125 教如
元亀三年(1571年)7月
親王様一行が三河を通過し遠江に入った頃、義照は内心イライラしながら使者として来た者達に会っていた。
親王様一行が遠江から信濃ではなく、急遽駿河を通って相模に入る為だ。
原因は親王様に付いて来ていた公家、山科言継のせいだった。言継は寿桂尼と今川家と親しかったらしく、三河に入った頃、駿河のことを話し出し、それを聞いた親王様が駿河に興味を持たれ、通過するだけで良いので行きたいと申され、その対応の為、俺の元に使者が来ていた。
「はぁー親王様がおっしゃったのなら仕方がない...。実澄卿、北条には伝えておるので?」
「既に使者として飛鳥井殿を向かわせた。恐らく大丈夫であろう。」
俺が聞くと三条西実澄が答えた。この場にいるのは、俺(義照)、工藤昌祐と近従達、三条西実澄、三条実信、雨森清貞、細川藤孝、そして、武田信廉だ。
・・・信廉の顔が視界に入る度、なんか、苛立ちが強くなる...。
「雨森殿、藤孝、護衛の方に問題が生じることはあるか?」
「いえ、特に問題はありませぬ。ですが...」
雨森は信廉の方を向いた。この中で一番困り果ててるのは間違いなく武田であったからだ。
今回の巡行は織田、村上、北条領とし、武田は完全に蚊帳の外だった。武田としては関わりたいと思いつつも無駄に銭を出す必要はないと静観していた。それが急に親王様が見たいと仰せられた為、何も準備をしていない武田はてんやわんやの大騒動となっている。一応、実信(義信弟)と公頼(祖父)から巡行があるから事を起こすなと言う使者は来ていた。
「恥を偲んでお願い致す。村上様のお力をお借りしたくお願いに参りました」
「私からもどうか、お願い致します」
信廉はそう言うと頭を下げ、続けて実信も下げた。
「・・・はぁ...。分かった。今回ばかりは手を貸そう。信尹、大熊と共に駿河に向かい武田に手を貸してやれ。義信に伝えろ、一つ貸しにしといてやるとな」
「畏まりました。直ぐに大熊様と合流し駿河に向かいます」
俺は近従の真田信尹に命じ、信尹は直ぐに信廉を連れて出ていく。
隠居した幸隆に息子は五人おり、信尹は四男だ。
長男幸綱は輝忠の側近の一人、次男海野幸輝は海野家当主として、三男真田昌幸は軍監衆の一人で輝忠の側近の一人にもなっている。元は俺の近従だ。
そして、四男信尹は昌幸が近従から外れたので俺の近従としている。
ちなみに最後の五男は真田信春と言い、史実の金井高勝だ。信春と言う名前は馬場(信春)に憧れているかららしく、幸隆に黙って信春に直談判して許しをもらったそうだ。
まぁ、その後、幸隆と忍芽(幸隆妻)から雷が落ちたらしい。
今は兄幸綱の家臣として頑張っている。
「さて、実澄卿、これで宜しいか?」
「はい。では、今後についての予定を...」
残った俺達は今後について相談をして解散するのだった。
十数日後、親王様が無事に駿河に入られたと知らせが来た。
そんな中、俺に二組の来客が来た。どちらも糞面倒な者達だ。先にまだまし?な方と面会した。
「・・成る程な。頼廉、顕如に分かったと伝えてくれ」
俺は下間頼廉が持ってきた顕如からの書状を読んでから答えた。
内容を簡単に纏めると、息子を信濃の末寺で修行させるのでお願いしますと言ったものだ。
この場には本願寺教如、下間頼廉、下間頼照の本願寺側、俺(義照)、原昌栄、保科正直、跡部昌忠等がいる。
原昌栄は原昌胤の子、保科正直は保科正俊の子、跡部昌忠は跡部勝忠の子だ。
三人共に俺の近従として付いている。
「畏まりました。こちらが顕如様の御嫡男、教如様に御座います」
「教如と申します。閻魔(義照)の話は石山にいた頃よく耳にしました。ですが!私には御仏の加護が御座います!父が何を恐れているかは分かりませぬが、私は閻魔(義照)に臆することはございません!」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
この場にいた全員が言葉を失った。
教如はなんとも挑戦的に言ってきたからだ。特に頼廉と頼照は信じられないほど目を見開いて驚いている。
「貴様!大殿に対してなんと無礼な!!」
「正直の言う通りだ!大殿!この者の首を跳ねましょう!!」
正直が怒鳴り上げ、昌栄も首を跳ねようと刀を抜く。
「教如様!何を言われるのですか!村上様に対して失礼ですぞ!!!」
「村上様、申し訳ありません!ど、どうか!御許しを!!!」
頼廉と頼照は慌てて謝ってきたが、当の本人(教如)は問題ない!と言った感じで俺を見て..いや睨んでいた。
(なんか、怨まれることでもしたっけ?)
「昌栄、刀を収めろ」
「しかし大殿、こいつは!」「収めろと言うのが分からんのか?」
俺が言うと昌栄は言葉を失い、抜いた刀を鞘に納めた。
「はぁ~全く。昌栄、正直、御主らは頭に血が昇りすぎだ。こんな童の戯れ言にいちいち怒鳴るな」
「申し訳ありません...」
「失礼しました...」
二人はしょぼくれていたが、問題は教如があまりにも世間知らずなことだ。
「まぁ、世間知らずの童(教如)に話すことは何も無い。さっさと部屋から出ていけ。あ、頼廉。御主は残れ」
俺が言うと三人が部屋を出ようとした。だが、俺は頼廉だけ残させた。
少し話がしたいからだ。頼廉が残されたことに教如は不満を隠すことなく出ていった。
「はぁーさて、頼廉、あれは本当に顕如の子か?あまりにも世間知らずではないか?」
「はい。顕如様の御嫡男で間違いありません。産まれてから一度も石山を出ておらず...私の指導不足でした。申し訳ありません」
頼廉はそう言うと頭を床に激突させて謝ってくる。俺は二人に頭に血が昇りすぎだと言ったが俺自身、顕如の子でなければ始末していただろう。たった十四の餓鬼(教如)とはいえ、喧嘩を売ってきたからだ。
(しかし、教如って史実でも凄かったがあの気性は元からだったんだな……)
「あれは世の中を知らな過ぎる。ここで修行する前に一度旅に出した方がいいのではないか?」
「旅ですか...しかし...」
頼廉は物凄く悩んだ。もしかしたら旅の途中で始末しに来るのではないか?遠回しに追放と言うことではないかと思ったのだ。
「まずはうちの領内でも構わんから民と交流させろ。少しは変わるだろう。それに北条や長尾の領地に行くならば使者を送っておいてやる」
頼廉は義照の言葉を聞いて少し安堵した。殺される訳ではないと確信できたからだ。
「村上様...御恩情忝なく...」
頼廉は伏して頭を下げた後、領内を回ると言って部屋を出るのだった。
「はぁ~教如ってどんな育てられ方したんだ?礼儀を知らんのか?世間知らずにも程があるだろう」
「大殿、殺さなくて宜しいので?」
「馬鹿か、殺せば本願寺と戦になるぞ。まだやるなら幽閉し拷問で済ませるべきだ」
「だが、大殿にあれほど無礼を働くなど!」
俺がため息を付くと三人が反応した。
正直と昌栄は殺すべしというが、昌忠は冷静にそんなことをすれば戦になると言う。
(しかし、幽閉して拷問とか..昌忠め、実は頭に来てるな?)
「まぁ、暫く様子を見るとしよう。顕如の懐刀(頼廉)もいるしな。・・・そう言うことだから奴等に手を出すなよ。六郎...」
俺が上を向いて言うと、屋根裏にいた望月六郎が出てきた。
護衛として付いていた為、潜んでいた。
「・・・畏まりました。大殿の命なれば...。もしも始末する際は我等にお任せを..」
六郎はそう言うと頭を下げる。
「分かった。殺るときは任せる。孫六にも手を出すなと伝えておけ」
「畏まりました..」
「さて、次の面会はあのコンビか...はぁ~、一体何の使者として来たんかいな...」
「殿、こんび?とは何でしょうか?」
俺が盛大に溜め息を付くと、昌栄が訪ねてきた。
「南蛮語で二人組と言う意味らしい。呼んできてくれ」
俺はつい出てしまった言葉を誤魔化し、待たせている二人と面会するために呼び出すのだった。