149 越前
元亀八年(1577年)10月
越前 一乗谷
城に向かう街道には多くの民百姓達が喜びに湧きお祭り騒ぎだった。
265万石の村上家と170万石の朝倉家と言う大大名同士の婚儀なだけに参列者も多く賑やかだった。
参列者は
朝倉、村上の重臣達に、当主の村上義照と次期当主の輝忠。
近江、浅井長政、輝政親子。能登、畠山義続。出羽の安東愛季。
幕府から政所執事、三淵藤英等幕臣多数。
朝廷から関白九条兼照と摂家、近衛前久と二条兼孝。他、公家多数。
となっていた。
朝廷や幕府がいるのは此度の婚姻を纏めたからだった。しかし、前回の元服の際あまりにも多くの公家が娘を嫁にと殺到した為、既に義宗には公家の娘が側室にいる。
宴は三日三晩では済まず四日も続くという歴史に残るような物になったのだ。
一乗谷滞在五日目
城にある茶室で男達が集っていた。
朝倉家当主 朝倉義景
村上家当主 村上義照
浅井家当主 浅井長政
安東家当主 安東愛季
能登畠山家当主 畠山義続
関白 九条兼照
右大臣 近衛前久
内大臣 二条兼孝
幕府政所執事 三淵藤英
文字通り、面子は混沌としていた。呉越同舟もいいところだ。
茶を点てるのは朝倉家重臣山崎吉家である。吉家の茶の湯の腕前は朝倉家内で一番であり、あの朝倉宗滴の愛弟子らしい。知らなかったが宗滴は多趣味で茶の湯もかなり精通していたそうだ。
そんな宗滴に学んだ吉家もこの面子では流石に手が震えた。
吉家が茶を立てると官位が一番高い兼照から頂いた。
茶の湯に関して兼照は津田宗及の弟子でもある。
「…美味い。山崎殿、結構な御点前ですね」
兼照は吉家の茶を飲むや美味いと口にする。
「京一の茶人と称される九条様に申して頂き、安堵致しました」
兼照の茶の湯の腕前はかなりの物で朝廷を始め周辺国でも有名だ。茶人の千宗易、今井宗久からも高く評価されているので兼照から美味いと言って貰えた吉家は安堵して茶を点てていった。
ちなみに、兼照の師になる津田宗及の元には茶を学ぼうと多くの者が師事を求めているそうで、史実の千宗易のようになっている。
茶は前久、兼孝、義照、義景とどんどん振る舞われ、談笑も少しずつ行われてきた。
「しかし、朝倉殿。民の活気に関しては我が信濃の方が栄えておると断言できるが、文化となればここ(越前)に遠く及ばぬな」
「当たり前だ。代々我等朝倉家が治めてきたのだ。活気も我等の方が栄えてるわ!!………まぁ、あの花火には驚いたがな」
あの花火とはあの、夜空を昼間のように明るくしたあれだろう。
「あれか…。まぁ、あれ程の物そう何度もやれるものではないわ。………今回の婚姻、お主が考案したのは調べが付いておる。北条をだしに使ってまで何を考えている?」
義照が尋ねると茶室の全員が息を飲んだ。和やかになっていたのをぶち壊したからだ。それに、義照はまだ顔は笑みを浮かべているが怒っているのは誰から見ても明らかだった。
朝倉と北条の同盟だが、正確にはまだ正式に結ばれてはいなかった。
条件は纏め終わり後は署名をするだけだったが、義景は署名をしなかったのだ。
その時既に北条家は穴山、小山田を支援しており、義照からの使者を殺していた。
氏政からしたら梯子を外されたようなものだ。
「…』どちらと手を結ぶべきか考えた故じゃ。どちらと結べば義宗により良く残せるかとな。北条との仲介をしてくれた安東殿の面目を潰してしまったのは詫びるがの…」
北条と朝倉の仲介をしたのは安東愛季だった。安東は北進を続ける伊達と同盟しており伊達領から佐竹領と入り北条と朝倉の仲介をしていたのだ。
正直、朝倉と安東が繋がっていたのは知らなかった。東北にも間者を増やすべきだと痛感させられた。
(それにしても子に残すためか…。俺ももう五十か。この時代は人間五十年。そろそろ考えておくべきだったな………義景に教えられるとか……なんかショックだな~)
「安東を使って北条と繋がるのは驚かされたが二度目は無い。朝倉殿、織田に手を出すな。あれはワシが潰す。邪魔をすれば誰だろうと消すぞ。浅井殿もだ」
「分かっておる。だが、この盟約は守って貰うぞ」
義照が殺気を向けながら義景に言うと義景はすんなり認めた。だが、長政は何も反応しなかった。いや出来なかった。
「畠山殿。越中の倅(長尾義春)に援軍を出すのは構わないが、ワシを相手にすると思っておけ…」
「父上。折角山崎殿が良い茶を点ててくれていますのでそれくらいにしませんか?」
長尾家を割った長尾義春の父である畠山義続に釘を刺したが、息子(兼照)に止められた。
(織田の一件以降、頭に血が上っていたかもしれないな。確かにこんなところで争っても意味が無い。どうせ明後日にはまた上洛だ)
「全く~息子に窘められるとは。確かに山崎殿の茶は美味かった。是非もう一杯頂けるか?」
「ははぁ………。では、どうぞ」
山崎は直ぐに茶を立て義照に差し出した。この後、暫く和やかな雰囲気で茶会が続くのだった。
茶会が行われている頃、別の場所では若手が集まり座談会を行っていた。
集まっていたのは、
村上家
村上輝忠、足利義尊、真田昌幸
浅井家
浅井輝政、浅井政元、藤堂高虎
朝倉家
朝倉義宗、朝倉景光(朝倉景垙の子)、斎藤龍興
座談会の内容は三家の今後の協力関係と幕府についてだった。
「さて、次期当主同士だが、輝政殿も義弟(義宗)も話し辛いだろう。長政殿と同い年であるしな」
「いえ、お気になさらず。それよりも、我等が足利様(義尊)と同席して宜しいのでしょうか?足利様は将軍家の一門に御座いますれば…」
「亡き父(足利義輝)は確かに将軍でしたが私は違います故、お気になさらず」
輝忠が口を開き輝政と義尊が続いた。
義尊としては父は義輝だが、育ててくれた義照も父だと思っていた。その為、今も義照のことを父上と呼び、輝忠のことを兄上と呼んでいた。
「では義兄上(輝忠)、村上家、いや村上義照様は今後天下を取るおつもりですか?」
義宗は単刀直入に訪ね、輝忠を含め皆驚いた。特に、輝政は「そんな質問なんかして!」と内心焦っていた。なんせ、天下を取るには必ず近江を通るからだ。
義宗の質問に輝忠、義尊、昌幸は顔を見合わせた後、つい笑みが溢れてしまう
急に三人が笑みを溢したことで若い二人は焦った。
「ハハハ…。いや、やはりどこに行っても皆父上(義照)が天下を狙ってると思ってるのだなと…つい笑ってしまった」
「殿(輝忠)~。大殿様の動きを他国の者から見ればそう映るのも仕方ありませんぞ」
「そうですよ。兄上(輝忠)。父上(義照)は考えを変えていないようですけど…」
村上家の三人が笑いながら言うと浅井朝倉両家の者は困惑した。龍興を除いて。
「結論から言うと父上は天下を望んではいない。ただ、誰からも指図されず他国から攻められることの無い国を作ろうとしているようだ」
「ですね。帝が京に居られるから上洛するだけと言ってましたからね。今は叔父上(前久)と兼照兄上が何とか引きずり出してる様なものですしね」
「三好討伐の為に東軍を率いて上洛されましたが、上田に戻られた時思いっきり叫ばれておりましたからね。余程行きたくないのでしょう」
三人はまた笑いながら答える。まさかのことに輝政も義宗も困惑するしかなかった。
「恐れながら輝忠様はどうなのですか?天下を望まれないので?」
輝政と義宗が困惑しているところ政元が輝忠に尋ねた。
政元は長政の弟で信任も厚く智謀にも優れていたこともあり、浅井家内でも高い権力を持っていた。
「………それは幕府次第だな」
輝忠は義尊を見た後一言そう答える。
輝忠としては父の纏め上げた国を守る為なら幕府と敵対することも躊躇する気はなかった。そして幕府(義昭)は何かとちょっかいを掛けてきていたので、今回の上洛で幕府と手切れも突き付けるつもりでもあった。
「左様ですか……。では、仮に天下を目指すならやはり美濃を制圧し近江を押さえるおつもりか?」
「政元殿。折角和睦が成ったというのにそれは些か無礼では御座らぬか?既に朝倉家とは婚儀によって結ばれ美濃の領地は定まりました。また、浅井家とは誓書に結んだではありませぬか」
政元の追求に昌幸が口を出した。これ以上は遺憾と思ったからだ。
「確かに今の質問は無礼で御座った。輝忠様、申し訳御座いませぬ」
「なに、誰であれ国を守る為に気になるであろう。私はなんとも思っておらぬから気にするな。…ただ………織田に組するなら誰であろうと容赦はせぬぞ」
(あぁ~。やっぱり殿(輝忠)は大殿(義照)の息子だな~。顔は笑顔なのに目は笑っておらず殺気だってるし…。まぁ、原因は輝忠様のせいでもあるからな……)
昌幸は輝忠を見てやっぱり親子だな~と思った。近従として長年義照を側で見ていただけあって色んな顔を見ているが輝忠も同じだったからだ。
「ぁ‥ぁ…それは御安心を。既に浅井家と織田家は手切れになっておりますので…ご無礼致した」
政元は目の前の輝忠を見てただ、頭を下げるしかなかった。
(化け物め……)
政元は心の中でそう呟くのだった。
その後も、暫く会話を行い、2日後村上軍は越前を発ち京に向かうのであった。