102 関東同盟
永禄八年(1565年)10月中旬
駿河善徳寺
寺の周囲には村上、武田、北条の軍勢が勢揃いし、空気が張り詰めていた。
もし、何かあれば、血で血を洗う戦が起きるだろう。
何故なら、村上、武田、北条、佐竹の当主と家臣二名が寺の大広間に集まっているからだ。
村上家当主 村上義照
重臣 長野業盛
武田家当主 武田義信
武田家前当主 武田信玄
北条家当主 北条氏政
北条家前当主 北条氏康
佐竹家当主 佐竹義重
家臣?客将? 塚原卜伝
調整役
武田信繁
真田幸隆
北条幻庵
岡本禅哲
見届け人
元関白
近衛前久
正直、同盟ではなく和議なので紙切れ一枚で良かったのだが、幻庵が前久を説得し、前久がこの場を設けさせた。まったくいい迷惑だ。
「さて、幻庵殿。このような面倒な場を設けた意味を聞きたいが?ましてや、互いに殺しあってある仲であるしな...」
俺が幻庵に訪ねると皆幻庵を見る。幻庵は前久を見て互いに頷いた。
「義照様、此度は和議ではなく同盟と同等の盟約を結びたくこの場を設けさせて頂いた。これは近衛様もお認めになられておられます」
「...何?」
寝耳に水だった。俺は前久を見て睨むと前久はビクリとしてビビっていた。
「あ、義兄上(義照)が、これ以上互いに争わず、民の為に協力して政をしていくべきと言っておったではないか!」
(・・・確かに、理想として話したが現実離れをしている夢物語だ。それに俺達は武田を許した訳ではない...。この話を前久にしたのは誰だ!)
「・・・はぁ~。...まったく。夢物語を誰から聞いた」
「ホホホ..。まったく、ワシの弟子は皆、夢を話すのが好きなのかのぉ~。亡き上様(義輝)も悩んでは理想を語っておったしのぉ~」
俺が溜め息を吐くと義重の後ろにいた師匠(卜伝)が笑っていた。
「しかしながら、その夢も固い盟約で結ばれれば叶わないものでは御座いますまい。まぁ、北条のように姑息な手ばかりを使う輩がいつ裏切るか分かったもんではないがな」
「姑息とは言い掛かりだな。我等北条は民の為に戦っている。戦では突っ込むだけで我等から奪うことしか頭がない坂東の猪どもに言われる筋合いはない」
義重の売り言葉に氏政は買い言葉で返した。それに対して若い義重は、「やるなら相手になるぞ!」と大声を上げ立ち上がった。
義重18歳に対して氏政は27歳だ。まったく若いな。
「まぁまぁ、佐竹殿。そう大声を上げるだけでは負け犬の遠吠えと言われて仕方ないぞ。坂東武者の勇猛さは俺の耳にも届いている。兵力に劣るが北条と互角でやりあったとな。北条家も坂東武者の槍の味を身を持って堪能しているだろう」
俺が負け犬の遠吠えと言ったことで顔を真っ赤にし鬼の形相となったが、賞賛したことで我に返り、座り直した。
逆に氏政は不快に思い反論しようとしたが、後ろにいる父氏康の無言の圧力で抑えられる。
「それに、姑息な手ばかり使う輩と言われたら俺(義照)も頭が痛い。裏切りが大好きな武田相手に良く使っているからな」
今度は武田に飛び火した。
義信と信玄、それに信繁は顔を歪めた。
義信は一時的に幽閉されていたが今回当主の参加が絶対と前久が各家に伝えた為、出てきたのだった。
「・・確かに我等武田家は裏切りを続けて来ましたが私は父(信玄)や祖父(信虎)とは違います。村上様、これまでのこと当主として深く御詫び致します」
義信はそう言うと伏して頭を下げた。
これを見た北条と佐竹は武田は格下と判断し、今回の交渉では有利に進められると思った。
「・・・義信、頭を上げろ。前も言ったが貴様の頭一つで許されるものではない。...まぁ、お主は当主になってから裏切るようなことはしてはおらぬから殺すことはせん。後ろ(信玄)は別だがな...」
俺が言うと義信は頭を上げ俺を見た。
義信は前のことを思い出し震えが止まらず信玄と信繁の二人は目を反らしうつむいていた。
「ハハハ。しかし、義照殿は度重なる武田の侵攻を良く撃退し続け信濃を抑えられたものですな。上田原や上野では我等も手酷くやられたものだ...」
黙っていた氏康が口を開いた。氏政は驚き後ろを振り返り笑っている氏康を見る。
「河越での夜戦に小田原城の戦と二度も関東連合の大軍を完膚なきまで撃ち破られ、相模の獅子と言われた氏康殿にそう言われるとなんだか恥ずかしいですなぁ。私の場合、工藤兄弟、幸隆、孫六と多くの家臣達のお陰でやってこれただけにございます。彼らが居なければ最早この世には居ないでしょう。それに亡き長野殿と義龍が援軍を送ってくれたお陰でもあります」
俺が亡くなった二人の名前を出し懐かしそうな顔をすると氏康と信玄は顔には出さなかったが内心悔しく思った。
その二人が居なければ、現状が変わって居たのは間違いなかったからだ。
特に長野業正は....。
「長野業正か。あの老将が居らねば我等は難なく上野を抑えれていただろう。最後まで破ることが出来なかった。全く!敵ながら見事な武士だったわ!」
氏康は業正に最大限の賛辞を送った。
業盛は氏康が父(業正)を賞賛したことが意外で驚いていた。
「氏康殿、まだまだ粗削りだが業盛も業正殿に劣らないぞ。もしかしたら越えるかもしれぬな」
「ほほぉ、そこまで申されるか。...成る程、上野を乗っ取る為に娘を出したのかと思っておったが、そこまで高く評価しているとはな。ハハハ、ワシも娘を出してでも取り込むべきであったな!!」
(氏康め、わざと乗っ取りと言ったな...。やっぱり油断はできんな...)
俺と氏康は互いに笑顔で対応していたが、内心真っ黒で探り合いをしていた。
「さて、言いたいことも言うたであろう。話を進めたいが良いか?」
前久が言うと皆黙った。一応、元関白と言うだけあって、集まった者達から表向きは重んじられた。表向きは...。
「では、まずは北条殿から条件を言ってもらおう」
「はっ!では、我等は今川氏真夫婦の引き渡しと駿河河東の地の割譲。ここにいる全ての大名が我等と里見家との戦に不干渉を要求します」
北条を代表して氏政が発言した。ただし、元々話し合っていた内容とは少し違っていた。
河東の地の割譲は無かったからだ。
氏政は義信の様子を見て勝ち取れると踏んで勝手に追加したのだった。
それに対して、信玄と信繁は顔を赤くしていた。元々無かったことを入れてきたので当たり前だ。
「次に武田殿」
前久は何も聞かなかったことにしたのか、無視して武田に条件を言わせた。
「我らは..」
「駿河の領有を認めること。今川氏真を二度と武田領国に入れぬこと。北条は武田に一族の者で人質を差し出すことを要求する」
義信が言おうとしたが信玄が先に言った。
こっちも元々の内容に北条一族の人質の要求を付け加えた。
「父上(信玄)!今の当主は私です!勝手に決めないでください!」
「お主は黙っておれ!!」
こっちはこっちで親子喧嘩を始めた。武田も元々北条から人質というのは無かったからだ。そんな状況に前久は慌てて、此方を見て何とかしてくれと手を合わせてる。
(前久め。俺に助けを求めたが知ったこっちゃない!......はぁ、仕方ない)
俺は目線で幸隆に指示をした。幸隆なら手玉にとれると信頼しているからだ。
「さて、こうもまとめていた内容と違いすぎては、同盟するにしても整うものも整いますまい。北条様も武田様も最初に決めた条件でよろしいではありませんか。ですが不服とあらば仕方ありません。全てを白紙にし此処で戦をするのもやむ無し!」
幸隆はそう言うと傍に置いていた脇差しを取り前に出した。
その為、周りは一気に殺気だった。
(おいおいおい!ここで殺し会いを始める気か!)
「確かに。ここで刺し違えてでも憎き北条の首を取るのも一つだな..」
義重はそう言うと脇差しを取り抜こうとした。氏政も同じように抜こうとしたが、後ろの氏康は微動だにしなかった。
「・・・なれど、折角それぞれの当主が集まり、近衛様が仲立ちをしてくださること等二度とありますまい。例えば、四家で新たなる縁を結ぶのは如何か?」
幸隆の発言に全員が驚いた。元々予定に無かった、婚姻を提案したからだ。
「・・・幸隆....」
俺は幸隆を睨んだ。流石に婚姻同盟は承諾していないからだ。
「確かに、真田の言うことも一理あるが、当主である村上殿は納得しておらぬようだが?」
氏康はそう言うと俺の方を見る。
氏康のその顔は何か企んでいる風にも見えた。
「縁を結ぶと申しても、それぞれ年の合う者は居らぬでしょう。ですので、一族の者を養子として縁を結ぶのは如何でしょう?また、まだ幼子の者もおるでしょう。婚約と言うことで如何か?殿(義照)もそれならご納得頂けるかと..」
幸隆は話を進めた。確かにそれなら、幾分か認められる。問題は誰が誰に嫁ぎ娶るかだ。
「・・・では、村上殿の娘を我が嫡男国王丸の正室として頂きたい」
氏政は早速俺の娘をと言ってきた。国王丸が誰か知らないが、氏政が嫡男と言ったのでたぶん後の氏直だろう。
氏直なら娘の夕と同い年だ。
「同い年となると夕だがまだ、3つだ。婚約なら認めよう。さて武田に対しては我が兄(義利)に義信の叔母(亀)が嫁ぎ、姪になる華(義利長女)が勝頼に嫁いでいるからそれでいいだろう。異論は一切聞かん!佐竹殿は如何する?」
「我等も村上殿と深く縁を結びたいが..。なんせ未婚なのは我が弟のみでして...」
(義重の弟と言うと佐竹義尚だろう。流石に同じくらいの年の娘は・・・一人居たな...)
「佐竹殿、一人いるにはいる。兄(義勝)の娘だがな。ちと、色々難があるのだが..」
「それでも構いません!それで進めていただきたい」
義重が良いと言うので進めることにした。後で泣きつかれても知らない。
逆に武田は不満そうにしていた。
(お前ら(武田)を信用すると思ってるのか?それに、一族(勝頼)に村上一族を嫁がせたのはお前らだろう。)
ちなみに、兄(義勝)の子とは渚だ。ただ、色々難がある。幸隆は察したようだ。
「では、後は佐竹と武田殿、それと我等の縁だが...側室と言う訳にも行くまい。如何する?」
氏政が訪ねると、義信は悩んでいた。しかし後ろの信玄はもう決めてるようだった。
「では、我が子を佐竹殿の養子としては如何か?勿論、家督の相続は一切求めん。ただ、親族衆としては扱って貰いたい」
信玄の発言に全員が悩んだ。人質として出すのではなく、養子として出すからだ。しかも、家督相続には関与しないと言うからだ。・・・信用できないな。
「相分かった。養子について詳しいことは後で話しましょう」
義重が認めたので、一応決まった。
「では、我ら北条と佐竹との縁は如何する? 」
「北条殿。北条一族の姫を佐竹殿の側室という事でどうか?当主(義重)の側室だが結ばぬよりはよかろう」
「側室だと!村上殿!!我ら北条を馬鹿にしてるの」 「ならば、ワシの娘を出そう。佐竹殿、よろしいか?」
俺が言うと氏政は怒鳴りあげたが幻庵が自身の娘を出すと申し出た。
「幻爺様(幻庵)!!」
「・・幻庵の申す通り北条から佐竹殿に側室として出そう。村上も一族とはいえ自身の娘ではないのだから問題あるまい」
「父上!どうし..ッ!!」
氏政は父が認めたことに驚き叫んだが氏康が氏政を睨み付けると口を閉じる。
「ふぅ~。まぁ、色々あったがこれにて、関東同盟の成立でおじゃる!」
さっきまで慌てて、縮こまって、置物状態になっていた前久が気前よく宣言する。
(こいつ(前久)、後で覚えておけ...)
同盟の内容は以下の通りとなった。
1、同盟に参加した家への如何なる戦も禁止する。
2、四家(村上、北条、武田、佐竹)は婚姻を持って結ばれる(詳しい組み合わせは省略)。
3,今川氏真夫婦は無傷で北条に引き渡し、武田領地への立ち入りを永久に禁ずる。
また、氏真に従う家臣達の同行を認める。
4、武田の駿河、佐竹は下野半国と下総の一部、村上は遠江、下野半国の領有を認める。
5、同盟国は北条と里見家との争いに一切関与しない。
6、武田信玄の息子を佐竹へ引き渡す。また、佐竹は信玄の子を養子とする。ただし、家督相続の権利は一切無し。
7、村上は武田から預かっている人質を返還する。
8、この和睦は関白近衛前久の名において結ぶ。
「村上殿、少しよろしいか?」
同盟の話がまとまったので寄り道をして帰ろうとすると氏政が声をかけてきた。
さっきまで怒鳴りあげていたのが嘘のように落ち着いてだ。
俺がなんだと聞くと上洛すると聞いたので援軍を送ると言ってくる。
氏政が言うと義信も武田も援軍を送ると言ってきたのだ。
義重は寝耳に水だったようで一人驚いている。
しかし、他の二家(武田、北条)が援軍を送ると言った以上遅れを取らぬため義重も援軍を出すと宣言し了承を求めた。
「・・・あいわかった。我等は来年三月に出陣しますので、参加はご自由にどうぞ」
俺は少し悩んだが承諾した。邪魔さえしなければ問題ないしな。
(佐竹は取り残されるのが嫌だから援軍を送ると言ったのだろうけど、北条と武田の目的は何だ?)
その後、会談は終わり駿河に来たついでで、太原雪斎と今川義元の墓参りをして帰るのだった。
今回の会談は後に四家会談、関東同盟、主導したのが近衛前久だった為、近衛会談等と言われるのだった。