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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第2幕 フリーエン傭兵団
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植物学者の見識

 王都にあるラーゼン王立学校で教壇に立っている植物学者のパスカルは、気温が徐々に上がって蒸し暑くなってきた初夏のある日、国王からの召集命令を受けた。

 額と背中に薄らと汗が滲んでいる事を感じながら登城し、パスカルは大きな会議室にある円卓の席に着いた。


 パスカルの他に同僚である薬学の教師、医学の教師、農林学の教師も呼ばれていた。


 教師陣の他に、王都内に一際大きな建物を構えている診療所の代表者と、それと競う程に大きな別の診療所の代表者。パスカルはこの2人と面識が無かったが、軍の衛生部隊に未だ在籍し続ける嫁の話では、あまりいい評価では無かった。医療関係者同士で偶に会合が開かれるらしいが、常にその2人が競っていがみ合い、場を乱すらしい。

 因みにパスカルの嫁も同席している。


 後は城で働く役人や軍人が何人か。それらの中には教え子の姿もちらほら見える。目線がちらっと合うと少しだけ顎を引いて会釈をして来る。それにパスカルはいつもの笑顔で答えていた。


 召集された者達が全員集合し、定刻となった所で国王と宰相が入室し、皆が席を立って出迎えた。


「これから、最近とある貴族が新しく栽培を始めた薬草の数々を皆に見てもらう。薬草に関しては素人な私でも、見ればその薬草の出来が素晴らしい事はよく解る。そこで、その薬草を軍で使うか市井の診療所で民の為に使うか、皆の意見を聞きたい」


 着席の後に国王が発した言葉を聞いて、パスカルは残念に思った。


 薬草に関しては素人。


 国王がまだ王子で学生の頃、今の様に多くの学科に分かれる前の時代に、国王に植物学を教えたパスカルはがっくりと肩を落としていた。卒業してそれなりに時間が経ったとはいえ素人はないだろう、素人は。


 パスカルが国王に不満を訴える視線を送っていると、宰相が役人に大きな布袋を3つ持って来させた。

 中央の円卓にどかっとその袋を置くと、中から大量の薬草を取り出した。3つの袋に1種類ずつの薬草が満載されているようだ。


 それを役人が1枚ずつ参加者へと配っていく。


 葉っぱの形、色合い、匂い。これは簡単な傷薬に良く使われる薬草だ。何となくいつも見る物より良い匂いがする気がするが、この薬草の心落ち着かせる匂いも傷薬にとって大事な要素だ。


 こちらの色が濃い薬草は胃腸薬になる。こちらは明らかに一般的な物より大きな葉っぱだ。土地の力が強いと葉っぱが大きく育つと本に書いてあった。


 もう1つの薬草は少し色鮮やか過ぎる気がするが、形と匂いから考えるに解毒薬の材料になる薬草か。この薬草は赤くなる前は毒を持つ植物だが、真っ赤に色付くと共に葉っぱに解毒効果の有る成分が集まって来る。葉っぱの裏に実る果実を鳥達に食べてもらう為だとキュステのマチューに聞いたことが有る。しかしこれは毒々しい程に赤みが強かった。


 パスカルは今までの経験や家宝にしている本の知識を基に3種の植物をそう断定した。


「さすがはパスカル先生、説明の手間が省けました。仰る通り一般的な物と少し違う部分がそれぞれ有りますが、全て薬の材料になる薬草です。少し異なる特徴は品質の良さを表しているのだと、持ち込んだ貴族が説明していました。因みに争いの基になると困るので、どこの誰かは言いません」


 どこの誰が育てたのかは内緒だと宰相が言うが、これは明らかにエルフ族の仕事だ。

 内緒にする意味は無いだろう。この国でエルフと言われてまず名前が挙がるのはキュステのマチューだ。


「みなさんの想像しているであろう東方伯は関係ありません。あの方は薬になる植物よりも、食料になる植物を育てる事を目指していますからね」


 マチューでなければ、まさか“神仙”か?

 風のうわさで国を出て海を渡ったと聞いたが。

 それとも、今年入学して来たあの子か?


「まあその詮索は置いておきまして、さて、この薬草達はどこで消費しましょうか?」


 宰相の言葉を皮切りに、即座に診療所の代表者2名が手を挙げる。

 衛生兵を束ねる立場の嫁は立候補しないみたいだ。最近軍は暇だもんな。戦争もないし、強力な魔物も出てこない。北方伯や南方伯は薬を確保しておきたいと思うかもしれないが、辺境軍の管理は辺境伯に任されていて、嫁はあまり積極的に口出しする事が出来ない。


 競売じみた金の積み合いが始まった横で、パスカルは国王に質問をした。

 教師陣をここに呼ぶ意味は有ったのかと。


 国王は教師陣4人を呼び寄せ、あちらで騒いでいる診療所の代表者達には聞こえないように声を落として事情を説明した。


「専門家である君達の力を集結すれば、この品質の薬草を育て上げることは出来るか?」


 いや、やはりエルフじゃないと。

 せめて草木魔法が使えたら、とパスカルは国王に応えた。


「今、君達の学校に通っているエルフ族の子がいるだろ。実はその子がこの薬草を育てている。東方伯の所に居るマチューの姪らしいが、特別なエルフだとエルフの王族から通達が来ている。東方伯の娘婿であるフリーグ男爵がその子を預かっているのは知っているな。今最も勢力を伸ばしている家だが、学校内では護る事が難しい。そこで君達には学校内でエルフの子をこっそり護衛していて欲しい。うちの息子達にも害をなすなよと念を押しているが、君達もよろしく頼む。再びエルフ族と戦争になることを私は望んでいない」


 国王の言葉に、パスカルを含めた4人は揃って首肯した。


 パスカルは心の中で、エステルに近づく理由が出来たと喜んでいた。

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