132 父の最期
元亀五年(1573年)5月
上田城
「やっと終わったか。しかし、よくもまぁ~ここまで粘ったものだな」
「左様ですな。しかも最上は伊達相手に和睦を勝ち取るとは中々やりますな」
伊達による最上、相馬討伐は相馬は滅亡、最上は領地の大半を失ったが、義光が和睦を勝ち取った。
最上がどんな手段を使ったかと言うと、義昭(幕府)に使者を送り、和睦の仲介を頼んだのだ。
何故、こんなにも早く幕府が動いたかと言うと、義光は上洛し義輝に謁見したことがあったらしく、その時の伝を使った為らしい。
そして義昭は東北にも将軍の威光を轟かせようと即承諾し、副将軍(景虎)に軍を派遣させ、和睦を結ばせるという方法を取ったのだ。流石の伊達も幕府と長尾家が出てきたら首を縦に振るしかなかったのだろう。直ぐに承諾した。
「軍神(景虎)を顎で使えるとか馬鹿傀儡(義昭)はどんだけ傲慢なんだよ...」
「兄上、馬鹿傀儡とは流石に上様(義昭)と長尾殿に失礼ですよ」
「国清、景虎はともかくあの馬鹿傀儡(義昭)は別にいいだろう。傀儡の様に義景の言ったことは全て認めてるしな。全く、馬鹿弟子(義輝)がどれだけマシだったか身に染みて分かるな。..ホント、早死にしよって..」
今俺は国清と末の弟の国千代、隠居した幸隆と一緒に居る。隠居した幸隆を呼び出したのは俺だが、国清と国千代がいるのは、国千代が元服と初陣をしたいと頼みに来たためだ。
国千代や父(義清)には十四になったらと言っておいたのだが、国千代は我慢が出来ないらしい。ちなみに十三歳だ。
「さて、国千代。初陣は戦が無いから無理だ。元服は...まぁ、早めてやってもいいか」
「本当ですか!!」
国千代は大喜びし、立ち上がる。
ホント、辛抱っていうことを知らん。
「その代わり、元服するのだから今のままではいかんぞ」
「はい!」
国千代はそう言うと嬉しいのか部屋を飛び出してしまった。多分、父上か母上の所だろう。
「これで国千代も少しは大人しくなってくれればいいんですがね。兄上(義照)、私も戻ります」
「分かった。国清、国千代のこと任せるぞ」
国清はそう言うと部屋を出ていく。国千代を追いかけるのだろう。
「はぁー全くそそっかしい弟だ 。さて幸隆、例の件の答えを聞きたい」
「はっ。分家の件ですが三男昌幸に関しては、よろしくお願い申し上げます。ですが、四男信尹はどうか昌幸の元に...」
俺が幸隆に相談した件とは、昌幸と信尹を分家として分けないかと言うものだった。
幸隆の子は長男幸綱が家督を継ぎ、次男幸照は海野家再興の為婿養子として入り、三男昌幸、四男信尹、五男信春は幸綱の居城松尾城に住んでいる。
昌幸は幸綱と同じく輝忠の直臣で軍監衆でもある。信尹は俺の近習となっているので、この際、僅かな領地と銭を与えるので新しく家を立てないかと提案したのだ。
「そうか。まぁ、幸隆がそう決めたならこれ以上言うまい。昌幸には新たに知行百石と銭百貫としよう。信尹は今のままの禄を与える。二人なら直ぐに十倍近くまで貰えるようになるだろう」
「忝なくござ」「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺が与える知行を言い、幸隆がお礼を言おうと頭を下げようとした時、城内に悲鳴が響いた。
「はぁ~。一体今度は何事か...」
悲鳴がしてから少しすると、ドタドタ走ってくる音が聞こえる。それと泣きじゃくる声が。
「兄うぇぇぇぇぇぇ~」
「国千代、一体どうした?」
さっきまで、嬉しそうに出ていった国千代が泣き過ぎて涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになってやって来た。
すると、後ろから父に付けていた監視(忍)がやって来て平伏する。
「失礼します!大殿(義照)!御隠居様(義清)が倒れられました!!」
「・・・・は?」
俺は少し反応に遅れたが、我に返ると急いで父と母のいる部屋に向かった。
俺が着いた時には既に医師と助手が駆けつけており手当てをしていた。
「義照、殿(義清)が!殿が!!」「兄上...」
「母上、落ち着いて下さい!国清、何があったんだ?」
側にいた母と国清が声を掛けてきたので母より落ち着いていた国清に状況を尋ねる。
国清の話によれば、国千代が元服すると大喜びで伝えて父も母も喜んだそうだ。
その時父は昼間なのに既に酒を呑んでおり、懐かしそうに昔話を始め、急に言葉が出なくなったかと思えば手が震えだし倒れたそうだ。
「・・・卒中かそれとも中毒か?」
側で手当てをしていた医師に聞くと医師は俺の方を向いて平伏する。
「恐らく卒中かと...。申し訳御座いません。最早手の施しようは御座いません」
「医師なんだから治せるだろ!早く父上を治せよ!早く!!」
「黙らんか国千代!!!」
医師の言葉に国千代が暴言を吐き、義照が怒鳴る。
国千代は自分が怒鳴られた理由が分からず呆然としてしまう。
「それで、見立ては如何程か?」
「はい。頭を開いて見なければ確実なことは分かりませんが、恐らく鈍器で頭を殴られて死んだ状態と同じく頭の中では大量の血が貯まっているかと」
村上家では甲斐で重罪人を使い解剖を行っているだけあって予測を立てることが出来ていた。しかし予測は立てれても現代のように対応する方法はまだ多くはなかった。
(脳卒中か....そりゃこの時代で何とかしろって言う方が無理だな...)
「大殿様(義照)。たった今、お亡くなりなりました...」
脈を取っていた助手が悲痛な面持ちで告げる。
母は父の亡骸にすがり付いて泣きだし、国千代も、言葉を聞いた時にはキョトンとしたがやはり大泣きしだした。
国清も目には涙を浮かべていたが、俺はただ、「そうか...」の一言しかなく、側にいた幸隆や駆けつけた家臣達に各地に知らせ、葬儀などこの後やらなければいけないことの準備をするよう指示をした。
数日後
村上義清の死は各地にも広がったが早くに隠居していたこともあり影響はほぼ無かった。
葬儀には早くから同盟していた長尾家から長尾政景と父(義清)と何度も戦をしていた高梨政頼がやって来た。他にも家臣となった仁科、木曽からは隠居していた先代当主達。幕臣となり地味に飯森山城を与えられている叔父の小笠原長時も来た。ぶっちゃけ、葬儀は老人(隠居組)の方が多い風に感じる。
そして、招かれざる客も....。
「さて、武田から使者として来られたと聞いたが何分、葬儀があるため手短にして頂きたい」
「此度は武田家の名代として焼香しに参りました」
「兄上(義照)、どうか御許しを頂きたく」
俺の目の前にいる二人がそう言うと、周りからの殺気に満ちた目で睨まれる。
「はぁ~。言い方が悪かったな。どの面下げてやって来た?義邦、義利殿」
「最早、兄とは呼んでくれぬか..…」
やって来たは裏切り者の兄、義利と弟の義邦だった。
義邦は一時期人質として預けられていた信利(義利嫡男)に付けられていたため信濃に戻ってきたことがあるが、義利は今まで一度も戻ることはなかった。
「確かに兄は二人居ましたが、二十六年も前に一人居なくなりました。それで用件がそれだけならお帰り下さい」
俺が手を振って出ていけと示すが二人とも動かなかった。
「義照、言いたいことも気持ちも分かる。だが、どうか最後に父上に会って謝らせてくれ」
「兄上、お願いします!!最後くらい父上に合わせて下さい!!」
二人は頭を下げるが義照は義利の言葉に堪忍袋の緒が切れ震えながら立ち上がり二人に近付く。
「気持ちが分かるだと?ふざけるな!!兄上(義利)のせいでどれだけ多くの者が死に、民が苦しんだと思ってるんだ!!今もそうだ!どれだけ人の心を踏み躙れば気が済むんだ!!」
義照は頭を下げる義利を蹴り飛ばす。
「兄上(義利)!!」
義邦は驚きながら叫ぶが、義照は一切気にせず飛ばした義利に近付く。
「義照、すまなかった...」
義利は起き上がるとまた伏して頭を下げ謝る。
義照はその光景に怒りしか湧かず太刀を抜き、兄を斬ろうと振り下ろす。
「「殿!」」
義照のやろうとしていることに周りが慌てて叫び止めようとした。義利が裏切り者とは言え、今は同盟国(武田)の使者として来ていたからだ。殺せば大問題になる。
ガッキーン!!!
「そこまでだ。義照」
口より早く体が動き脇差しを抜き、太刀を受け止めたのは義勝だった。
「馬鹿兄、邪魔するな....」
「はぁー。お前にしては頭に血が昇り過ぎだ。少し落ち着け。それに兄者(義利)に先が無いのは知ってるだろう」
そう。義利は病に侵されていた。病名は積聚、今で言う癌である。
家督は既に信利に譲り、最近は介抱を受けながら過ごしているのは監視から報告を受けていた。
そして今回、無理をしてやって来たことも...。
「・・・出ていけ..」
「兄上(義照)!!」
「さっさと焼香して信濃から出ていけ。ここには母上や華(義利娘)もいる」
義照はそう言うと太刀を納める。それを見て義勝も脇差しを仕舞う。
「義照....忝ない..」
義利と義邦の二人は頭を下げた後、部屋を出て行く。
「義照、お前は少し休め。後のことは国清が全部やる」
「えっ!!!!」
義勝の言葉に国清はびっくり反応していた。
「馬鹿兄がする訳じゃないんだ...。・・・兄上(義勝)…ありがとう....(ボソッ)」
「うん?今なんて言った?よーく聞こえんかったからもう一回言ってみろ」
俺がボソッといった言葉が馬鹿兄に聞こえていたのか、ニヤニヤしながら聞いてくる。普段礼なんて言わないからだろう。
「なんでもない!国清、さっさと始めるから手伝え!!」
「えっ!あ、兄上待って下さい!兄上~!」
俺は恥ずかしくなり広間を出て斎場に向かった。
葬儀は恙無く終わり、義利達も焼香すると帰っていった。義利は無理をしたせいかそれから数ヶ月後、家族に見守られながら亡くなったと知らせがくるのだった。