158 毛利の行く末
元亀九年(一五七八年)八月
安芸 広島城
毛利家では主な家臣全員を集めて評定が開かれていた。
広島城は隆元が新たな本拠地として造り上げた城だ。
「では、毛利家について今後の指針を決める」
「殿、それは九州か畿内に進むと言うこで宜しいでしょうか?」
隆元の言葉に重臣赤川元保が尋ねると隆元は頷く。
それにより家臣達の気は引き締まった。
今回の決定で毛利家は大きく変わるからだ。
「隆景、皆に現状を伝えてくれ」
「はい。兄上。では、こちらをご覧下さい」
隆景はそう言うと配下に地図を広げさせた。大雑把だが日本の地図だ。
そこには線が引かれそれぞれの国の大名の名前が書いてあった。
「まず我ら毛利家は従属した者の地を含め、豊前、長門、周防、石見、隠岐、安芸、伯耆、備前、備中、備後、美作、因幡、そして、昨年但馬の山名、播磨の赤松を制圧し、今年に入り小寺、三木等国衆も我等に従うようになりました。石高にして凡そ二百二十万石になります」
『おぉ~』
家臣達から歓声が上がる。
それもそうだ。元は安芸の国人領主が、今では中国で最大勢力を誇っていた大内家を越える勢力になっているからだ。
「次に、我等に並ぶ勢力が越前の管領朝倉家、我等を越えるのが東海の村上家となります」
隆景は地図を示しながら説明を続ける。
朝倉家は能登畠山を吸収し、領地は能登(従属畠山)、加賀(横領)、越前、若狭、丹後、大和(紛争中)、美濃半国となり凡そ二百万石。
村上家は信濃を中心に飛騨、上野、下野半国、武蔵半国(およそ)、甲斐、駿河半国(従属武田家)、遠江、三河、尾張、美濃半国、凡そ三百万石となっている。
「まず、朝倉家と戦になった場合、同盟国浅井家は間違いなく出てきます。そして、村上家も朝倉家と婚姻同盟しております」
隆景の言葉に家臣達は言葉を失う。畿内に向かうなら間違いなく朝倉と戦になり劣勢になるからだ。
「殿、幕府から何度も使者が来ていると聞いております。一体どのような内容なのでしょうか?」
「幕政に参加して朝倉を抑えて欲しいそうだ」
隆元の返答に皆一層険しい顔をする。
幕府はあるにはあるが形骸化されており、実質朝倉の支配下になっていた。
特に朝廷からの和睦を受けた後は尚更だった。
「……ワシは上洛してみようと思っておる」
「「「殿!」」」
「恐れながら殿!それは幕府の要請に応えると言うことですか!!」
家臣達の中には驚きのあまり立ち上がる者達も出る。その様子に隆元は落ち着かせてから続きを話す。
「いや、そうではない。父上(元就)は天下を競望せずと言ったが、ワシは京がどのような場所か知らぬ。それに、福原や隆景がなんとか繋いでくれているが朝廷との関係も父上の時と比べて薄くなっている。その為に上洛を考えている」
前当主元就の時には、朝廷がわざわざ医聖曲直瀬道三を派遣する程関係があった。しかし元就が亡くなった後、九州のことを優先したので急激に関係は薄くなってしまったのだ。
「しかし殿、京は皇室領ですが実質村上家が支配しております。危険では?」
家臣からの質問に隆元は隆景の方を見る。隆景は頷き福原の方を見た後、代わりに答える。
「既に京に滞在している村上国清殿には使者を、関白九条兼照様とは文を交わしております。朝廷としても是非関係を深めたいと」
なんと…
いつの間に…
家臣達はざわざわと喋り出す。
隆元の子、輝元も何も知らなかったので驚く。
「父上、叔父上(隆景)、いつの間にその様な話をしていたのですか?」
「以前、父上(元就)が上洛された際、村上義照の子で今の関白である九条兼照殿を紹介されてな。その時の伝だ。細々だが繋がっておって良かったわ」
隆景の説明により一層ざわめきだす。隆元は先程から一切口を開かない元春の方を見る。
「元春。黙ってどうかしたか?」
「兄上(隆元)、四国はどうするつもりなんだ?大友との和睦以降大人しかったが最近、ちょっかいをかけて来ているぞ」
元春の質問に隆元は頷いてから答える。
「それに関してだが、既に手は打っている。元清」
「はい。既に村上水軍と再編した毛利水軍を配置し全て撃退しております」
元清は隆景と共に水軍の管理をしていた。また四国勢に対しての対応は隆景の代理として指揮をしている。
「……分かった。兄上、俺は引き続き但馬を固める。丹後の朝倉が不気味だからな」
「元春。こちらからは手を出すな。任せたぞ」
元春は頷き、隆元は他の家臣達の方を見て上洛の準備を始めさせるのだった。
その頃東北では…
「勝鬨を挙げよ!!」
「「えいえいぉぉぉぉ!えいえいぉぉぉぉ!」」
葛西晴信は長年手こずらされていた大崎を打ち破り遂に大崎義隆を討ち取った。
「晴信様!宿願が叶いましたな!」
「浜田。漸くじゃ。漸く大崎めの首を取ることが出来た。じゃが…」
晴信は言いかけたが口を閉ざす。晴信達の元に使者が来たからだ。
使者は主からの言付けを言い残し戻っていた。単純に本陣まで来いと言うものだったが晴信の心内には不快感が積もる。
「晴信様…」
「チッ、伊達め。もうワシのことを家臣として見ているか」
「仕方ありません。我等は伊達の条件を飲んだのですから」
「分かっておる。行くぞ…」
晴信はそう言うと伊達の本陣に向かう。
葛西は大崎を討ち取るも大きな代償を支払った。伊達家への従属、そして大崎の領地に関しては制圧した土地のみと言う厳しい条件だったのだ。
葛西が従属を受け入れたのは大崎を滅ぼす最期の機会でもあったからだ。大崎を支援していた南部家で御家騒動が起こり大崎が孤立し、伊達もほぼ全軍で大崎領に攻め込むと言ってきたのだ。
伊達がほぼ全軍を出したのは次期当主の初陣の為でもあった。
そう史実で独眼竜と呼ばれる伊達政宗である。
葛西晴信が伊達本陣に着いた時には他の者達は既に集まっていた。
二階堂、田村、結城、岩城、等だ。この者達は村上と伊達が同盟した際、領地の一部を明け渡し臣従した者達だ。
「葛西殿、念願の大崎討伐祝着至極に存ずる」
「田村殿、忝ない…」
晴信はそう言うと席に座る。
少ししてから伊達家当主、伊達輝宗とその嫡男の伊達政宗が揃って入り、座ると口を開く。
「さて、葛西殿。約定通り大崎の領地は互いに占有した地で境とする。宜しいな?」
「ははぁ…」
輝宗の言葉に晴信はただ伏して頭を下げる。
「さて、大崎討伐は終わった。我等は兵を退く」
輝宗の言葉に全員が驚く。何故なら、このまま内戦状態の南部討伐に向かうものと思っていたからだ。
「恐れながら、南部を攻める好機では御座いませんか?」
「然様。此度は奥州探題として奥州を治める為の出陣だった筈。何故に御座いますか?」
葛西を始め臣従した者達は一斉に質問した。
「来月には米の刈り取りもあり、何より南部を攻めるには兵糧が心許ない。それ故、態勢を立て直す為に撤退するのだ」
「葛西殿も今回無理をして出陣したと聞いている。領国に戻られるべきではないか?」
伊達家臣団は質問してくる者達に答えるが、葛西は従属している自分を南部から侵攻された時の盾にするのではと思い焦っていた。
「晴信殿、万が一南部が攻めてきた際は援軍を送るゆえ安心されよ。皆撤退する」
「「ははぁ~」」
(輝宗め…。目に物見せてやる)
輝宗の言葉に本陣にいた者達は皆頭を下げる。
晴信は苦虫を潰した顔をしていた。内心このままでは使い潰されると思ったからだ。実はこの時、もう一人内心苛立ち、顔をしかめている人物がいることに晴信は気付くことはなかったのだった。