137 御手紙公方の野望
元亀六年(1575年)9月
京 二条城
「これを副将軍(長尾景虎)、そっちを義照に必ず渡すのだ!」
「ははぁ!」
義昭は幾度も手紙を書いては各地の大名や国衆に送っていた。東は伊達、西は大友までだ。
そんな中、義昭に着くと明言したのは紀伊の畠山、但馬の山名豊国、尾張の織田信長と播磨や丹波の国衆くらいで、他はまだ明確な返答は無かった。山名、織田に関しては朝倉の脅威の為参加しただけである。
義昭の一番の予定外は景虎である。
幕府や将軍を重んじ、必ず駆けつけてくれると信じていた景虎が明確な意思を見せずにいたのだ。
そして、村上に対しては今回は義照の叔父になる幕臣、小笠原長時を送った。それでは難しいと思い九条兼照や近衛前久に協力を求めていた。
しかし、どちらも拒否で朝廷は動かないと通告されてしまった。
義昭や三淵などは仕方がないから他を頼ろうと考えていたが、一部の若い幕臣達は言うことを聞かないなら拉致し人質にしようと強行手段に出ることを計画し実行してしまう。
勿論、三淵を始め義照と関係がある者や将軍義昭は知るはずもなかった。
そして、強行手段に出た愚か者達は見るも無惨な姿で三条河原に晒されるのだった。
兼照の周囲には佐治達陽炎衆の護衛だけでなく、京周辺に義照の息のかかった者達が至るところにいた。前回の反省を受けてだ。
その為企み等直ぐに知られ、幕臣達は待ち伏せを受けたのだ。
幕臣達のことは直ぐに義昭にも知らされ下手人探しを始めたが直ぐに止めた。
この幕臣達が何をしようとしたか京中に知れ渡った為である。
幕臣達は九条、近衛を人質に取るだけでなく、あろうことか兼照の妻、春齢にも手を掛けようとしたのだ。
この幕臣達のしでかしたことは春齢の父親になる帝にも伝わり幕府と三好の和睦の一件もありその怒りはとてつもない物となった。
将軍義昭を呼び出し、猛抗議をし、関わっていた幕臣を速やかに処罰しなければ将軍職を剥奪すると通告した。
義昭からしたら自分の知らないところでやられたのにと言う思いはあったが、事がことだけに今はぐっと堪えるのだった。
義昭が手紙を書いている頃、上田には招かれざる客が来ていた。
広間の左右には家臣達がおり誰もが目の前にいる男二人を奇怪そうに見る。
やって来たのは三人だが、うち二人は日本人ではなかった。
「それで、京がダメだからうち(村上家)に来たと...?」
「はい。村上様は如何なる宗教だろうと布教を御許しになられておられます。何卒、我らにも布教の御許しと保護をして頂きたくお願いに参りました」
目の前にいる盲目の男はそう言って頭を下げる。
この男の名は、ロレンソ了斎。
そうやって来た招かれざる客とは宣教師達だ。
「コレハスベテオクリモノデス。ドウゾヨロシクオネガイシマス」
宣教師の一人が目の前に並べた贈り物を示して言う。
「了斎、一緒に来ている者の名はなんと言ったか? 」
「はい。ルイスフロイス殿とオルガンティノ殿です」
(はぁ…面倒なのが来たな...。しかもこいつらタイミング最悪だな。俺が九州の間者からの報告書を読んだ後に来るなんて..)
「・・お主ら、海を越えてやって来たが九州の宣教師達と連絡はよく取っているのか?それとも関係はないのか?」
義照が宣教師二人に訪ねると二人は南蛮語で話し合いをする。
「ハイ。カレラハワタシタチトオナジデ、オシエヲヒロメニヤッテキタナカマデス。レンラクハトレルヨウニシテマス」
フロイスがそう答えたので俺もそれにあった対応をすることにした。
「了斎、お主は最近九州に行ったことはあるか?九州の宣教師達に会ったことは?」
「いえ、ここ数年は私は摂津やその周辺で布教しておりましたので行っておりません。九州の宣教師と申されましても、摂津の方に来られた方(宣教師)には会うことはあります」
了斎がそう答え、俺は黙り込む。
そして...
「わかった。了斎、贈り物は持って帰れ。必要ない」
「はぁ?それは何故?」
了斎や宣教師だけでなく、家臣達も不思議そうにする。
「おい。そこの南蛮人を捕らえ牢屋にぶちこめ。その後磔にし火あぶりにしろ」
「「「なっ!!!」」」
笑顔のまま義照が命令すると直ぐに家臣達が三人を囲み、三人は驚き慌てる。
「お、お待ちくだされ!何故急に磔等!!」
了斎が訪ね、フロイスとオルガンティノが南蛮語で何か言っている。
「了斎。お主は九州に行ってないから知らぬだろうが、今豊後では洗礼を受けた大友宗麟がキリスト教の布教を認め、大友の許しの元、宣教師が他の寺社を壊し南蛮寺にしている。そして、反対した者、洗礼を受けぬ民草を邪教徒とし奴隷にしてこの日の本から連れ去っている」
「そ、そんなこと、誠にございますか!!」
了斎は驚き「そんな馬鹿な」といい宣教師の二人を向く。
「ああ、本当だ。依田、届いた報告書を間者に関することを除き読み上げろ」
「はっ!」
近従の依田に報告書を読ませた。
内容としては、九州に送っていた間者が南蛮の医術を学ぼうとしたが宣教師に断られ、仕方なく、周辺で治療所を開き情報集めをしていたら島津義弘に拐われ島津家にいること。
そして、大友領内で起こっていることが書かれている。
大友宗麟は毛利を打ち破るべく領地にいた宣教師達の力を借り、毛利水軍を壊滅させた。
ただ力を貸す条件として、当主が洗礼を受け、キリスト教を保護すること、港がある所に僅かな領地を与えること、そして宣教師達に特権を与えること等不平等条約に近い内容が結ばれた。
そして、宣教師達は与えられた領地にある寺社を全て打ち壊し、民達は無理やりキリスト教に入信させられ、拒否した者達は奴隷として連れていかれた。
勿論、その土地の者達は死ぬ覚悟で大友家に南蛮人達の悪事を訴えたが、大友宗麟は黙殺したのだった。
書状を読み上げていくにつれ、了斎は顔が青ざめていく。宣教師の二人は少しは言葉が理解出来るから冷や汗を流す。
そして家臣達の顔はみるみる赤く、何人かは脇差しを抜いている。
「...以上を持ち報告といたします。大殿(義照)、全て読み終わりました」
「うん。さて、了斎。俺が地獄耳だと言われておることは知っておろう。この報告は本物だ。だから、先に九州の宣教師と関わりがあるか、連絡は取っているかと聞いたのだ」
依田が読み終わり俺が訪ねると了斎は震えている。
家臣達は「今すぐ殺しましょう」や、「幕府や朝廷に訴え南蛮人を追い出そう」と叫んでいた。
「オ、オソレナガラ。ソレハイツノハナシデスカ?」
囲まれ、怯えているオルガンティノがたずねる。
「先月のことだ。ニェッキ・ソルディ・オルガンティノ。宇留岸伴天連と呼ばれ民に慕われているのは聞いている。正直、今読み上げた報告を聞くまでは会って話を聞いてみたいとまで思っていたが...南蛮人が、ここまで野蛮とはな...。二人を牢屋にぶちこめ」
「「ははぁ!!」」
「お、お待ちくだされ!先月のことなれば私達は尾張で布教しており、全く知らぬことにございます!!」
宣教師の二人を捕らえようとするとさっきまで震えていた了斎が大声で叫ぶ。
「村上様。私達は何も知りません。何卒、確認する時間を頂きたく伏してお願い申し上げます」
了斎はそう続けて言うと頭を擦り付けるくらい下げる。
「・・・それで、確認してどうする?既に起こっていることなのだぞ?」
「このお二人(フロイス、オルガンティノ)はその様なことはいたしません。一部の者達が、やったに違いありません。必ず止めてみせますのでどうか!!!」
了斎は頭を下げたままいい、二人の宣教師は慌てて頭を下げた。
「・・・いいだろう。オルガンティノを人質として残すことを条件に時間をやろう。どれくらいいる?」
三人は話し合い始め、少しして了斎が答える。
「一年程頂ければ...」
「ふざけるな!!大殿、このまま殺すべきです!」
「そうです!!きっと人質を見殺して逃げるに決まってます!」
(まぁーそうなるな。別に何処に逃げても国内なら始末するがな..)
「静まれ!!大殿のお考えを聞いてからにせんか!」
広間が騒がしくなったが信春の一声で静まり返る。
大抵、騒がしくなったのを静めるのは信春か昌祐だ。
「いいだろう。だが、一日でも遅れればオルガンティノは火炙りだ。よいな?」
「diabolus(悪魔め)..」
俺が言うとフロイスは一言呟く。だが、俺は現世で聞いたことがあったので理解できた。
「悪魔か。悪いが俺は閻魔と呼ばれている。容赦はせぬぞ」
俺がフロイスの呟きに答えると三人は言葉が分かるのかと聞いてきた。勿論分からんとだけ答える。ラテン語なんて分かるか。
「畏まりました。直ぐに戻ります。ですが、最後に三人で話す時間を頂きたいのですが...」
「いいぞ。おい、部屋に案内してやれ。逃げ出せば全員殺せ」
「はっ!!」
三人は家臣に案内され出ていった。
その後、オルガンティノは残り二人は急いで信濃から出ていくのだった。
残されたオルガンティノは監視の元に小さな屋敷に入れられたが、移動制限以外は何もなかった。そして暇だろうからと義照に言われ、南蛮語(ラテン語)を義照や家臣達に教えることになるのだった。