124 流れ着く者
元亀三年(1571年)五月
京、石谷頼辰屋敷
「菜々、すまんが...」
「分かっております。もうここに私達を置いておく訳には参らないでしょう」
頼辰は妹の菜々に屋敷を出ていくよう告げる。
この部屋には石谷頼辰と妹の菜々の他に香宗我部親泰もいた。
長宗我部の生き残りは四国を逃れ京に入った後は、元親の妻、菜々の兄で幕臣の頼辰の屋敷でいつか故郷に帰ることを夢見て過ごしていた。
しかし、将軍義昭が密かに三好と和睦交渉を始め、今回和睦に至った為、四国に戻ることは叶わなくなり、逆に京に居ては危なくなってしまったのだ。
何故、三好と幕府の和睦がなったのかと言うと、将軍暗殺の首謀者は三好義継を除き既にこの世には居ないためだった。
元々義昭は三好を許すつもりはなかったが使者の説明と説得を受け、受け入れた。
だが、三好は朝敵認定は受けたままなので京には入れない 。
三好家は長宗我部を滅ぼした後、一条家、大友家と正式に同盟、河野家は三好家に従属、保護下に入る事で纏まった。
河野家が三好家に従属したのは毛利家に独力で対抗することが出来ず、一条家とは長年争っていた為、一条家には従属するなど出来る筈もなかったので、三好家に従属したのだった。ただ、従属したが一定の独立性は保っている。
「菜々、親泰殿、信濃に行かれる気は?」
頼辰は二人に訪ねた。聞かれた二人も何故信濃にと疑問に思い首をかしげる?
「頼辰殿、何故信濃ですか?」
「弟の利三だが、美濃を離れ信濃の村上輝忠に仕えたそうだ。あの閻魔の嫡男にだ。それに村上家は三好は勿論、幕府でさえ手が出しづらい所だ。逃げるにはうってつけの場所だろう」
親泰の質問に頼辰は答え、それを聞いた二人は黙って思案した。
信州の閻魔の名は四国にも轟いており、味方には仏、敵には閻魔と言われ一代で信濃、上野、三河、遠江の国々と美濃、下野、甲斐をそれぞれ半国以上を治めた傑物と聞いていた。
「分かりました。斎藤利三殿を頼りたいと思いますので書状をお願いしても宜しいでしょうか?」
親泰は悩んだ後、頼ることにした。最早四国には戻れぬと覚悟しての決断だった。
「分かった。利三に宛てて書いておこう」
頼辰は直ぐに書状を書き、親泰達は数日後に京を出立したが、その様子を監視している者が居たことに気付くことはなかった。
元亀三年(1571年)6月
京
禁裏の前では浅井家の兵が整列していた。
中では、右近衛中将となった浅井長政と将軍足利義昭が帝に謁見していた。
「では浅井右近衛中将よ、我が子(親王)の護衛を頼む」
「ははぁ!!我等が命に変えて殿下を御守り致します」
「征夷大将軍よ、引き続き京の守護を任せるぞ」
「・・ははぁ...。親王様には幕臣も護衛に参加させます故、御安心下さい..」
義昭と長政は伏して頭を下げ禁裏を出た。そして、長政は親王様を輿に乗せ、両脇に長政と遠藤直経、幕臣の細川藤孝、和田惟政が護衛に付き、先頭は海北綱親、赤尾清綱、雨森清貞の浅井三将と言われた重臣達が先導して京を出立し、巡行が始まった。
6月末
三河、三河港
(どうして、我等はここに連れて来られたのだ...)
香宗我部親泰、福留儀重、中島可之助の三人は周りを囲まれ強制的に三河港に連れて来られていた。
遡ること十数日前。
香宗我部が連れた長宗我部一族一行は美濃村上領に入った所、忍の集団に取り囲まれた。
香宗我部達は自分達を殺すために三好に雇われた忍かと思い、刀を抜いて対峙する。
「四国、長宗我部一族の一行とお見受けするが間違いないか?」
「貴様ら何者だ!三好の手の者か!」
忍の一人が問うと福留が怒号を上げ叫んだ。
「長宗我部一族で間違いないな...。主が命だ、我等に付いてきてもらう。歯向かえば容赦はせぬ.... 」
「・・・分かった。従おう...」
親泰はそう言うと太刀を納めて差し出した。他の者もそれを見て同じように太刀を納める。
だが、忍は太刀を受け取らず案内を始めた。
(途中、利三殿が菜々殿や女子供を預かったが無事だろうか?)
親泰は案内されながら途中で別れた兄嫁の菜々や連れてきた一族達のことが気になって仕方がなかった。
「止まれ。この先に殿がお待ちかねだ。無礼を働けば容赦なく殺す...」
忍達に囲まれたまま港を歩いていると止められた。
この先に自分達を呼んだ者がいるのだと気を引き締めた。そして、忍が殿と言ったことで親泰と可之助は誰がいるか、なんとなく察した。
歩みを進めると二人の男が釣りをしていた。
「あーまた逃げられたか」
「殿、少々引きが早いのではありませんか? 」
釣りを楽しんでいる二人に先程の忍が近付いていった。
「殿、長宗我部一行代表者をお連れしました。女子供は利三と若様(輝忠)に預けました」
「うん?来たか。源八、わざわざ済まなかったな。いや、もう孫六と呼ぶべきか」
「殿(義照)、倅は二代目孫六を襲名したとはいえまだ未熟。源八で十分に御座います」
「・・・父上、それはないですよ。引き継いだとはいえ私も重臣となったのですから...」
親泰は三人の会話を聞いて殿と呼ばれている人物が誰か確信し、一人前に出た。
「恐れながら、村上家当主、村上右近衛大将義照様で御座いますか?私は香宗我部親泰と申します」
「あぁ、そうだ。香宗我部と言うと鬼若子の弟だったかな?」
俺が言うと親泰は驚きつつも頷き、後ろの二人についても紹介する。
俺も一緒にいる二人を紹介した。
長宗我部一行を連れてきたのは二代目孫六こと鵜飼源八。そしてもう一人は初代孫六の鵜飼孫六だ
孫六(初代)は隠居した為、源八は俺が陽炎衆頭領の名とした孫六の名を襲名し重臣として列している。
「さて、元親の最期を聞きたいか?」
俺が言うと、親泰とその後ろの二人は何故知っているのかと驚いていた。
四国にも一応間者は送っているので情報は集められている。その中に元親の最期についての報告もあった。
元親と岡豊城に残っていた者達の最期を孫六(初代)から話させた。
伝え終わった時には三人とも涙を流し、膝から崩れ落ちていた。
「兄上(元親)の最期を...教えて頂き忝なく..御座います..」
親泰は涙を流しながら頭を下げた。それに続いて二人も頭を下げる。
「さて、確認するが俺に仕える気はあるか?先に言っておくが土佐には帰れないと思え」
「分かっております。我が一族を保護して頂けるなら、命尽きるまで村上様にお仕え申し上げます」
香宗我部親泰はそう言って伏して頭を下げる。それに続いて後ろの二人も同様に下げる。
「分かった。親泰、お主は俺の直臣とし長宗我部一族の安全を保証しよう。其方等、水軍は指揮できるか?」
俺は親泰に訪ねると問題なく出来ると答えた。なので水軍を全て任せることにした。
「源八、彼等を造船所に連れて行ってやれ」
「殿、あれを見せるのですか? 」
「あぁ。それと当面、彼等と水軍はお主の指揮下に入れる。任せたぞ」
「畏まりました」
俺は後の事を源八(二代目孫六)に任せて孫六(初代)と釣りを続けた。
・・・結果、孫六20匹、義照0匹と俺はボウズであった...。
源八に連れられ造船所に来た三人は目を丸くしていた。
「なんてでかさだ...」
「これが本当に浮かぶのか?」
「いや、浮かぶもあるが海を進むことが出来るのか?」
三人は目の前の船に釘付けになっていた。
「これは殿が考案され、三年も掛けてここまで作り上げた船!名を鉄甲船、信濃だ!!」
源八は盛大に言ったが、三人の耳には入っていなかった。三人はそれぞれ、どうやって進むのか、どう操るのか、敵になればどうやって打ち破るか、そして早く乗ってみたい等考えていた。
暫くして我に還った三人は鉄甲船の中を案内された後、水軍の兵士達に合流した。
その後、連れてきた一族の子供等は上田に預けられ、三人を含め働ける者は三河で水軍の訓練と指揮を始めるのだった。