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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第1幕 大賢者の弟
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賑やかな夕食

 魔力検査から数ヶ月、王都が暖かくなり初夏を迎えた頃、アンナはアリーと共にまだ雪が残るケルン高原を訪れていた。


 この高原は王都の遥か西に位置している。比較的温暖な気候の王都周辺と比べて、多くの雪が降り積もる寒冷地である。

 その雪解け水により豊富な水源がケルン高原に存在する。ここに源流があるシュテンゲル川は王国内を東に向かって流れ、多くの支流と合流しながら途中にある王都を横断し、大河となって遠く東にあるブラット海へと注がれている。


 そんな寒冷地にやってきた2人だが、アンナは気温の違いに震え、アリーは雪に向かって突撃している。

 長距離を飛行して来た直後に疲れを見せず燥ぐアリーを見て、何処からそんな元気が出て来るのかと傍観する。アンナはアリーに付いてきたことを後悔していた。


「アリー様、今日はそれくらいにして早く街に行きましょうよ。挨拶にも行かないといけません、あまり遅くなっては相手に失礼ですよ」


「アンナが勝手に父様と約束したんじゃん。1人で行って来てよ。私は少しでも長く寒さを体験したいの」


 喋りながら雪を丸めるアリー。


「アリー様が1人でこんなところまで来るのを、両親が許すわけないでしょ。交換条件を出して許可を貰ったんですから、褒めてもらっても、ぶわっ」


 喋るアンナの顔に雪玉がぶつかった。


「やった、命中。寒冷地の子は雪を丸めて投げ合うんだって。ゲオルグが言ってた」


 2発目を準備するアリー。

 4歳を迎えたゲオルグは、最近王都の国立図書館に通っている。気になった本を借りては、マルテやリリーに読ませている。それで得た知識をアリーに披露しているのだろう。

 そもそもこの地を訪れたのも、氷結魔法の修得を考えるアリーに、寒さを体感してはとゲオルグが提案したのが始まりである。

 1人で飛び出そうとするアリーを抑えて準備するのにアンナは苦労した。


 先程より速度を上げて迫ってくる雪玉を、アンナは火魔法で迎撃する。


「魔法は禁止。雪玉のみで戦うのよ」


 アンナに注意をしながらも、アリーの雪玉製造は止まらない。

 アンナも諦めて雪を拾いに行く。

 冷たい。アリーはよく素手で握れるなと、アンナは感心する。

 もたもたと雪を触っているアンナの死角から、3発目が飛来し、後頭部に直撃。


「もう許しません。反撃の時間です」


 ようやく完成した雪玉を慎重に狙って投擲するが、アリーは素早く回避する。

 間髪居れずに投げ返してくるアリーに、アンナも応戦する。

 それからしばらく2人は雪を投げ合った。

 アンナは子供の頃、リリーと遊んでいた頃を思い出していた。




「デニス様ご無沙汰しております。本日は遅くなってしまい申し訳ありません」


 日が落ちて目視が難しくなるまで2人は遊び続けた。

 もうちょっと、もうちょっとと言うアリーを引きずって、アンナはようやく高原にある街、ヴルツェルに到着した。雪で濡れた服は、火魔法を上手に使って乾燥させている。


 ヴルツェルは古くから畜産業によって発展した街で、干し肉やチーズなどの保存食を王都まで輸出している。また経済難の時代に、他国から導入した寒冷地に強い品種の大麦やライ麦などを大々的に育て始め、王国の困窮を救った歴史ある街である。


 王都とは違う魅惑ある街並みに目移りするアリーを制しながら、これから寝泊まりする屋敷を訪れた。屋敷はヴルツェルの中でも目立つほど大きな物で、この街の有力者だと印象付ける佇まいだった。

 ここに寝泊まりすることが男爵と交わした約束の1つである。


 2人は応接室に通され、アンナは屋敷の主人に謝罪した。アリーは落ち着きなくキョロキョロしている。


「2人共いらっしゃい。なかなか来ないから心配していたが無事なら問題ない。食事はまだだろう?直ぐに準備が出来るからね」


 デニスと呼ばれた屋敷の主人が、アンナの言葉を笑って受け流した。

 相変わらずの好々爺ぶりにアンナはホッとした。アリーはご飯と聞いて喜んでいる。アンナもお腹はペコペコだが、一応注意しなければならない。


「アリー様、この家の主人に挨拶も出来ない子はご飯抜きですよ」


「初めまして、アレクサンドラ・フリーグと申します。暫くの間お世話になります」


 アンナに脅されたアリーは、渋々といった様子で挨拶し、最後に可愛らしくカテーシーを行った。


「素晴らしい挨拶だが、初めてでは無いよ。アリーが産まれた時とゲオルグが産まれた時に会っている。まだ小さかったから覚えてないのも無理はない。私はデニス・フリーグ。アリーの父親の父、つまりお爺さん。これから宜しくお願いします」


 カテーシーのお返しとばかりに、デニスは優雅にボウアンドスクレープで挨拶した。

 暫く会わなかったらまた忘れるんだろうな、とアンナは2人を眺めていた。




 食事のテーブルにはアリーとアンナの他に、デニスとその妻であるリタが着席した。

 リタのことも覚えていなかったアリーは、再度初対面の挨拶を交わした。

 食卓には肉やチーズをメインに、この街で取れた食材で作られた料理が並んでいる。


「アリーちゃんの口に合えばいいけど。王都に住んでいるとどんな食べ物が好きになるのかしら」


 使用人を雇ってはいるが、リタは料理を自分でやる。趣味に近いのかもしれない。

 リタの質問にアリーは無邪気に答えたが、それはこの街には無い物だった。


「最近は海の大きな魚が好き。王都で働いてる魚人の親方に食べさせてもらったの」


 肉にかぶりつきながら喋るアリーに、アンナは顔が引き攣る思いをした。

 海からかなり遠いこの街では、海水魚は食べられない。たまに商人が干物を持ってくるくらいで、食べるなら淡水魚だが、川魚は小さく、沼や池に住む魚は泥臭く人気がない。

 王都も海から遠いが、シュテンゲル川を船で通って生魚が運ばれる。王都には水運などで働く魚人族が多くいるため、海水魚を生きたまま運ぶ需要があるのだ。


「じゃあ明日はお魚にしましょう。この街の美味しいお魚料理も好きになってね」


 この地方の魚料理は手間がかかるが、リタはそういった料理ほどやる気が出るらしい。


「アリーは魚人と知り合いなのかい?」


 内陸では見ることの少ない魚人に興味が出たデニス。


「水魔法は本職に習った方が良いっていうから教わりに行って、友達になったの」


「水魔法は難しい魔法だ。いい方法を考えたね」


「親方の指導の他に、ゲオルグから水の色を教わったのが良かったかも。色で水を更に理解出来た気がする。で、水が出来たら氷も出来るでしょってことで、これから氷結魔法の特訓するんだ」


 元気に答えたアリー。その言葉にデニスは首を捻る。


「水の色?色は無く透き通っていると私は思うが。リタはどう思う」


「川の水は青で、池や沼の水は緑ね。氷や雪になれば白くなるし、アリーちゃん教えて」


 リタも考えてみるが候補が色々あり迷ってしまう。


「水の色はね、黒なんだよ」


 おかわりしたライ麦パンを頬張りながら胸を張るアリー。喋りながら食べて喉に詰まらせないかと心配になるだ、アンナもライ麦パンに手を伸ばす。歯ごたえがあるパンだが、チーズと一緒に食べると大変美味しい。


「水がいっぱい溜まってる海の底は真っ暗なんだって。昼でも夜みたいに黒なの。魚人に聞いたら確かに黒だって。それから、黒って思いながら水魔法を使うと上手くいくようになったよ」


「なるほど、魔法に色か。特に今まで考えたことはなかったな。じゃあ火魔法は赤かな」


「土魔法は黄色かしら。風は、分からないわね」


「ゲオルグも風は分からないって言ってた。火と土はそれで合ってて、後は金属魔法が白で、草木魔法が青だって」


 3人の会話を聞きながら食後のお茶を飲むアンナは感心していた。

 アリーとゲオルグはいつもそんな話をしているのか。水魔法に苦労していたアリーは喜んで取り入れただろう。

 氷結魔法はどうだろう。コツを知っているのなら、今回の滞在は短く終わるかもしれない。

 雪で遊んでいた時は我を忘れていたが、アンナは寒さが苦手だ。


「氷結の色は分からないって。でも水と氷は似たような物だって言うから、水魔法を覚えた勢いで行けば、きっと覚えられる。氷結魔法を使えるようになるまで帰らない。今日は雪で遊んだから、明日は氷で遊ぶぞ」


 フォークを持った左手を突き上げて宣言するアリー。根性論だったと頭を抱えるアンナ。ずっと居ていいよと拍手するデニスとリタ。

 2人には3人の息子がいるが、子供達は家を出て生活しており、普段は物静かな屋敷である。

 久しぶりに賑やかな夕食を2人は喜んでいた。

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