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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第2幕 フリーエン傭兵団
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植物学者の経歴

 王都のラーゼン王立学校で植物学の教師として教鞭を執るパスカルは、1人の学生に注目していた。


 その相手は去年の4月に入学して来たエルフ族のエステルだ。


 現在の生活範囲が王都とその周辺に限られているパスカルは、エルフ族と知り合える機会は少なかった。

 古くから人族と争ってきたエルフ族のほとんどは保守的で、自国領内からあまり外に出ない。

 好奇心旺盛で革新的な数少ないエルフが国を出奔するか、高額な契約費を払って国主や貴族が雇い入れるくらいでしかエルフ族は人族の世界に混ざらない。

 それほど昔の争いが尾を引いているのだ。


 そのような状況でパスカルが暮らすストラオス王国には2人のエルフが居ると言われている。

 1人は東方伯が雇っているマチューだ。パスカルも何度か会ったことが有る。やや黄色に近い黄緑色の髪を短めに整え、すらっとした長身の好青年だった。会う度に植物の事について話し合っているが、いつもその知識量には舌を巻いている。

 もう1人は国を出奔した“神仙”のシビル。ただしこの国に居る事が多いと言うだけで、住居は定まっていない。仲間と共に国内外を旅しているらしく、パスカルも出会ったことは無い。会ったことは無いが“神仙”の薬に助けられたと言う噂話は良く耳にする。マチューと同様、いや彼を上回る技術と知識を持ち合わせているに違いないとパスカルは想像していた。


 パスカルが現在植物学者として学校で働いているのは、子供の頃に出会ったエルフ族に憧れたからだ。

 諸国を旅して各地に自生する植物を調べ歩いているというそのエルフ族は、パスカル少年に書きかけの本を見せた。

 精密に描かれた植物の絵と細かく調べられた植物の生態を見るだけで、パスカル少年は心踊らされた。

 自分も植物を研究したいと思った。


 その夢を話すと、両親を含め周囲の人達には止められた。

 もっと金になる仕事を選べ。兵士になって国の為に働け。大人達の意見はだいたいその2つだった。


 ある日から少年は周囲に夢を語らなくなった。必死に勉強して学校で好成績を収め、衛生兵見習いとして軍に入った。

 特殊技能兵に分類される衛生兵は、一般兵と比べて戦場に立つ機会の少ない後方任務が主な仕事であり、一般兵よりも給料は高い。


 安全にお金を稼げて国の為に働く仕事に就いたパスカルに、両親は安心し、周囲の大人達も何も口出ししなくなった。


 王都で衛生兵としての基礎を学んだ1年後、両親の心配を余所に、パスカルは国境付近に駐屯する部隊への配置を希望した。

 その頃からパスカルは1、2年おきに転任を希望し、国内各地の部隊を渡り歩いた。

 安全な部隊もあれば、他国と紛争中で今にも戦争に突入しそうな部隊に配属されることもあった。

 他国との小競り合いで負傷した兵を治療した事も、魔物との戦闘に巻き込まれて自らが負傷した事もあった。パスカルの治療を担当した同僚の衛生兵は現在、すっかり皺の増えた姿になってパスカルと同居している。


 嫁の妊娠が発覚したパスカルは、衛生兵見習いの教官という立場を選択した。

 自信が衛生兵見習いを卒業して王都を出て以来、約20年の時が流れていた。


 漸く時間が出来たパスカルは各地を赴任した時に調べた事を纏め、本を書き始めた。

 野山の野草や樹木。畑の作物。花壇に植えられた花。衛生兵として使ってきた薬草の数々。国内各地に生息する、植物の本だ。


 パスカルは夢を語らなくなっただけで、夢を諦めてはいなかった。


 必死に勉強したのも、衛生兵になったのも、各地を転任したのも、全ては植物を研究する為。

 仕事の合間を縫ってメモに残した植物の数だけ見ても、パスカルを植物学者と呼んでいい程の実績だった。


 パスカルが育てた衛生兵の薬草に関する知識は一流となり、赴任先で薬草を育てたり自生する野草を利用する為重宝された。

 衛生兵の話は当時の国王にも伝わり、パスカルは国王直々に褒美を頂いた。


 パスカルはその時、人族もエルフ族に負けないくらい植物に興味を持つべきだと国王に訴えた。

 そのために、ラーゼン王立学校に植物学の学科を作りたい、と。


 当時の王立学校は、主に魔法と武術を学ぶ為の学校だった。一部貴族の為に軍学や政治学、医術等の授業がある程度で、庶民は入学出来ても卒業後の仕事に役立つ授業はほとんどなかった。


 いづれ戦争が終わった日の為に、貴族だけでなく庶民の子の才能を伸ばせる学科を増やしてほしいと、パスカルは直訴した。


 数年後、衛生兵見習いの教官を嫁に譲り、パスカルはラーゼン王立学校植物学科の教師となった。


 教師になってから30年弱。色々な生徒に出会った。


 学校を卒業してすぐに結婚してしまった子。卒業後に起きた戦争で活躍した子。庶民の子、貴族の子、国王の子供にも教えた。人族、獣人族、魚人族、ドワーフ族も分け隔てなく教えた。


 そんな教師人生の中で、初めてエルフ族の子共が入学して来た。それがエステルだった。


 エステルは植物学の授業を退屈そうに聞いている。

 恐らく既知の知識なんだろう。

 パスカルが教師になった頃と違い、学校で教える科目数は増えた。

 元々植物学で一本化していた物から、薬草系が分かれて薬学となった。農作物や山で収穫できる食物が分かれて農林学となった。

 パスカルはその全てを1人で教えられるが、薬学と農林学は若い先生達に立場を譲っている。


 パスカルの今の仕事は入学したての学生相手に植物学総論の授業を行い、植物に興味を持ってもらう事だ。興味を持ってもらい、後の選択授業で薬学や農林学を選んでもらう。専門的な知識を持った役人を増やす為の第一歩を担っている重要な仕事だ。


 だからこそ、極端に深いところまでは突っ込んで授業がし辛い。入学したての子供達には難しい話になってしまうからだ。

 しかしそのせいでエルフ族にとっては詰まらない授業になってしまう。


 だがしかし、パスカルには秘密兵器が有った。

 数年前に発売された本で、パスカルの家宝になっている本だ。


 諸国を旅して各地に自生する植物を調べ歩いて書かれた本で、精密に書かれた植物の絵と細かく調べられた植物の生態が載っている。


 いつか時間が有る時にこの本を見せて植物についてエステルと話したいのだが、授業が終わると飛んで帰ってしまう事が、パスカルの最近の悩みだった。

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