153 閑話 仁科家の日常
ちょっと仕事と執筆に疲れましたので閑話です。(ほのぼの回)
飛騨 増島城
飛騨守護仁科盛勝の一日の朝は早い。
虎の刻(午前4時頃)
ゴーン ゴーン
時間を知らせる鐘が二度鳴る。
「朝か……」
仁科家当主、仁科盛勝は目を覚ましすぐに身なりを整え、城下の広場に向かう。
薄暗い中、広場には既に多くの家臣や兵達が動きやすい服装で集まっている。
「殿、おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
「あぁ、皆おはよう。氏理。今日は参加しているのだな」
「はっ!最近は戦に全く参加出来ておりません故このままでは体が鈍ってしまいます。今日は前田殿も珍しく揃って参加されております」
盛勝はそう言うと最初に挨拶してきた内ヶ島氏理に声を掛ける。氏理は参加者の中に前田利久と利益(慶次)が居ることを告げる。
利益は大抵サボり、利久は歳のこともあり完全に戦から離れ、文官として仁科家の家臣となっていた為参加はしなくてよかった。
「そうか、珍しいこともあるんだな。…さて、始めるか。整列!!」
「整列ー!!」「整列ー!!」
盛勝が指示をすると集まっていた家臣達が一斉に整列する。
「皆おはよう。父上(義勝)と馬回りはいつも通り既に行っているだろうから我等も続く。無理はするな!」
「「はい!」」
「では、先頭は慶次(前田)と吉治(夏目)とする。始め!!」
盛勝の指示で慶次と吉治が先頭となり整列した家臣達が走り出す。
要はランニングだ。ただし、仁科家では少し違う。走るコースは整地された道のりではなく山である。しかも往復でおよそ二刻(4時間)のランニングである。
―――――――――――――――――――――
「では解散!」
二刻後。集まっていた広場に戻り、点呼を取り全員居ることを確認して解散を宣言し皆それぞれ自身の家に戻って行く。
盛勝も全員が帰ったのを確認してから城に戻る。
戻った後、水浴びをし汗を流し朝食のため家族の元に向かう。
朝食はいつも家族揃って食べているからだ。これは義照や国清のところでも同じである。元々皆別々だったが最低朝晩は顔を合わせるべきと義照が二人やその妻にまで熱弁したせいである。
集まっているのは父義勝と母のかつ。妻のみいと盛勝の嫡男の太郎丸と娘のひさ。そして弟の勝正とその妻菊と産まれて間もない娘である。
「御馳走様でした。兄者(盛勝)!今日は一緒に鍛練しようぜ!!」
「勝正、お前は少しは政事を覚えんか?利久が嘆いていたぞ。お前に任せた仕事が全て間違っていたとな」
盛勝は溜め息を吐く。弟に政を教える為に仕事を与えたが、結果全て間違っており、責任者だった前田利久が夜を徹して修正したのだ。
勝正は武芸に関しては何の問題も無い。だが、他は問題しかなかった。
「あんなの家臣に任せれば良いじゃないか!父上(義勝)もそう思いますよね!」
口では兄に勝てない勝正は父義勝を味方に付けようとした。義勝もこういうことは苦手だったからだ。
「勝正、最低限は覚えろ。それまで鍛練は禁止にする。戦場にも連れていかん」
「えぇー何故ですか父上ー!!」
義勝のまさかの命令に、勝正は叫び抗議するが覆ることはなかった。
そんな勝正を置いて盛勝は奉行衆が集まる広間に向かった。
既に奉行衆の家臣達は集まっており仕事を進めていた。その中には朝も一緒だった利久や氏理等も居る。
「おはよう。遅れてしまったか?」
「殿、おはようございます。予定より四半刻早く始めました故、遅れてはおりません」
「殿、領内の整備計画と現状報告書はこちらになります」
「うん。確認しよう」
盛勝は目の前の報告書の束を一つ一つ確認して認めの印を押していくのだった。
確認している間にも他からの報告や来客の対応までしていく。
昼も握り飯を片手に作業を続け、山積みになっていた書類は申の刻(午後四時)には終わるのだった。
「さて、今日はここまでとする。明日はまた頼むぞ」
「「ははぁ」」
政務を終えた盛勝は訓練所に向かった。武士として武芸を鍛えなければここではやっていけないからだ。
「………勝正。何をしてる?」
訓練所では弟勝正が兵達に混ざって鍛練していた。
「……へ、兵士達が相手をしてくれと言ったので仕方なく相手をしただけだ!!」
見つかった勝正はバツが悪そうにし咄嗟に嘘を吐いた。
盛勝は勝正の後ろにいる兵士達の方を見るが全員が首を横に振ったり手で表現していた。
「勝正。お前は当分謹慎だ。政事を覚えたら解除する。市川!勝正の傅役として御主が教えろ。石合はその補助と監視を命ずる」
「はぁぁぁぁぁ!!!兄者!そんなのあんまりだ!!市川なんとか言ってくれよ!!」
「殿(盛勝)の命しかと受けました。責任は私にあります故、必ず覚えさせます」
勝正の傅役の市川信房は勝正を擁護する事無く頭を下げ承諾した。
元々勝正が武一辺倒になったのは義勝の側近だった信房の影響も大きかった。市川もその事は理解しており、今回の命令は命に代えてもやり遂げる腹積もりとなっていたのだ。
味方になると信じていた市川に裏切られた勝正は、他に味方を探そうと必死に場内を見たが誰一人目を合わせようとはしなかった。
「あれ?勝正様。大殿(義勝)から謹慎食らったんじゃなかったので?」
そんな状態の中、一人の男がやって来た。
遊び人、前田慶次である。
慶次を見て勝正は口を開く。
「兄者!慶次だって鍛練はサボるわ仕事はしないわ昼間から酒を飲み遊郭に行くわ好き勝手してるじゃないか!何で俺だけダメなんだ!!」
勝正の言葉に誰もが言葉を失った。勝正は大きな勘違いをしていたからだ。
「はぁ…。勝正、お前は何を言っているんだ?確かに慶次は遊び人で好き勝手しているように見えるがきちんと仕事はしているぞ。なぁ皆の衆!」
盛勝がそう言うと兵士達は頷いたりあれやこれや言い始めた。
「確かに慶次殿は遊び人だけどな~」
「でも、よく盗人を捕まえてきたり喧嘩の仲裁をしたりしてるよな」
「そうそう。この前なんか飯屋で騒いでた他所者を抑えて、最後は一緒に酒まで飲んでたしな」
「だな。それに慶次殿は与えられた仕事は確実に期日まで終わらしてるから、大殿(義勝)や殿(盛勝)から終われば自由にして良いと言われてるしな~」
「まぁ、そう言うことだ。連れていけ」
ガシッ
盛勝が指示をすると市川信房と石合基量が勝正の両腕を抱える。
「えっ、ちょっ!兄者!待ってくれ兄者!兄者~~!!」
勝正は二人に引きずられながらその場を後にするのだった。
「はぁ、全く。それじゃ始めるか」
「殿!御相手お願い致しまする!」
鍛練を始めようとすると一人の男が出てくる。
「鹿之助か。それじゃ頼むよ」
盛勝はそう言うと鹿之助を相手に実戦訓練を始める。
(今日こそは、全勝してみせる!!)
この男鹿之助は、強襲するも素手の義照に赤子の手を捻るが如く組伏せられ、預け先の義勝に自慢の槍で何度も立ち向かうも完膚なきまで打ちのめされ、負け続けた腹いせも込めて義勝の嫡男で歳もあまり変わらない盛勝に挑むも適当にあしらわれた上に敗北し一度心が折れた山陰の麒麟児、山中幸盛である。
心が折れた幸盛は長屋で暫く籠もっていた。飛騨を抜け出したところで戻る所など既に無く、もしも叔父の立原の元に行ったとしても毛利に殺されることは明白だった。追い込まれた幸盛は自決を選び、山で密かに死のうと誰もが寝静まった頃を見計らい長屋を出る。
道すがら、ふと夜空を見上げると雲一つ無い空に三日月が出ていた。
(あぁ、出雲に居た頃は何度も月に願掛けをしていたな……)
幸盛は出雲に居た頃を思い出し涙を流す。
(あの頃は必死に鍛練に励み手柄を立ててきた……なれば今一度死力を尽くそう)
涙を拭き幸盛は再度月を見上げ手を合わせる。
「月よ!!願わくば我に七難八苦を与えたまえ!!必ず全ての苦難に打ち克ってみせよう!その暁には必ずやあの者達(村上一族)を打ち破る力を!!」
幸盛は月に七難八苦を祈り、長屋に戻るのであった。
………影から見られていたとは知らずに……
(フフフフ…義照の奴。骨のある奴をくれたな……しごきがいがある)
そう。見ていたのは義勝であった。
翌日から、幸盛は義勝のイカれた鍛練(馬回の普通鍛練)に毎日参加し続け今に至る。
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「そこまで!!」
一刻後(約二時間)実戦訓練は終わる。
「ここまでか。続きはまた今度だ」
「はっ!ありがとうございました!!」
幸盛は盛勝に頭を下げ今日の結果を振り返る。数回試合を行い何度か勝った。しかし勝ったが全体を見ればどちらかと言えば負けの方がまだ多い。
「まだまだだ。これでは大殿(義勝)には絶対勝てない……」
片付けを終え皆帰った中、訓練所に残った幸盛は今日の試合での反省点を洗いだし、一人鍛練を続けるのだった。
盛勝はと言うと、そんな幸盛を確認した後、今回負けた時の事を振り返りながら家族の元に戻るのだった。
そして夕食の時、謹慎を命じた弟勝正の抗議と父義勝からの急な頼み事(命令)を同時に聞きながら食事をする。
いつもと違うのは父義勝が弟勝正を叱り黙らせたことだろう。
その夜、妻と子と床に入りながらも明日の予定を考え一日を終えるのだった。