119 子は親ににる
元亀元年(1569年)八月末
信濃
「「父上のバカヤロー!!!」」
義照が京に遊びに行って数日後、二人の男がそれぞれの城で叫んでいた。
一人は当主村上義照が嫡男村上輝忠、もう一人は前当主村上義清が五男、村上国清。
上田城
「若(輝忠)そんなに叫ばなくてもよろしいではありませんか...殿(義照)より領地を預けられ、配下と共に思うように管理してみよと言われたばかりでは御座いませぬか。それに、手を止めれば終わりませぬぞ」
傅役の昌豊は輝忠をなだめ、作業を続けさせようとした。
「爺(昌豊)!父上に突然言われたのだぞ!今まで父上の側で習ってきたがこの状態でどうしろと言うのだ!!」
輝忠は目の前の悲惨な状態に発狂していた。
目の前には自身の家臣団が居り、与えられた一万石の領地に関して全てわかるだけの資料が山のように積み上げられ並べられていた。
義照が幼少の頃、工藤兄弟と一から造り上げ直接治めていた最初の領地が中心なだけあって輝忠は失敗は出来ないと必死になった。しかし、資料をきちんと理解出来たのは輝忠を含め四人だけだった。
「しかし、これだけの物を良く記録し作れましたね」
「戸籍だけでなく、誰がどれだけの土地を持っていて小作人がどこの誰かまで分かるなんてどうやって作ったんですか? 」
「大殿(義照)はこれを三年毎に更新していますが、いつ見ても凄いですね~。しかも過去20年分は保管されていると言いますし……」
理解しているのは斎藤利治、工藤祐久、真田昌幸の三人だ。
他の者は何とか理解しようとし頭から煙が出たりしていた。
今この場にいるのは、江馬輝盛、真田幸綱 工藤祐久、馬場昌房、斎藤利治、真田昌幸だ。
輝忠につけられていた出浦昌相は父(清種)の元に行っており不在だった。
「昌幸、お前なんで理解できるんだよ?」
「理解できないと父上(幸隆)や大殿(義照)について行けませんので。兄上は武芸だけではなくもう少し領地管理を学んで下さい!」
幸綱は弟に言われ、そんなの家臣に任せればいいと言ってそのままあお向けに倒れた。
「祐久はこういうの得意だからええよな」
「だって俺はこれしか取り柄がないからな。昌房さっきから静かだが大丈夫か?」
輝盛に言われ、祐久が帳面を見ながら答え、ふと目に入った昌房に声をかけた。
だが、声をかけられた馬場昌房は返答をしなかった。
不思議に思った祐久は席を立ち様子を見ると昌房は燃え尽きたかの雰囲気を出して固まっていた。要は理解できなかったのである。
「決めた!!爺(昌豊)!家臣を募集するために出掛けてくる!利治は美濃、昌幸は三河で募集してくれ!祐久は爺と共に幸綱と昌房の指導、せめて分かるようにしてくれ!江馬は一緒に来てくれ!!」
「ちょっ!若!御待ちを~!」
「なっ若!祐久!二人を任す!」
輝忠はそう言うと部屋を出ていった。江馬と昌豊は慌てて追いかけ、他の者は取り残されてしまう。
「私一人で教えるなんて無理ですよ!叔父上(昌豊)~!」
祐久は慌てて部屋を出て廊下を見たが三人とも既に居なかった。
なので、部屋にいる利治と昌幸に手伝って貰おうとしたが・・・
「あれ?二人は?」
「二人なら出ていったぞ」
祐久の問いに倒れていた幸綱が答えた。利治と昌幸の二人は巻き込まれる前に静かに部屋から逃げたのだった。
「あんまりだ~....」
祐久はへなへなと力無くその場に座り込むのだった。
同時刻
葛尾城
「国清様、そう叫ばれましても我らは御隠居様(義清)と約束を交わしこの通り誓詞も御座います。本当に何も聞かれてないのですか?」
「聞いてない!!当時の三倍の領地を約束したなんて知ってたら兄上(義照)に相談してるし!!たぶん兄上も知らないぞ!知ってたら今頃大騒ぎになってるし!爺!何で教えてくれなかったんだよ!!」
国清は傅役で相談役の須田新左衛門に言う。
正直、須田は当時義清が二人に話しておくと言っていたので知っていると思っていた。それに、領地も毎回少しずつ加増されていたので、てっきり一気にではなく、何回かに分けて与えられると思っていたのだった。
「申し訳ありません。御隠居様(義清)が話しておくと申されたのでそのままにしておりました。それに、領地は加増されておりましたので...てっきり分割で渡すのかと思っておりました」
「それは、功績に見合った分を渡したのであって...あーもう!!半兵衛!どうしたらいい?」
国清は自身の軍師である竹中半兵衛に、相談した。
半兵衛は国清の客将として小さな庵を貰って住んでいたが、国清が何度もやって来て半兵衛に相談(八割愚痴)したり、半兵衛の体が弱いと知ってから薬や滋養強壮の食べ物を持ってきたりと何かと世話を焼いていた。
半兵衛がそこまでする理由を尋ねると国清が「いつも相談(愚痴)に乗ってくれる礼だ」と答えた。
また、「義照のように仕官を求めないのか」と聞くと、「兄上(義照)は仕官して欲しいのだろうけど、決めるのは半兵衛自身だろ?仕えたいと思える人物に会って仕えればいいじゃないか?」と答えたのだ。
それを聞いた半兵衛は笑った後、国清に仕えることを決めた。
半兵衛は国清の愚痴を聞いていたので、この人物を支えて見たいと思い仕えることにし、国清の軍師兼指南役兼相談役(愚痴聞き)になった。
「そうですね。まずは義照様に相談しなければなりません。見たところ、全員の石高を合わせると三万から四万程ですので、最悪、殿(国清)の領地を全て渡せばなんとかなるかと....。それと、念のため御隠居様が他に約束され、伝えられていないことがないか早急に確認すべきです」
「わかった!まず、全員悪いがこの話しは一旦預からせてくれ!兄上(義照)が戻らないとどうすることも出来ない!その代わり必ず約束は守るから安心はしてくれ。爺、半兵衛!父上の所に行くから付いて来てくれ!」
半兵衛が提案し、国清は直ぐに動いた。
国清は隠居している父義清のいる松代城に向かい、問い質した。
結果・・・
「あれ?言ってなかったか?」
の一言だった。
「何も聞いてませんし、いい加減にしてください!!父上は今まで尽くしてくれた譜代重臣達に謀反を起こさせるつもりなのですか!!」
義清の言葉に普段温厚な国清も流石にブチキレた。
国清は普段から家臣を大事にしており、家臣や兵からの信頼も厚かった。
と言うのも、昔から兄達の様子を見たり聞いたりしており、家臣達から信頼されているの見て[いつかは自分も兄上達(義勝、義照)みたいに!]と別け隔てなく家臣達と接していた。
「父上はなぜ、そのような大事な約束を伝えてくれなかったのですか!隠居して、阿呆にでもなりましたか!!」
「国清!父に向かって阿呆とは何事かー!!」
国清と義清は喧嘩を始め、側にいた母(照)と末っ子の国千代は巻き込まれる前に避難した。
しばらくして、家臣達が二人を確保し引き離したがそれまでに部屋の中は散乱し至るところが破れた。
(やっぱり親子なのですね。義勝といい、国清といい、殿(義清)にそっくり...。でも、あの子(義照)は....)
照は二人の喧嘩を複雑な思いで見ているのだった。
結局喧嘩をした二人は義照が戻ってから話すとだけ決め、国清は城を出るのだった。
やっと伏線回収~(76話あたりのやつ)
これが義清の残した最後の厄介ごとです