12、真田との密約
時は戻り
天文十年(1541年)六月
松尾城近く本陣
本陣はどう攻めるかで話し合われていたが、俺としてはどうしても真田が欲しかった。村上は武田に負けたのではなく真田幸隆に負けたようなものだと思っていた。それだけ、彼の知略と調略、それに彼の人脈と言うか繋がりが凄かったと思ってる。
「父上、真田に降伏の使者として、行ってもいいですか?一度文を送った仲ですのでいきなり殺されることはないと思いますので」
俺が言うと父に叱られた。何故、文を送ったことを伝えなかったのか、何故この状況で行こうとするかとかだ。
真田を配下にしたいこと、それが無理なら以前話していたようにわざと上州に逃して上杉軍を佐久郡に向かわせることを伝えた。
やはり反対されたが、今回は譲らなかった。結局、義利兄上が義清を宥めて、最後の降伏する機会を与えてはとしたら何とか認めてもらえた。ただし、失敗したら総攻めだとした。
まぁ、遅かれ早かれ落ちるのは間違いないだろう。
俺は護衛として工藤兄弟と三人で城門までやって来た。
「私は村上義照と申す!使者として参った!門を開けられよ!」
するといきなり矢を射かけてきた。しかし全て外れていた。わざとはずしたのだろう。
俺はもう一度言い、真田幸隆に目通りを求めた。
すると門が開き、中に案内された。案内されている時に周りを見たが怪我人が多く、もう抵抗するのは厳しいと思った。
「お初にお目にかかる。村上義照にござる」
「ワシが真田幸隆だ。義照殿か。以前我が家臣が世話になったが、此度は何用だ?」
そう言うと男は目の前に座った。
俺達は全員武器を取られているから近付いて座ったのだろう。
「早い話、降伏して下さい」
「断る」
幸隆は即答だった。既に海野棟綱は上州に逃げていることを知っているのだろう。ここで死ぬような目はしてなかった。
「はぁ~。まぁ、そうなると思ってました。このまま帰れば父は直ぐに総攻めをするでしょうからもう少し滞在させてもらいます。夜になれば夜襲を行って下さい。上州への逃げ道は開けておきます。さすれば海野棟綱殿と合流出来るでしょう」
幸隆は驚いた。あえて逃そうとしているからだ。それと同時に罠の可能性も考えた。
「何故我らを逃がす?」
「正直に言います。真田殿を私の家臣にしたいからです。一応、この戦が終わった後、父からこの地を貰うことになっています。以前、手紙に書いた通り、流民や百姓、商人から真田殿のことは聞いております。ここまで善政を敷いている領主は他には居ないと思いました。その為私の家臣にしたいと思いました」
俺が言うと周りの真田家臣から物凄く反感を買い、中には脇差しを抜いている者もいた。
それを幸隆は静めた。その上で攻めに来なければ良かったではないかと言ってきたので、それは無理だと伝えた。父の望みは信濃に一大勢力を持つことだからだ。
その後、俺達は別室に案内された。家臣達と話し合うためだそうだ。
幸隆は家臣達を集め話し始めた。
「ワシはあの者を信じ上州に逃れる。敵陣に夜襲を仕掛けワシらが逃れた後は速やかに降伏し仮の主として義照に仕えよ」
「殿!それだけは聞けません!」
「あの者達を殺し、一気に敵の囲みを破りましょうぞ!」
「殿!どうか我らもお供を!」
「ならん!!上州に逃れては流浪の身になると言うことだ。明日をも知れぬのに其方達を連れていく訳にはいかん!」
「「殿………殿………」」
家臣達は皆悔しくて泣いていた。
「ワシらが負けたとしてもこの地は残る。それに義照は村上家の領民からは仏と呼ばれるくらい慕われている。この地の民にも同じように尽くしてくれよう。ワシはいつの日か必ずこの地に戻る。その時、皆と笑って酒を酌み交わそう。其方達にはその時までこの地で潜んでいて貰いたい。この地を守って貰いたいのじゃ。皆のいるこの地こそワシの里なのだ」
幸隆はそう言って皆を納得させた。
その後、義照達を呼び、夜襲の件を承諾したのだった。
その後も少し話をし、松尾城を後にした。
本陣では中々戻らなかったので殺されたのかと思って戦仕度をしていたそうだ。
(勘弁してくれ………)
結局、無理だったことを話し、明日総攻めにすることが決まった。ただし、降伏した者は全員生かして捕らえることにした。この後の統治に家臣がいるからと言った為だ。
その夜、予定通り夜襲を仕掛けてきた。幸隆達は俺のいる陣を通過していった。
その際、もし戻ったなら、千石で召し抱えられるようにしておくと伝えておいた。千石とはここ真田郷のほぼ全てだ。
夜の暗いなか鏑矢が鳴り響き、真田勢は速やかに全員降伏した。
翌日、父は幸隆を逃したことを不満そうにしていたが、俺は生き残った真田家臣全員を召し抱えるのだった。
父は俺が幸隆をわざと逃がしたことは知ることはなかった。
幸隆一行は小県郡を抜け上州へ差し掛かろうとしていたが一人の浪人と話していた。
「生きておったか。五年ぶりだな………勘助」
「お久しゅうございます。申し訳ござりませぬ!!」
勘助は伏して頭を下げた。幸隆と勘助は五年前、領主と客将と言う関係だった。
勘助が山伏の格好をして旅をしていたときに真田郷にも来ておりその際幸隆と知り合ったのだ。
そして、武田が佐久郡を攻めた時、海野口城に援軍として向かっていたが、初陣だった武田晴信に落とされてそれ以降行方知れずだった。
「ワシも浪人の身となった。共に上州に参らぬか?」
勘助は答えられなかった。察した幸隆は先を急ぐことにした。
「今日中には上州に行きたいから先を急ぐ」
「これは失礼しました。どうぞ」
「そうだ、勘助。まだ仕官先を探してるなら村上義照を訪ねてみるといい」
幸隆は勘助に薦めてみた。意外と合うのではと思ったからだ。
「村上?………しかしながら、それは真田様の敵では?」
「父親の村上義清は仇敵だが、その息子義照は父親とは全く違う。あの者はワシをも引き抜こうとしてきたぞ!ハハハ、あの者が当主であったなら村上家は信濃を統一したかも知れぬな」
幸隆は笑っているが心の底で本当にそうなるのではと思っていた。
「………さようにございますか………」
勘助は少し考えていた。幸隆が、敵なのにあそこまで誉めていたからだ。
「では、我らは行く。勘助、達者でな」
幸隆一行は上州へ逃れるのだった。
一人残った勘助は義照のことが気になった。どういう人物なのかと。しかし、勘助は仕えたい主を見つけていた。
その為、義照のことは覚えておくことにしたが、仕官を先にするため動くのだった。