138 龍興
元亀七年(1576年)5月
上田城
「はぁー。織田は耐えれるかね~」
「どうも、浅井が朝倉に付くとは夢にでも思っていなかったのでは?近江側に兵を殆んど配置していなかったですし。呆れますな」
「しかし、朝倉も何を考えておるのでしょう?丹波を放置してそのまま織田と幕府とやりあうなど」
何があったかと言うとまず、朝倉と北畠が同時に織田家に攻め込んだ。これに対して織田は軍を二つに分け朝倉には信長本人が、伊勢には重臣森可成が兵を率いて向かった。そして信長は同盟国の浅井や俺達に援軍要請し、長政は伊勢へ侵攻した。
俺は朝倉(龍興)との密約に則りのらりくらりと見て見ぬ振りをしている。
何故なら美濃攻めの総大将が本当に龍興だったからだ。義景のことだから名ばかりにすると思っていたが予想に反した形だ。
副将は一門の朝倉景垙、山崎吉家となっている。景鏡も初めは含まれていたのだがどうも、龍興に従うことを拒否して領地に籠もっていた。
それは三月に起こったことだ。
そして先月四月に馬鹿将軍(義昭)が挙兵し若狭に侵攻を開始、山名は幕府が毛利家との和睦をさせた為、丹後から落ち延びた一色一族と共に丹後に侵攻を開始した。また、丹波では朝倉に従っていた波多野が挙兵、追い出されていた赤井、籾井等が合流し朝倉派を蹴散らしている。ちなみに、長尾家は相変わらず動きを見せていない。
そして、織田と朝倉の板挟みになっていた浅井長政は朝倉に付くことを宣言し、伊勢侵攻をしていたが近江に撤退し幕府軍を抑えるため京に軍を進めた。
これにぶちギレたのは義昭より信長だった。
浅井の伊勢侵攻で北畠からの侵攻が止まっていたが、撤退したことで北畠家軍が北伊勢に侵攻を再開したからだ。
織田は美濃に関しては一進一退を繰り広げているが、北伊勢は撤退が続いている。一万二千に対して三千で対抗しているから仕方がないだろう。
そして、幕府軍はと言うと若狭に侵攻していたが浅井が朝倉に付くと宣言した直後、制圧した丹波領(幕府に付いた国衆の領地)を通って京に撤退、浅井討伐を宣言し今度は近江に侵攻し、四国の三好、紀伊の畠山に援軍を派遣するよう命じ一万もの軍勢が京に向かっている。
そして現在、朝倉は美濃を攻めている龍興が一万三千、丹後に朝倉景鏡四千、龍興への援軍を朝倉景健二千を派遣し、義景と義宗親子は一万五千を引き連れ浅井軍二万に合流し合計三万五千で幕府軍四万と対峙している。
「まぁ、織田にしろ義昭にしろ、九月までは軍を動かさん。だが、織田との国境に五千は常駐させろ」
(しかし、関ヶ原か...史実から掛け離れても重要な一戦になるのか。それにしても、朝倉はなんて物を手に入れたんだ…。龍興が手配したのか?良くあんな物手に入れられたな。報告を待つとするか…)
「畏まりました。織田からの使者に対しては如何しますか?そろそろ、引き延ばしの理由が無くなりますが?」
織田の対応を任せている重臣の保科正俊が聞いてくる。織田は光秀や秀吉等が何度も使者として訪ねて来ていたが一切会わなかった。
「そうだな....。まぁ、何か適当に理由を付けろ。最悪死にかけて寝込んでいるとでも言っておけ」
俺が言うと、重臣達に「それだけはやってはいけない」と全否定される。
最悪朝廷から使者が来かねないとまで言われた。なんか解せんな...。
そんな不満を持ちながら、義照は今年産まれた孫二人を見に行くのだった。
美濃関ヶ原
義照が不満に思っていた頃、織田軍本陣では信長以下家臣団が怒りを爆発させていた。
「何故、村上は援軍を送ってこぬか!!」
「その前に使者に会わぬとは同盟しておきながら我等を見捨てるつもりか!」
「浅井もそうだ!お市様を貰っておきながら朝倉に組するとは!!」
家臣達が浅井や村上を罵っているが信長自身は黙って目の前の地図を見て龍興の次の動きを考えていた。
と言うのも、朝倉が攻めてくるのは分かっていたので国境を固め警戒していたのだが、龍興率いる朝倉軍にまんまと美濃に入られてしまったからだ。
(龍興め、まさかここまでやるとは思っても見なかった。万が一ここで負ければ美濃を失いかねん。長政が龍興の援軍としてくるかもしれん。今までの戦い方からすれば持久戦を考えているのか?いや、俺達をここに張り付けて北畠が尾張に攻め込むのを待っているのか!!)
「光秀!何故村上はなぜ会おうとせん!!お主は付き合いが長いのであろう!」
「秀隆黙れ...」
河尻秀隆が光秀に怒鳴ったが信長が静かに言うと皆黙った。いや、黙らされた。
たった一言だが、信長の言葉には殺気が込められていた為だ。
「光秀。村上が動かぬ理由だがお主の考えを申せ」
「は、はっ..。恐らく朝倉との間に密約があるか道三様が考えられたことと同じ事をしようとしているのかと...」
「同じこと?光秀、義照は何を考えていると言うのだ?」
光秀の言葉に信忠が訪ねる。信長は黙っているが何をしようとしているか直ぐに分かった。それと共に信忠の態度に苛立つ。
「はい。織田家の乗っ取りです」
「なに!」「なんだと!」
これには本陣に居た者達は驚きどよめいた。
「で、あろうな。奴のことだ。俺(信長)が死に戦に負ければ間違いなく美濃は落ちるだろう。そこで援軍とは名ばかりで美濃守護として疲弊しきった両軍に攻め込み美濃を制圧。信忠は幽閉、もしくは始末し信忠の正室の父親として尾張を乗っ取る算段だろう。蝮(道三)がうつけと言われた俺に帰蝶を娶らせたようにな。だが、それだとあまりにもお粗末過ぎる。何か違う考えがあるのか……」
「はい。信長様の申されます通りそこが私には分かりません。村上様にしてはあまりにもお粗末すぎます。村上様ならそんな手間を掛けずとも、調略で我等を締め上げ攻め込んで制圧されると思います。周辺を同盟で固めておりますし、優に五万の兵は動かせますので……。なので、朝倉と密約を結んだのではと思いました。ですが、義照様を納得させられる程の物を朝倉に出せるとは思えないのですが…」
「であるな。それに1つ気掛かりなのは、なぜ龍興が総大将なのかと言うことだな」
信長の言葉に光秀が答え、皆驚きながらも考えだした。
「と、殿(信長)。多分、村上様の狙いは今は美濃だけで後は何も考えていないと思います」
「猿(秀吉)!!今織田家に取って大事なことを話しているのにお主は何も聞いて」
「黙れ権六(勝家)…。猿(秀吉)続けろ」
秀吉が発言し勝家か怒鳴ったが信長が黙らす。勝家が黙り静かになったところで信長は秀吉にその考えに至った理由を訪ねる。
「は、はい。村上様は裏切りは許さずとにかく無駄な戦を嫌う御方です。それに、人を試すことをよくされます。今回援軍を送らなかったのは我等が徳川を見限ったことが原因ではないかと思います。また、亡き斎藤道三のお陰で美濃を半分貰ったのだから、自分で守って見ろと言うことではないのでしょうか? それで、我等が負けて、勝ってもかなり疲弊しているのなら、美濃守護として、美濃を奪いに来るのではないかと思います」
秀吉の考えを聞いて皆考える。
「人を試すか…。……そうか!だから龍興が総大将か!」
信長は一人考えに至った。試されたのは自分達ではなく龍興だと。そして、密約も朝倉ではなく龍興だったのではと。
「と、殿、一体それはどう言うことで?」
「義照は義龍と仲が良かった。そうだな!光秀」
「は、はぁ。良く書状をやり取りされたり、義照様が京に行かれる際には必ず城に寄られ、義龍様と面談し食事などもされておいででした」
光秀は困惑しながらも答える。
「義照は龍興と何らかの密約を結んだのだろう。義龍は俺を討ち取り尾張を押さえようとしたからな。龍興にそれが出来るか試したのだ!。後は猿(秀吉)の言う通り疲弊した我等と龍興を攻め、美濃を取るつもりだ!信忠、信濃に行き義照と直接会い説得し援軍を連れてこい!!」
「はい!…えっ!」
「猿(秀吉)、金柑(光秀)お前らもだ!人を試そうとするなら信忠には会うだろう!蝮(道三)のようにな!御主ら二人が補助をせよ!」
「えぇ!あ、ははぁ....」
信長の急な命令に名前を呼ばれた三人は驚きつつも返事をした。
「父上!私は義照の顔を知りませんしどんな人物なのかも…」
「それを知らぬから二人を付けるのだ!それとお前は義照、義照と呼び捨てにしているが、織田家と村上家の圧倒的な差を分かって言ってるのか!!よーく考えてさっさと行ってこい!!」
「そんな…急に会いに行ったとしても会ってくれるとは限りません!!」
「そんなことは分かっておる。だが、猿の言う通りなら会う可能性は高い!そこの交渉は二人(光秀、秀吉)に任せろ!さっさと行け!!」
信長親子は言い合いを始めたが、秀吉と光秀の方が無茶振りをされどうしようと二人で冷や汗を流す。
だが、当主(信長)の無茶振り(命令)なので、二人は受け入れ信忠と三人、信濃に向かう為、岐阜城に戻るのだった。
そんな頃、龍興総大将の朝倉軍は次の手を打っていた。
「龍興殿、本当にそんな事可能なのか?」
「あぁ。義照との密約の後、直ぐに手を回したからな。必ず上手くいく」
吉家と龍興は地図上の駒を見ながら話し龍興は駒を動かした。
「だが、織田が退くとは思えんぞ?動揺が走るのも時間がかかろう?」
景垙は策が成功するとは思わなかった。なんせ、信長の故郷である尾張で行うからだ。
「大丈夫だ。この手は義照もやって成功している。それに一度経験した者達が行うんだ」
「・・・まぁ、あまり誉められた手ではないがな…。だが、成功すれば北畠が尾張に入る前に美濃を落とせる。龍興殿の手腕に期待するとしよう」
景健は不満はあるが策として上策なので後は結果を待つことにした。
「義照が約束を守るなら後三ヶ月は来ない…美濃を必ず取り返してやる……」
龍興の手には自然と力が入る。交渉の場にいた吉家は龍興がこの戦に全てを賭けていることを知っており朝倉の為にもなるので全力でサポートしようと決めるのだった。
そして翌月六月初頭に龍興の策は実行され、尾張は大混乱に陥いるのだった。
尾張 熱田
ぎゃぁぁぁぁぁぁ
うわぁぁぁぁぁ
助けてぇぇぇぇ
武田に燃やされ再建した熱田の町は再び赤く燃えていた。
熱田の各地で一斉に火の手が上がり消火が間に合わなかった為だ。その為逃げ惑う人々で溢れた。
そんな中、略奪等も一部では行われていた。
「ハハハ!流石織田の財源だ!こんなにあるとはな!!」
「ど、どうか命だけは~」
「おい、その女は俺の物だ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ~」
熱田に火を付け略奪をしていたのは伊賀の忍び達だった。
この者達は皆、龍興に雇われ、火を付けた後は好きにしていいと言われた為、略奪を行っていた。
「おい。奪ったらさっさとずらかるぞ」
「「へいお頭!!」」
「しかし、百地の奴め。村上に雇われた時はまだ稼いでいただろうな。クソ!あの時あの坊主(雪斎)に雇われてなきゃワシらもやり放題だったと言うのに……」
頭目の男は昔のことを思いだし顔を歪める。あの時自身も参加していれば莫大な銭を得られていたからだ。
略奪は半刻程度だったが、熱田は火の海と化し全てを灰に変えるまでそれほど時間はかからなかった。
そしてそれは尾張の至る所でも起こっており、津島も襲われた。こちらの方は運良く前日に雨が降っていたお陰でそこまでの被害は出なかった。しかし、略奪による被害はこちらの方が大きかったのだった。