126 貧乏くじ
上田城の一室
「はぁ~明智様、なんとしても結ばなくてはなりませんな」
「殿の命とはいえどうやって村上様を説得しようか...。木下殿、何か妙案は御座らぬか? 」
「ありません。それどころか生きて帰れるか不安です...」
上田城の一室で待たされている二人組こと明智光秀と木下秀吉の二人は、信長に急に命じられた難題に頭を悩ませていた。
数日前
美濃 岐阜城
「猿、金柑!村上に使者として向かい必ず婚姻同盟を結んで参れ!信忠の正室として迎えたいと伝えろ!ダメなら徳(徳姫)と雪(雪姫)を差し出しても構わん!!」
「「・・・・・え?」」
信長に呼び出された二人は全く同じ反応をした。
「恐れながら殿、将軍家の執り成しで同盟を結んだ際、村上は婚姻同盟はしないと申しておりましたが...」
「あれから数年は経っている。考えを変えているかもしれん!」
「恐れながら重臣ではない某等(光秀、秀吉)では話すら聞いて貰えないのでは無いでしょうか?」
光秀と秀吉はそれぞれ信長に確認した。特に秀吉の質問は光秀も同じように思っていた。
知り合いとはいえ、重臣ではない自分達が相手にして貰えるのかと。
現在光秀は重臣ではないが信長の側近、秀吉は丹羽長秀に代わり奉行衆筆頭となっている。
長秀が奉行衆から外交に回されたためだ。元々、桶狭間以降人手不足だった織田家で財務に関して秀吉の右に出る者が居なかった為、妥当な配置だろう。
そして今回、外交に回された長秀ではなく二人に命じたのは、その方が結べる可能性が高いと信長が感じたためだった。
「それは問題ない。御主等二人を重臣の末席に入れることを他の重臣達と話し、既に決めている。中川は追放、安藤は打ち首としたからな!」
「「なっ!」」
信長の爆弾発言に二人は驚きのあまり固まってしまう。
現在織田家重臣は
森可成を筆頭に、柴田勝家、河尻秀隆、丹羽長秀、中川重政、稲葉一鉄、安藤守就、氏家卜全である。
その内の中川重政と安藤守就が外されたと言う話は寝耳に水だった。
光秀が何故二人がと信長に聞くと、中川は弟の盛月が領地の利権問題が切っ掛けで代官と家臣を殺し信長の逆鱗に触れ、それを擁護した為追放され、安藤は朝倉と深く密通を行い、裏切ろうとした為と説明した。
「と言う訳だ!すぐに行って結んでこい!!!」
――――回想終了―――――
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
悩んでいる二人の元に準備ができたと案内人がやって来た。
「さて木下殿、共に三途の川を渡りに参りますか」
「明智様、わしゃ~ まだ死にとうないです」
「ハハハ、それは私もだ。では無事に纏め上げ帰るとしよう」
光秀と秀吉は意を決して部屋を出る。
史実では金ヶ崎の撤退で協力し、山崎の戦いで殺しあった間柄。
しかし今は主(信長)からの無理難題を解決し、閻魔(義照)の元から無事に戻る為、全身全霊をかけて交渉に望むのだった。
・・・しかし...
「こっちの条件を飲めばいいぞ」
「「へ....?」」
気合いを入れて交渉内容を伝え、緊張しながらその返答を待っていたら、あまりにも軽く拍子抜けな答えが帰って来た為、二人は呆気に取られる。
「うん?なんだ、二人してそんな顔をして?婚姻同盟の話は嘘なのか?」
「い、いえ!それで、条件とはどのようなものにございますか!」
「まず~」
光秀は慌てて条件を聞く。
義照の出した条件は以下の通りだ。
1、信忠に娘(奈美)を嫁がせる。
2、人質として三男信孝を預かる(教育はしてやる)
3、村上家の同盟国へ如何なる理由が合ったとしても侵攻すれば同盟破棄。
4、村上家は伊勢及び伊賀との戦に加担せず援軍は一切送らない。
5、同盟破棄後、互いに人質は安全に返還する
とした。
二人は人質に関しては難色を示したが、婚姻同盟でしかも義照の娘を貰えるので大丈夫と思い、承諾した。後で信長に激怒されると露にも思わず。
「ところで光秀、最近国境で朝倉と揉めているようだが、信長は朝倉に戦を仕掛ける気か?」
交渉が終わり、俺が光秀に訪ねると物凄く驚いていた。
「殿がそのようなこと!」「村上様、あれは朝倉側が仕掛けてきていることで、我等から仕掛けることはありません」
秀吉は自身が知っていることを説明した。奉公衆筆頭となっている為、織田家領地に関しての報告が入っていたからだ。
「ふーん。典型的な攻める口実作りか。まぁ、うちの領地に手を出さなければ無視するか。それに、今度兄弟子と朝倉からも使者が来る筈だから聞いてみるとしよう」
俺はそう言って二人を帰した。
二人は婚姻同盟を無事に結べたことに大喜びして帰り信長や他の重臣達の前で交渉の大成功と内容を報告した。
そして・・・
「その条件を飲んだのか!!御主等二人揃って何を考えてる!!」
((えーーーーーーーー!!!))
信長は怒鳴り声を上げ、上手く纏め上げたが怒鳴られた二人は言葉を無くし、内心同じ反応をしていた。
「え、あ、あの、恐れながら婚姻同盟を結べと言う命だったのでは?」
光秀はおどおどしながら確認したが、それがかえって信長の怒りに油を注いだ。
バシッ!!
「金柑!婚姻同盟を結べとは言ったが、なぜ村上が伊勢、伊賀との戦に援軍を送らなくてもいいと勝手に約束したのだ!!」
信長は持っていた扇子を光秀に投げつける。光秀の頭に当たったが、光秀は伏してお詫びするしかできなかった。
光秀の隣にいる秀吉は怒鳴られた後は、黙って頭を下げていた。
信長の怒りの理由が分からない為、静かに時が経ち嵐が過ぎるのを待つためだった。
それは結果的に成功し、光秀だけが信長に怒鳴られ続けた。
その後信長は落ち着きを取り戻し、婚姻同盟を結べたことを褒め、後の細かいことは丹羽長秀と森可成に任せると言って部屋を出ていくのであった。
「光秀、大丈夫か?」
筆頭家老の可成は、伏して頭を下げている光秀に近付き声を掛けた。
「森様、何故殿はあそこまで...」
「あー、光秀、実はな...」
光秀は自分達が尾張を離れ交渉に向かった後の事を聞いた。
―――数日前―――――
岐阜城
「その情報は間違いないのか!!」
岐阜城に信長の怒号が響き渡った。
「はっ!!浅井家にいる間者からの知らせにございます!間違いありません!」
信長の元に入った情報とは、朝倉と北畠家が同盟を結んだこと、そしてその仲立ちをしたのが浅井久政だと言うことだった。
勿論この同盟の目的は対織田、そして村上を西(京)に向かわせない為であった。
当主浅井長政は親王様の護衛の為に不在だが、隠居した浅井久政は近江に残っており、長政がいない間に朝倉からの頼みで、北畠と同盟を結ぶ為の仲介をした。
久政が仲介を承諾したのは織田を毛嫌いしており、朝倉との関係を第一としたためだった。
勿論、独断でだ。
「長政め!隠居させた久政に好き勝手にさせているからこうなるのだ!!直ぐに長政へ使いを送れ!!それと、重臣達を集めろ!直ぐにだ!!」
信長は怒りながらも直ぐに指示を出していった。
暫くして重臣達が集まり対応を協議した。
「どう考えても浅井の裏切りではないか!!」
「待て権六、やったのは久政だ。浅井家の一存とは限らん!」
「だが、此度の同盟は我等織田を挟撃する為の布石!桶狭間を忘れたとは言わせんぞ!」
勝家の言い放った言葉に集まった重臣達は静かになった。
桶狭間の戦いは斎藤家が今川家と同時に侵攻し、織田家は滅びかけた。
もしもあの時、義龍が病で死ぬようなことがなければ、間違いなく滅んでいた。
「・・・既に長政へは使いを送った。信濃へは金柑と猿を同盟を結ぶ為の使者として送ったが、北畠も同じ考えをするかもしれん。秀隆、長島の坊主共との交渉はどうか?」
信長は長島願証寺との交渉を任せている河尻に訪ねる。史実では皆殺しにしたが、現状敵に回し下手をすれば三河の二の舞と考え、融和策に転じていた。
河尻の顔は憂い顔をしておりそれが物語っていた。
「申し訳ありません。坊主共は北伊勢か、熱田の利権を寄越せと...」
「話にならん!!秀隆!直接石山に行き交渉して参れ!!条件は長島に出した条件だ!」
「か、畏まりました!!」
河尻は直ぐに向かう為部屋を出ていく。
「他の者は金柑と猿が交渉を纏めてくるまで、北畠と朝倉が攻めて来た場合に備えろ!」
―――説明終了――――
「あぁ.....」
光秀と秀吉はただ運が無かったのだと思った。それと秀吉はあることが気になった。
「森様、そう言えば信長様は此度の巡行に招待されているので? 」
「一応、誘いの使者は来たからな。来月に上田に行かれる。それがどうしたのか?」
「いえ、なんでもございません」
(あれ?確か、朝倉と兄弟子が来るとかなんとか言ってたような...)
秀吉は一抹の不安が出たが口には出さなかった。
後で後悔することになるとは思っても見なかったのである。