約が決まっているから御断りなのだが、朝廷が話を進め、帝も平穏な世になるからとこの三国の同盟にかなりの期待をしているから直ぐに反対が出来ないのである。朝廷(公家共)だけが乗り気というなら即拒否だが。
それに村上、朝倉、毛利の三大国が婚姻同盟を結べば日ノ本で敵対出来るものは居なくなり、戦が無くなる可能性は高くなる。だが、かつて山本勘助が纏め上げた甲相駿三国同盟の結末を考えれば難しい。
「…兼照、朝倉、毛利は何と言っている?特に義景は娘を側室等と言えば断るぞ?」
「まだ、返事は返ってきておりません。しかし、もしもの時は綸旨を出す用意も進めております」
「兼照!御主はさっきから好き勝手に言うが、何故、先に話を持ってこなかった!しかも朝廷が勝手に大名家の正室を決めるなど聞いたことが無いぞ!」
義照の質問に兼照が答えるが輝忠が激怒する。輝忠の言ったことは義照も口には出さないが思っていた。長尾家の領地割りにしろ、織田の助命にしろ最近の朝廷は勘違いが甚だしい。
朝廷には権力があり、大名に何でも言うことを聞かせられると勘違いしているのではと思う程だ。
「兼照。此度の朝廷の行いは常軌を逸している。勅命の多さに関してもだ。此度の縁談は見送る」
「しかし父上!此度の縁談は帝も!」
「最後まで聞け。三国同盟に関しては一考の余地がある。この話は三家が集まって話し合う内容だ。勅命でやるものでは無い。それに…御主も含め朝廷の者共は勘違いをしてはおらぬか?」
「勘違いとは何をですか?」
兼照は義照の質問の意味が分からなかった。一体何を勘違いすることがあるのかと。
「最近の朝廷は武家を思い通りに動かせられると思っているように見える。先に言っておくが、ワシが輝忠に家督を譲った後は帝に対してのみ支援をする。そして朝廷への献金は全て止める。その後献金を続けるかは輝忠が決めることだ」
「な、何故ですか父上!父上は戦無き世を作る為に朝廷の支援をしていたのではないのですか!」
義照の言葉に輝忠と兼照は驚き、兼照はまさかのことに言葉を荒げた。
上田原の決戦前後を除き毎年献金をし続けてきた義照が止めると言ったからだ。
「まさにそれだ。ワシが朝廷に献金していたのは帝の御気持ちに応えたいと思っていたからだ。亡き先代帝(後奈良天皇)と今の帝(正親町天皇)は乱世で苦しむ民を思い心を痛められ、何とかしたいと願っておられた。故にワシは帝の為と欠かさず献金しておった。官位など見返りを求めずにな」
「しかし父上…」
「だが、何を思ったのか公家達は銭の一部を自らの懐にしまうようになっていった。帝の為ではなく自らの欲の為にな。帝が何も仰せにならなかったから見て見ぬふりをしてきたが、この前のこと(北条家への和睦と織田の助命)もありワシが隠居した後なら最早見逃すことはできぬ」
兼照は黙って聞くことしか出来なかった。実際に一部の公家達が横領していることは知っていた。だが、帝にも伝えたが父(義照)が何も言わなかったので監視に止めてしまっていたのだ。
「兄上(輝忠)はどうお考えで?」
「俺は朝廷に献金する気は無い。朝倉に付いている者達も多いし、前の一件(和睦)は俺も頭にきている。朝廷の公家共は金の無心は多いが、何かとこちらに黙って決めて最後は朝廷が、帝の綸旨がと言う。そんな奴等に渡すくらいなら民に分け与えた方がいい」
「……分かりました」
(不味い…御爺様(稙通)や帝に相談しなければ父上は……)
輝忠の言葉に兼照は静かに受け入れた。もう、どうにも出来ないと思い帝や祖父を頼ろうと決めるのだった。