そんなに嫌か
最近のアンナはアリー専属の使用人みたいになっている。
去年ヴルツェルに行って以来、アリーは色々な所へ飛んで行く。
そのアリーの飛行魔法に付いていける人物は、男爵、リリー、アンナの3人しか男爵家に居ない。マルテも飛行魔法がを使えるが、アリーの成長速度に段々と付いて行けなくなっている。
必然的にアンナがアリーに付いていくことになった。
男爵から充分な費用を貰って食べるその土地々々の料理は大変美味しいので、色々行けるのは悪くない。しかし、移動の主導権はアリーにあり、あっちへふらふら、こっちへふらふら、急な出発に付いていくのは大変だった。だいたい日帰りか1泊で帰るので、大きな荷物にならないのが救いである。
今回は南方の山岳にある炭鉱街から帰って来た。その前は西に行ってヴルツェル近くの街に、ついでにヴルツェルにも訪れた。アンナは荷物を片付けながら、アリーに次の目的地を聞いてみた。
「取り敢えず行ったことの無い街へ」
何時もこれだ。ゲオルグが図書館から借りて来た地図を眺めては、行ってない街へ飛び立ち、街を散策して帰路につく。
国内の主要な街は大体行った。毎回買うお土産で、1つの棚が埋まりそうになっている。
だがある街の方向にだけ、アリーが行こうとしていないことにアンナは気付いている。何となく理由は察しているが、地図を確認しているアリーに話を振ってみた。
「まだ決めてないなら、次は東のキュステにしませんか。あそこは海産物が美味しいですよ」
キュステには実家があるため、アンナも良く知っている。
「キュステに行くと東方伯が出て来るから嫌。行きたいならアンナ1人でどうぞ」
にべもない答えが返ってきた。
アリーは東方伯、つまり自分の母方祖父が苦手なのだ。もっと小さい頃から嫌がっているのをアンナも知っている。
東方伯は見た目が怖い。鍛え上げられた分厚い肉体と毛深い体毛。陽射しに焼かれた肌が良く似合っている。一部では、熊掌伯、なんて呼ばれていた。
そんな見た目は子供に恐れられてしまうが、本人は意外と子供好きなので、無理矢理近付こうとして泣かれている。キュステの誕生祭では泣かない子の方が珍しく、宛ら子供の精神修行の様である。
アリーも赤子の頃から東方伯を見て泣いて来た。その頃の印象が今も残っているのだろう。
キュステのことを思い出したら海鮮料理を食べたくなったので、アンナは海沿いの他の街を提案する。
アリーと地図を眺めていると、ゲオルグがやって来た。濃い栗色の髪を短めに切り揃え、スッキリとした印象がある。4歳の誕生日を迎えたのを機にジークが剣術の基礎を教え始めたが、本人は嫌がって図書館へ逃亡している。
日中に家にいる方が珍しいゲオルグがアンナに、どうだった、と質問した。
「居なかった。エルフに炭鉱の街は似合わないかもね」
エルフ。エルフを探しているのか。
「そうだよ。言ってなかったっけ」
アンナの口からぽろっと出た言葉を、アリーが耳聡く反応する。
勿論アンナの記憶には無い。エルフに会ってどうするのか聞いてみる。
「エルフに草木魔法を教えてもらおうと思って」
去年は氷結、今年は草木か。毎年何かしら目標を決めている様だ。その行動力をアンナは感心するが、草木魔法はエルフ特有の魔法だと認識している。その点について聞いてみた。
「それはやってみないと分からないじゃん。今までの人は、色や言霊を知らなかったんだし。私がヴルツェルで麦や野菜を育ててるのを見てるでしょ。それも草木を理解するためだから」
確かにアリーは定期的にヴルツェルに寄っている。食物を育ててはいるが、それは大人に混じって農地で働いているクロエと遊ぶための口実だと、アンナは思っていた。アリーが農地に行っている間は、アンナはリタと料理を作っている。
「クロエは可愛いからしょうがないね。そうだ、今度クロエをここに連れて来てゲオルグにも紹介するね。クロエはふわっふわだよ」
クロエの毛質と抱き心地を力説するアリーに、仕事の邪魔をしないように、とアンナは注意する。
「土魔法で土地を耕して、水撒きも手伝ってる。金属魔法で農具の手入れもやった。私以上の手伝いは居ないね。邪魔してるとか言うなら、美味しい野菜が出来てもアンナにはあげないから」
アリーは自慢気に反論する。確かに魔法が使えない獣人達にとっては大助かりだろう。
アンナは一応、すみません、と謝っておく。
分かればよろしい、と言いアンナはゲオルグと地図を見始める。
今度はここに行こうとか、あそこの料理が美味しかったとか、またあのお土産食べたいとか、2人で盛り上がっている。
アンナは1人の人物を思い出していた。古い知り合いのその人は、まだ変わらずそこに居るだろうか。
考え事をしている間に、次の行き先が王都から北の街に決定した様だ。しかし、アンナはそれに待ったをかける。
「やっぱりキュステに行きましょう」
「嫌だって言ったでしょ。もう次の行き先は決まったんだから、今回はアンナと別行動で」
アリーが少しイライラして答える。多少睨まれようと、アンナは怯まず言い返す。
「そうですか、それは残念ですね。では私は1人でキュステに行って、昔馴染みのエルフに会って来ますね。ああ、残念だなぁ」
いつもの仕返しとばかりに、感情を込めてアリーを煽るアンナ。
あまり見ないその態度にアリーは驚いたが、なんとか言葉を発してアンナを否定する。
「嘘でしょ」
アリーの端的な否定に、アンナは自信がある様に返答する。
「私がキュステの東方伯邸で働いていた時に知り合ったエルフです。その人はキュステの街が気に入っていましたから、まだ居るでしょう。移動していたとしても闇雲に探すよりは効率が良いと思います。リリー様やマルテ、ジークもそのエルフとは知り合いですので、嘘だと思うなら確認して頂いても良いですよ」
アンナの言葉にアリーは頭を抱えて悩み始める。そんなに嫌かとアンナは思う。キュステに行っても、東方伯と必ず会うとは限らないのに。
アンナの頭を撫でてあげるゲオルグ。年齢差が逆転した様だと微笑ましく感じる。
アンナは大人気ないよとゲオルグに言われたので、代替案をアンナは提案した。
「ではこうしましょう。居るとは思いますが、キュステにそのエルフが居ないかも知れません。まずは誰かにキュステまで行って頂いて、存在を確認して来てもらいましょう」
アンナの提案を聞いて、アリーはハッと顔を上げる。
「では誰がキュステに行くか。私が行っても良いのですが、そうなるとアリー様に付いて行ける人が居なくなります。アリー様は私が居ない間、王都で大人しく出来ますか」
アンナの問いに、アリーは出来ると答える。が、東方伯に会うと想像した時と同じ様な顔をしている。じっとしているのがそんなに嫌か。馬車で行けば片道7日はかかるが、アンナが飛行魔法で飛ばせば一泊で帰って来れるのに。
ゲオルグも、無理でしょ、と言っている。
「私も無理だと思います。なのでここはジークかマルテに頼みましょう。ただジークは飛行魔法が得意ではありませんから、安全を考えて馬車移動。片道7日ですかね。マルテは飛行出来ますが私達よりは速く長く飛べないので、片道3日、頑張って2日と言ったところでしょうか。エルフの捜索に時間が掛かるかも知れませんが。さて、どちらにお願いしましょう」
アンナの問い掛けに、2人ともマルテと返答。なるべく早くエルフの手掛かりが欲しいのだろう。
「ではマルテに。そうなるとマルテの代わりに、ジークがゲオルグ様と関わる時間が増えますね。ゲオルグ様、剣術の稽古、頑張って下さい」
アンナの言葉を聞き終わる前に走り出すアリー。ちょっと待った、と追いかけるゲオルグ。
剣術稽古はそんなに嫌か。アンナは少しジークを不憫に思い、笑ってしまった。