15、剣聖と帝との謁見
天文十一年(1542年)五月
俺達は伊勢までやって来て、北畠晴具のお世話になっている。
甲斐を抜けて駿河についたらあの太原雪斎が迎えてくれた。雪斎が港まで案内してくれ、その間ゆっくりと話すことができた。丁度織田と戦をするために多くの兵糧等が運び込まれていた。
なので、各地で渡すために持ってきていた神水酒を差し入れておいた。
それと、三河は松平を懐柔した方が早いと伝えておいた。まぁ、雪斎のことだから既にしていただろう。余裕の表情だった。
そんな感じで駿河を抜けて、海路で伊勢に入った。俺はどうしても会いたい人物がいた。
北畠具教と剣聖塚原卜伝だ。出迎えてくれた北畠家の家臣に聞くと丁度いるらしいので会えないか相談してみたら、現当主晴具のはからいで会うことができた。
「御初にお目にかかります。信濃村上家が三男義照と申します。此度は私の我が儘をお聞きいただきありがたき幸せにございます」
「話は聞いておる。帝がわざわざ呼び出したそうじゃの。そう固くならなくてもよい。それでは、共に参ろうか」
そう言われた俺は、晴具に伴われ道場に向かった。
そこでは大きな声が聞こえていた。数多くの門下生がおり驚いた。
「塚原殿、この者が貴方に会いたいと言うので連れてきた」
晴具はそう言うと俺のことを紹介してくれた。すると卜伝自身が立ち合いをしてくれたので喜んで受けた。
まぁ、結果としては瞬殺された。父達に才能が無いと言われていたので仕方ないと思った。
「お主、無駄な動きが少なすぎるが何かやっておるのか?」
卜伝に聞かれたので自己流だが体術をやっていることを伝えた。
すると一人の門下生を相手にしてみろと言われたので相手にした。相手も木刀も無しで向かってきたので楽勝だった。
すると今度は三人を相手してみよと言われたので相手をしたが無手の相手だと楽勝過ぎたので、木刀を持ってくれと頼んだ。
すると頭に来たのか門下生は木刀を持って向かってきたので、受けるだけでなく打撃もついでに入れておいた。
それを見ていた卜伝は、今度は門下生の中でもそこそこ強い者達十人に木刀を持たせて差し向けてきた。
流石に危険ではと晴具に言われたが、俺は問題ないと応じた。こんなんで負けていては目指している者には到達できないと思ったからだ。
俺は深呼吸をして落ち着いてから相手をした。初めは受け流したりしたが、こちらからも向かっていった。
俺は二つの武術を駆使していた。
転生前に二人の武術家に憧れて始め、十五年以上やっていたので、転生後もその動きは覚えていた。それに、転生してからも陰でこそこそと練習もしていたのだった。
まぁ、始めは一人だったが昌豊や昌祐が練習相手になってくれていた。一度だけ義利兄上も相手をしてくれたが、兄上にも勝っている。
俺は思いっきり暴れた。相手の中には吹き飛ばされて気を失っている者、胸を押さえて蹲っている者、肩が外されてぶらぶら揺れている者等がいた。
四半刻を過ぎた頃には全員が倒れていた。
「ハァハァハァ………フゥ………」
俺は乱れた息を整え頭を下げた。流石に疲れた。
直ぐに倒された門下生達の救護が始まった。
肩が外された者はきちんと元に戻してやった。激痛を伴ってはいたようだが…。
周りからは恐怖の目で見られていた。正直、辺りには血が飛び散って居る所もあった。付いてきていた昌豊は頭を押さえていた。ここまで暴れなくてもいいのにと……。
「うーん、お主、まともに剣術を習えばそこにいる具教殿と同じくらい強くなるかもしれぬの。そなたの動きはその体術の動きのまま剣を振るから駄目なのじゃろう。その体術の動きで刀を振るっては邪魔な物でしかなさそうじゃのう………」
「そうですか………」
卜伝の指摘に納得するしかなかった。そもそも武器を持った体術ではないからだ。いや、習っていないと言うのが正確なところだろう。
俺が使っている体術(武術)は八極拳と合気道だ。
八極拳の李書文と合気道の塩田剛三に憧れて武術を始めたのだった。
合気道に関しては二段持ちだった。八極拳に関しても、同じ道場内では師範にも勝つことがあるくらい強かった。
「恐れながらどうすればまともに剣術をすることができますか?」
俺が聞くと、まともな師に習うしかないと言われた。何でも武術が独特過ぎるので普通の者だと尚悪くなると、言われてしまった。
かと言ってここに滞在することも、領地に招くことも出来ないのであった。
仕方ないので今日一日だけ、卜伝に基礎の基礎だけ習うのであった。
ダメ元で領地に誘ってみておいたけどダメだろう。それに、戦が始まるだろうし……。
俺達は翌日には伊勢を出て大和に入り、数日後には京に着いた。
天文十一年(1542年)五月末
京
初めて来たけど、度重なる戦で京は荒れ果てていた。
「酷い所だな」
「全くにございます………」
「ここは誠に京にござろうか……」
俺(義照)、昌豊、景政は荒れ果てた京を見て絶句していた。
俺達は荒れ果てた中を進み、朝廷の御所に着いた。
来たことを報告し、神水酒を宮内の蔵に運び込ませた。
俺は近衛邸で待つよう指示を受け、近衛稙家の元へ向かった。史実なら将軍義晴に随行して近江へ行っているはずだが俺達が来た為か残っていた。
ちなみに将軍は俺達が来る直前に京に戻れたらしい。
「関白様、此度はどうかよろしくお願い申し上げます。どうかこれをお納め下さい」
俺は目録を渡した。
神水酒、干し椎茸、和蝋、銭等だ。
内容を見た稙家は顔がにやけていた。
「これだけの土産とは殊勝な心がけでおじゃるな。義照よ、以前の話を覚えておるか?」
稙家はニコニコしながら聞いてきたので、どちらのことか尋ねた。養女を嫁がせることと朝廷の改善案の二つだ。
結果は養女を嫁がせることだった。どうやら養女にする者を見つけたようだ。
よりにもよって、九条家から引き抜いたようだった。婚姻した場合、近衛と九条と繋がりが出来てしまうことになる。
聞いた話だと、九条稙通の娘で十四歳らしい。
で、約束通り婚姻を受けることになったので九条稙通のところに挨拶に行くようになった。
ただ、何で同じ五摂家の九条からなのか理由を教えてはくれなかった。ただ一つ言えるのは稙家は物凄く深い笑みを浮かべていた。………ちょっと怖い。
九条稙通のところに来たが、かなり困窮しているのが一瞬で分かった。なので、持ってきていた銭の一部と神水酒を渡した。すると、大喜びして、娘のことを頼むと言ってきたのだった。
それから少しの間稙通と話した。近衛家の養女だが、九条家も支援することを約束して別れるのであった。
それから数日後、関白稙家から帝への拝謁が特別に許され朝廷に向かうのであった。
広間に入ると、多くの公家が並んでいた。
その中には関白近衛稙家に、九条稙通もいた。
俺は座って待っていると帝が入られることが告げられたので伏して待った。
関白が帝の代弁を行い、色々聞いてきて答えられることは答えていった。ほとんど、近衛と話した金集めの献策についてだった。
どんどん答えていった為か周りの公家達は驚いていた。そりゃ、答えられて当たり前だ。前もって関白から質問の内容を聞いていたからだ。
帝は大層喜ばれたらしく、何か欲しいものはあるか聞いてきた。
俺は別に官位とか朝廷が持つもので欲しいと思えるものが無かったので無いと答えたら何故か大層驚かれ喜ばれた。
関白の稙家が言うには、この戦の世で朝廷を利用する者が多い中、無欲で朝廷に尽くしてくれる者と捉えられた様だった。稙家は涙を流して演説のように説明してくれたが、演技のやり過ぎではと思った。
そんな中、帝が御簾の中から出てこられた。
俺は慌てて伏した。他の公家達もそうだった。
帝自ら労いの言葉をかけ、俺に対して従五位下弾正小弼の位をくれた。正直いらないがいつか役に立つだろうと思って貰っておいた。
本当は従四位下弾正大弼くらいは与えたかったらしいが、父と並ぶので辞めたらしい。
(うん、マジでそれは辞めて欲しい。争いの種になるのは間違いないから。)
俺はそう思いながら伏してお礼を述べるのだった。
残念ながら尊顔を拝することは出来なかったが、帝から直接言葉を頂けるなんて経験をしてちょっと嬉しいとも思っているのだった。