151 キリスト教 禁教
元亀八年(一五七七年)十一月
二条城
京の復興の拠点(村上軍駐屯地)
目の前に前回追い返した三人が平伏して座っている。
その前には土産として南蛮渡来の物が並べられていた。
「この度は…」
「日ノ本でキリスト教は禁教になったとフロイスと了斎に伝えろ。用はそれだけだ」
三人の代表として小西隆佐が挨拶をしようと口上を述べたら、義照は一言そう言い部屋から出て行こうと立ち上がった。
「お、御待ち下され!何故その様な!」
如安は慌てて声をあげる。10日後に来いと言われ来たらいきなり禁教と言われたからだ。左右の二人も同じく追従して聞いてくる。
「九州でのことを相変わらず黙っておるからだ。承知の上でやっておるのだろう?来年には全国に朝廷、幕府から勅が送られる。覚悟しておけ」
「それはあまりにも言い掛かりな!九州のことは宣教師は最早絡んでおりません!デウスの教えとは関係ありません!!」
「高山殿の申す通り!!村上様は朝廷や幕府に法螺を吹かれ貶められようとしてるのだ!!」
バン!!
「黙れ五郎(如安)!!今誰に向かって言ったか!」
如安が義照に罵詈雑言を口走ると、三人の後ろ襖を思いっきり開けて一人の老人の怒号が響き渡る。
「お、叔父上!!何故ここに!」
やって来たのは松永久秀である。十日前、義照は久秀に書状を送ると直ぐにやって来た。甥っ子(如安)がキリシタンになってから問題ばかり起こし、久秀の耳にも入っていたからだ。
そして、如安も叔父である久秀に散々怒鳴られ続けたので決して会おうとしなかったのだ。そして今回、久秀は如安を幽閉する為にやって来たのだった。
「義照!如安は約束通り連れて行かせて貰う!迷惑を掛けた!この礼は後で送るからな!」
(呼び捨てとかいつ以来だろうか……頭に血が昇ってるな~)
「師匠(久秀)、次は逃げられないようお願いします。さて、高山、小西、伝言を必ず伝えろ。おい、つまみ出しておけ」
俺は叫ぶ二人を残して退室する。二人は兵士達に囲まれながら城を後にする。
それから数日後、畿内に先んじてキリスト教禁教の勅命が言い渡された。
勅命の内容は単純で日ノ本でのキリスト教の布教の禁止、畿内でのキリシタンの追放、南蛮人が皇室領(京を含む山城10万石)に足を踏み込むことの禁止。全ての大名に南蛮人との奴隷貿易の禁止。ただし、南蛮との奴隷貿易以外は黙認している。
京で発せられた勅命に続き、隣国の近江、丹波、でも速やかにキリスト教禁教とキリシタンの追放が始まる。
中でも苛烈だったのは大和と摂津であった。
大和は松永久秀が勅命が出た直後から大義を得たりと一斉にキリシタンを捕縛し、みんな仲良く簑踊りをさせた。南蛮人宣教師もである。
また、村毎に踏み絵までさせ、出来ない者=キリシタンとしこれも仲良く焼いていったのだった。ここまで早かったのは興国寺の様な寺社勢力も手を貸したからだった。
そして摂津では大和以上に多くの血が流れていた。一向衆門徒とキリシタンが衝突したのだ。
石山本願寺
「九州でのことは耳にしたであろう!キリシタンは仏敵である!!非道な目に遭わされた門徒を救う為立ち上がるのだ!!」
「「おおおおお!!!」」
本願寺教如は顕如に代わり門徒達の前で高らかに宣言する。
顕如はと言うと長島の一向衆を抑え北畠家と和睦する為に留守にしていたのだ。
そして門徒達はキリシタンを襲い始める。その中には小西隆佐の薬屋も含まれていた。
否、多くの南蛮人やキリシタンを多く保護したり自ら布教にも尽力していた為に一番最初に狙われたのだ。
「ここが仏敵の拠点だ!討ち壊せ!!」
「仏敵を一人も逃がすな!!踏み絵をさせ見つけ出せ~!!」
鎌や鍬を持った門徒達が堺に雪崩れ込み、キリシタンとして有名だった小西隆佐の店を襲う。
「父上!兄上!」
「行景!行長の所へ逃げるのだ!!」
隆佐と長男如清を始めキリシタン達は討ち壊しに来た門徒が中に入れないように店の入り口を必死に押さえていた。
「いかん!!お前ら早く!逃げろ~!!」
しかし必死に押さえていた扉が遂に壊され門徒が押し入って来る。
「居たぞ捕まえろ!!」
「此奴らは皆キリシタンだ!!殺してしまえ!!!」
「一人も逃がすな~!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ~」
「母上~!!」
行景は目の前で父や母、同じキリシタン達が殺されるのを目にし必死に裏口から逃げ出した。裏口にも門徒達が待ち構えていたが、キリシタン達も一斉に押し返し何とか包囲を突破し逃げるのだった。
摂津高槻城
「一人でも多くの同胞を救うのだ!!」
「「おおおぉぉぉぉ!!」」
城主高山友照は家臣達に大声を上げて指示をする。友照の家臣達もキリシタンが多く、そうで無い者は既に城から離れていた。
「ロレンソ(了斎)、ダリオ(高山友照)。ナントカ、ムラカミ(義照)トミカド(帝)ニアウホウホウアリマセンカ?」
城には宣教師達もいた。
宣教師の一人、アレッサンドロ・ヴァリニャーノは二人に訪ねる。
ヴァリニャーノは、日本での布教の責任者でもあった宣教師カブラルがやっていたことを聞いたフロイスによって日本に連れてこられていた。
フロイスは影響力の大きい悪魔(義照)によって日本での布教が禁止され、同胞が皆殺しされかねないと迫ったのだ。
フロイスは何とかヴァリニャーノを日本に連れてこられて、義照の認めた期日までにギリギリ間に合うのでなんとかなると思っていたが、カブラルが妨害し豊後で足止めをされたのだった。
その為、義照の認めた期日までに間に合わなかったのだ。
「帝は不可能です。認められた者しかお会いすることが出来ません。」
「織田様や一条様でも村上様に会うことは無理でしょう。会えるとすれば…オレガンティノ殿と連絡が取れれば…」
ロレンソ了斎は、人質として残っていたオレガンティノに会えれば可能性があるのではと思った。
「ロレンソ殿、それは無理だ。オレガンティノ様に会う前に殺される」
「ホカニダレカココロアタリハイマセンカ?」
ヴァリニャーノの質問に誰もが考え出す。暫くしてロレンソ了斎が口を開く。
「………一人おります。村上様の義弟である石山本願寺門主、本願寺顕如です」
まさかの人物の名に広間にいた誰もが言葉を失うのだった。
元亀九年(一五七八年)一月
九条館では公家達が集まりある議題に悩みに悩んでいた。
内容は織田信長からの助命嘆願である。
「織田家は先先代織田信秀の代から朝廷に対して献金を続けてきた家。願いを聞き届けなければ村上家以外に献金してきた大名が離れかねない」
「しかし、村上殿が承諾する訳がなかろう。娘を殺されておじゃるしの………」
「だが、織田から助命は元服していない者と女子供と言ってきておる。まだ可能性があるのでは?」
「………関白様、どう思われますか?」
集まった公家達は一言も喋らない関白九条兼照へ視線を集める。
九条家を継いだとはいえ、元は村上家の次男、そして殺された奈美は腹違いとはいえ実の妹だ。
「…言わずともお分かりでしょう。父義照が認める訳がない。今回のこと、例え帝から勅命として言われたとしても承諾することはありません」
兼照の言葉に公家達は溜め息を吐く。
分かってはいたが一番説得出来そうな関白に言われてはどうしようもなかった。
「まぁ、義兄上(義照)を説得など出来る者など………あ…」
「近衛様、どうされましたか?」
「いや、一人心当たりがおったんじゃが……◯◯◯◯だ」
「おぉー確かにその者なら武名も轟いておるし良いではないか!」
「左様。義照もきっと止まるでおじゃろう!」
近衛前久が一人の名前を上げると、公家達は喜び説得を頼む為に使者を送ろうと動き出す。
(あ、でも後が怖いな。ワシ(前久)は一切関わらんでおこう……)
(馬鹿共が。叔父上で父上が止めれる訳がないのを分からんのか!まぁ、後で地獄を見ればいい。私(兼照)は知らん)
前久は内心では後の方が怖いと思い、兼照は喜ぶ公家達の浅はかさに呆れるのであった。