136 越前
活動報告でもお知らせしましたが、8月の間は週二回(月、木)で投稿します
元亀六年(1575年)8月
越前 一乗谷
「上様より一字を賜り、名を義宗とする」
烏帽子の義景は高らかに名を読み上げ、隣で山崎が名前の書かれた紙を見せつけるが如く広げていた。
「朝倉義宗、上様(義昭)に頂いた名に恥じぬ働きを御約束いたします! 」
元服した阿君丸こと朝倉義宗は高らかに宣言する。
広間には朝倉家臣団だけでなく、幕府の名代で来た和田惟政や叔父の小笠原長時、招待された大名や公家が多くいた。
義照もその一人だった。
大名で言えば同盟国の浅井長政、北畠具房を始め、周辺国の長尾景虎、村上義照、畠山義続だ。
公家で言えば、最高位の家格をもつ摂家(近衛、九条、二条)はいないが、摂家に次ぐ家格の清華家に当たる、花山院家輔、大炊御門経頼、広橋兼勝、徳大寺公維、等勢揃いしている。
他にも大臣家の正親町三条公仲、後羽林家の公家が多数居る。
ちなみに花山院家輔は俺の義父になる九条稙通の弟なので一応親戚筋にはなる。
しかし流石は朝倉家だと感心してしまう。と言うのも、報告では聞いていたが一乗谷は京よりも華やかで公家文化が民にも浸透し第二の京と言われてもおかしくなかったからだ。
賑やかさだけでなら上田も負けてはいないが文化となるとかなり負けている。
正直悔しい....。
(しかし、幕府が名代を送ったのは意外だな....。あのことから考えて送らないと思っていたのだがな...)
義照は来ていた幕臣の二人を見て暫し考えていた。
元服式が終わると宴が模様され、能や舞が次々と演じられた。
「村上様。浮かない顔をされておりましたが何かお気に触ることがございましたか?」
俺の元にやって来たのは山崎吉家だった。
「なに。ただ、悔しいな~と思ってな」
「と、言いますと?」
俺が吉家に言うと不思議そうに見てきた。
「正直に申すが朝倉家は名門な故、その名にすがり胡座をかいていると思っていた。だが一乗谷を直接見て、どれだけ繁栄し文化が根付いているか思い知らされたわ。人の多さ、流通に関しては上田でも負けはせぬが、文化となれば天と地の差が出よう。故に悔しいなと思うてな」
義照が説明すると吉家は驚いた。義照がそこまで評価を上げていたからだ。
吉家が驚いていると後ろから二人の男がやって来る。
「義照!よく来た!ここは田舎のお主の領地より凄いであろう!!」
「父上(義景)、村上殿は七ヶ国守護なんですよ。管領家としてきちんとお迎えしないと..」
そう、当主朝倉義景と元服した朝倉義宗 だ。
「ええ、正直、度肝を抜かれました。義宗殿。此度の元服、誠におめでとうございます。これで、管領朝倉家も安泰に御座いますな」
「ありがとう御座います。私は次期管領として幕府と上様を支え朝倉家を父よりも発展させる所存です」
義照がお祝いを申すと義宗は礼儀正しく返してきた。
全く、義宗の爪の垢を煎じて義景に飲ませてやりたい。
宗と言う字は朝倉一の名将朝倉宗滴から取ったらしい。
「しかし管領様、御立派な御嫡男ですが、お相手はもうお決まりなのですか?」
「まだ決めておらん」
俺が何気なく義景に言い答えを得ると、周りの公家が一斉に反応した。
「義景殿、麿の所に器量の良い娘がおるのだが」
「いやいや、麿の娘だが..」
公家が義景と義宗に詰め寄り始めた。
似た光景を俺は知っている。輝忠の側室にと未婚の兼照に詰め寄った公家達と同じ目をしていたからだ。
(あの時は、恐ろしい老人組(近衛稙家、九条稙通)が全て潰したが義景にそれができるだろうか…。…照親(義照三男)の嫁も探さんといけんやったな…)
俺は一人その場から抜け出し庭に出る。
あまりにも美しすぎる庭だ。だが、どこか落ち着く庭だ。
(見事な庭だな...戻ったら職人達に頼んで見るか)
そんな庭を見ていると二人の男がやって来る。
「村上殿、お一人で如何されましたか?」
「浅井殿、それに龍興か。何、見事な庭だと思い眺めていてな」
浅井長政と斎藤龍興と言う珍しい組み合わせだった。
「そうでしたか。我々も御一緒しても?」
「構わんぞ。浅井殿、御嫡男と朝倉殿の娘との婚儀、御祝い申し上げる」
義宗が元服する前に浅井長政の嫡男輝政と朝倉義景の娘、四葩が婚姻を結び婚儀も終えている。
これに伴い、浅井、朝倉の同盟は更に強固になっている。
ちなみに、この朝倉の娘は史実では教如に嫁いだ娘だ。
「わざわざ忝ない。婚儀も無事に終わりこれで、我等と朝倉の結び付きが更に強くなりました」
「そうか。それで、浅井殿は幕府と朝倉家どちらを選ぶのか?」
「え?」「...は?」
長政に訪ねると長政は驚き、龍興は不思議そうにする。
「本当は義景に渡そうと思っていたのだが...龍興、土産だ。明日にでも義景に渡せ。中身は見ていいぞ」
そう言って懐から書状を取り出し渡す。
龍興は受け取ると中を確認し目を見開く。
「・・・な!...こ、これは!!」
俺が渡したのは将軍からの密書だ。
内容を簡単に纏めると、朝倉を討て。守護なのだから将軍の言うことを聞けだ。
わなわな震えている龍興を他所に長政は深刻そうな顔をしていた。
「当然、浅井家にも来ているのだろ?景虎のところにも来ているしな。あの世間知らず(義昭)のことだ、後先考えず誰にでも送ってるのだろう」
「・・・何のことだか...初耳に御座います」
「・・そうか..。ちなみに織田は乗り気のようだぞ。朝倉家に散々悩まされているみたいだからな」
「なっ!!」
長政は寝耳に水だったのは間違いない。「そんな、義兄上(信長)は..」とぶつぶつ言い出したからだ。
「それで、義照様は如何されるので?」
龍興は顔をこわばらせながらも返答次第では今にも小太刀を抜きそうだった。
「さぁ?越前は確かに魅力的だ。手に入れたい」
義照がそう言うと龍興は瞬時に小太刀を抜いて斬りかかる。
しかし・・・・
ドン!!!
「ガハッ!」
相手が悪かった。龍興はそのまま義照によって無刀取りされ投げられたのだ。
「小太刀による見事な居合だな。…そうか冨田流か。強くなったな」
「何事か!!」
龍興を投げた際、大きな音がした為、朝倉家臣達や来客達がやって来る。
「いやはや、驚かせて済まない。浅井殿が無刀取りを見たいと言われ、龍興に襲いかかって貰ったんだが……。ちと、本気でやり過ぎた。龍興大丈夫か?」
義照はそう言い倒れている龍興を起こす。長政は龍興の居合を目で捕らえることが出来ず、一瞬で投げられた光景しか見えなかった。
「幕府とは縁を切った。それが答えだ」
龍興を起こす際にボソッと伝えた。
龍興はこちらを向いた後、ふらつきながらも立ち上がり飛んで行った小太刀を取りに行く。
「ささ、皆様どうぞ御戻り下され。……村上様、こんな良い日に何をされておいでですか?浅井様もです。言って下されば場所を用意しましたのに」
山崎吉家が慌ててやって来て、野次馬(朝倉家臣や来賓)を部屋に戻した。
「山崎殿、済まぬな。少々酒に酔ってしまっていた。浅井殿、これで良かろう。戻るとしようか」
「え?…あぁ、そうですね」
義照はそう言うと長政を引き連れ共に宴会の間に戻る。残されたのは吉家と龍興だけだった。
吉家は龍興の様子を見て声を掛ける。
「龍興殿如何されたのだ!村上殿に斬りかかったのであろう!!」
吉家はなんとなくだが、龍興が義照に斬りかかったのだと察した。
龍興は何も言わず、義照から貰った書状を渡す。
「何だこれは?」
「読んだら分かる」
「・・・なっ!」
吉家は書状に目を通し驚きを隠せなかった。
保護し支えてきた義昭による裏切りの証拠だからだ。
初めは偽物とも思ったが一時期幕府とのやり取りを担当していた為、義昭の直筆であるのを確信出来た。
「義照が渡してきた。浅井や長尾にも送られているそうだ」
「馬鹿な!!朝倉家がどれだけ幕府を支えてきたと!!」
「力を付け過ぎたからだろう。三好や細川のように傀儡にされ幕府を乗っ取られると思ったんだろう……」
龍興は冷静に状況を分析していく。
昔から思慮深かったが、言葉に出すことが出来ず、周りから頼り無しとされたが色々物事や状況を知り落ち着いた今の龍興は知将と言えた。
「直ぐに義景様に知らせなくては!」
「いや、これだけ客人が多くては不味い。それよりも景虎の方だ。なんとしてもあの軍神をこちら側に入れなくては挟撃されてしまう」
龍興と吉家は直ぐに、今後について話し合い書状については元服式から二日後、吉家が伝えたのだった。義景は驚き、大慌てで景虎と長政に連絡を取るのだったが義照や景虎は翌日には帰国し越前には居ないのであった。