117 激昂
元亀元年(1569年)9月
京
上洛した俺はなんとも異様な光景を目にしていた。京の都は復興し見事な町並みになってはいるのだが、民達の顔は暗いものが多かった。
「孫六..」
「配下にすぐ調べさせます」
全て言わなくても孫六は理解して、配下に京の様子を調べさせた。
俺が九条館に付くと、門前で兼照の護衛として付けていた陽炎衆達が待っていた。
「殿、御久しゅう御座います。稙通様、若君様(兼照)は中で客人と面会しております」
「皆息災か?佐治が見えぬが兼照についているか?」
元、福禄屋の佐治三郎は永禄の変で正体がバレ、店は三好勢に潰されたので今は兼照の護衛部隊影鬼の頭になっている。総勢千人の忍部隊だが、表向きは二百人のみで、後は京の至る所に紛れ込んでいた。
「はっ、頭(佐治)は若君様(兼照)の側に付いております。面会の相手が相手ですので....」
「誰が来ている?」
俺が聞くと護衛達は不味そうな顔をしていった。
「幕府政所執事摂津晴門と幕臣筒井順慶です」
俺達はその二人の名前を聞いて顔を歪めた。
館の中では護衛の佐治を含む五人が話をしている。
「ですから、九条様が御認めになれば全て丸く収まる話ではありませんか?」
「何度言われても御断りします。妻や父上を利用するなど、到底承諾できません!」
「兼照様、全ては幕府、日ノ本を平穏な世にもするためです。どうか、御理解して頂けないでしょうか?稙通様どうでしょうか?」
晴門と順慶は兼照に何かを承諾させようとし兼照がそれを拒んでいるのが部屋の外まで聞こえていた。
「確かに、その話の良さは分かる。だが!!幕府は、将軍は!朝廷を、帝を!蔑ろにし乗っ取るつもりか!!」
「ほぉ、それはどう言うことでしょうか?」
舅(稙通)の怒号を聞いて、俺は部屋の戸を開けた。
四人は驚いていたようだが、部屋の外まで聞こえていたのを知らなかったようだ。
「九条様、今日は話になりそうにないのでまた後日改めて参ります」
義照の笑みを浮かべた顔を見てヤバイと思った晴門は逃げ帰ろうとしたがそうは行かなかった。
義照が手で合図をして孫六達が一斉に刀を抜いて道を塞いだからだ。
「なっ!なんと無礼な!ワシは幕府政所執事ぞ!!」
「まぁーそう急いで帰られなくてもいいではないか?それで、舅殿(稙通)、どう言うことか説明して頂けますか?」
俺は笑顔のまま舅に訪ね、説明を受けた。
話の発端は兼照に春齢女王様が降嫁したことがきっかけだった。
晴門達は将軍義昭に帝の娘を正室にしようとしたと言うのだ。
ドンっ!!!
「かはっ!」
「摂津殿!!」
俺はそれを聞いた瞬間、片手で摂津の首を絞めそのまま壁に激突させた。
首を絞められた摂津は必至に抵抗し逃げようとしたが、首から義照の手が離れる事はなく苦しんでいった。
「あ...が...がぁ....」
順慶はその光景に驚き摂津を助けようと刀を抜こうとしたが、孫六や佐治によって首筋に刀を突きつけられ一歩も動くことが出来なかった。
「摂津...貴様、上様に姫皇子様を降嫁させるとは、どう言うことか?かの平清盛や足利義満公のように皇位簒奪を企てておるのか!!!」
「殿!そのままでは話すことは出来ません!どうか、離して落ち着いて下され!!」
俺が激怒し怒鳴り付けると側にいた左近や景持が俺を止めようとしながら訴えて来た。俺はそれを聞いて手を離すと摂津は倒れる。
「ゲホッ!ゲホッ!ゴホッ!!.ッ...ハァ..ハァ..ハァ...」
摂津の様子を見て、今話すのは無理と思い、順慶に問い質した。順慶は話を摂津から聞いて賛同したので今回説得するためにやって来たそうだ。
順慶の話では将軍に姫皇女様を嫁がせることで幕府と朝廷の関係を深め、幕府の権威を上げ、幕府に従わず朝廷に従う大名や国衆を従わせ、場合によっては幕府が帝に上奏し、朝敵を指名し勅命を得たりすることが目的だったらしい。
俺が将軍が今回のことを知っているか訪ねると順慶は「自分は摂津殿から聞いただけだから知ってるか知らない」と言う。
順慶は幕臣、しかも政所執事を容赦なく殺そうとしたことに驚きを隠せず、また自分も刃を付けられた状態では全てを話すしかなかった。
「景持、左近、そのクソ(晴門)を縛れ!孫六、将軍御所に先触れとして行ってくれ。直ぐに話したいことがあるとな!!」
「畏まりました。殿、こっち(順慶)はどうしますか?」
孫六は順慶の事を聞いた。俺は解放してやることにした。ただ、まだ聞きたいことがあるが今はそれどころではなかった。
「筒井殿、少し話がしたいのでまた後日会えぬか?」
「・・わ、分かりました。時間を作りましょう」
順慶の言葉を聞いて、手で合図し解放した。
(こ、こぇぇぇぇ~。殺されるかと思った~)
順慶はこの時、殺されるのではと怯えたが、解放されてからは何も無かったかの様に放置された。
暫くして孫六が戻ってきて、直ぐに会うと返事を貰った。俺は縛り上げた摂津を連れて将軍御所に向かうのだった。
御所に入ると縛り上げられた摂津の状態を見て幕臣達が驚きつつも道を開けていった。
そして待っていた将軍義昭と管領義景も目を見開いて驚き言葉を失っていた。
「村上殿(義照)、これは一体どういうことか!何故、摂津殿を捕らえ猿轡までしておるのか?」
「三淵、少し黙れ。上様に早急に御確認したいことがあります!」
俺は義昭に摂津がやろうとしたことについて尋ねた。
義昭は何も知らぬし、つい最近側室として、さこの方(赤松政秀娘)を娶ったばかりと言う。
運悪くいた義景も何も知らぬと言っていたが、その顔は明らかに知っているようだった。
俺は摂津の猿轡を外し怒鳴り込むと摂津は俺(義照)の作り話で自分は何も知らないと言い出した。
義景も摂津を擁護し、何処かで変な噂がたって尾ひれが付いたのだろうと言いだした。
義昭は管領と政所執事が揃って言うのでそちらを信じていた。今までこの二人が中心となって政を動かしていたので義昭は二人に頼るしかなかったのだ。
そんな義昭の様子に三淵は顔を顰めるも口を開くことはなかった。
「義照殿、此度の件は管領の言う通り何処かで誰かがおかしな噂を流したのであろう。それにワシは姫皇女様と婚約など望んではおらん。可笑しな噂など気にするでない」
俺は義昭が二人の言葉を真に受け無かったことにしたので、幕府との関係を全て絶つことを心に決めた。
「・・畏まりました。では、もう一件。新たな御所(城)を築く為の資金として銭五百貫をお納め下さい」
今回は降りることにし、城を造る為の献金については五百貫しか出さない宣告した。これは手切れ金と言う意味もある。
義昭は余程俺の献金を期待していたのか驚いて何故かと聞いてきたので管領が千貫しか出さぬのにそれより下の我らが銭を出せば管領の顔に泥を塗り、お飾り管領と揶揄されるようになるから等適当に理由を言い、御所を退出するのだった。
もう、二度とここで義昭と会うことは無いだろう。
九条館に戻ったら前久も来ており舅(稙通)と兼照と三人に此度の将軍の言葉を告げたが三人共激怒していた。特に現在関白でもある前久は凄まじかった。
「将軍が下手人を庇うとはなんと言うことか!!義兄上、今すぐ帝に御伝えし責任を取らせてくる!!」
「まぁ、待て前久。まず兼照、帝はこの事は知らないのだな?」
「はい、摂津は私に春齢と父上に頼んで帝を説得し認めさせろと言ってました。私は妻にそのようなことはさせないと何度も断ってましたのでご存じないかと...」
「なら前久、帝に御伝えするのは待て」
俺が言うと前久は俺に対して怒鳴って来た。余程今回のことが許せないのだろう。
「誰も摂津達を許すとは一言も言っておらんだろう?準備するから待て...」
前久達三人の内心は同じ結論に至っていた。
(((あ、これ終わったな...)))
と.....。
それから数日後、本来の上洛目的だった面会予定の男が西から上洛してきた。
そう、西国の雄にして謀神と呼ばれる毛利元就だ。
元就は息子の小早川隆景、娘婿の宍戸隆家、国司元相等、そして現戦国最強の水軍、村上水軍を率いて海を渡り堺から上陸してやって来た。
元就は従四位上なので昇殿が許され帝に謁見し、曲直瀬道三を送ってくれた御礼と献金をした。
尼子討伐は三兄弟(隆元、元春、隆景)が引き継いで行い、元就は道三からの治療に専念できた為、史実より病状は回復していた。それと今回道三は村上家で研究開発して作った薬を元就の承諾を受けて治験として与えていた。その効果もあったのだった。
元就は帝から労いの御言葉を貰い、御所を後にした。
その足で将軍御所に向かい、将軍義昭と管領義景と摂津晴門に謁見した。
元就は三人に会って即座に幕府に近付かない方がいいと悟った。
表向きは、幕府に従うと言い、予定通り隆元への十ヶ国の守護職を得て、献金して将軍御所を離れた。
(あれは最早傀儡じゃな...村上が離れたのはあれのせいか?やはり……)
元就は一人ぶつぶついいながら思案した。そして、今後毛利はどう動くべきかと...。
ゴールデンウィーク(2~5日)は毎日投稿します。
その後はいつも通り基本月曜日に投稿します。
はぁ…ゴールデンウィークなのに全て仕事とか嫌になるな~。毎年のことだけど(ぼやき)