新造船の娯楽
先輩の船を置き去りにして爆走する高速船を、俺は村へ到着する前に停止させた。
川から村へと続く水路の上で先輩の船を待ちながら、中途半端なところで船を止めた事を乗客に説明する。
速度を上げて船を走らせたことが男爵にばれないように工作をしておかなければ。
「大丈夫です、子供達にも秘密にさせます。なので帰る時もお願いしますね」
キラキラした目で次回の予約をしてくるローザリンデ様は意外とお転婆なようだ。
うちの嫁は最初に体感した時は泣いてしまっていたけどな。
従者の老人は腰を抜かして動けないようだが、2人の子供達は感想を言い合って盛り上がっている。
走行中、下の子はローザリンデ様に抱えられていたが、上の子は船首へ移動して風を全身に受けていた。
気持ちは解る。水飛沫を浴びながら風を感じるのは気持ちが良い。
飛沫によって軽く濡れた部分をローザリンデ様が火魔法で優しく乾かしているのを眺めながら、俺は先輩の船の到着を待った。
割と時間を掛けずに追いついた先輩は、俺の事を叱らなかった。
先を走る俺が速度を上げた事で先輩も速度を上げる事が出来て、態とゆっくり走る事への不満が溜まらなかったからだろうか。
先輩は俺みたいに加速装置を使わなくとも、自前の水魔法で加速する事が出来る。
流石魚人族と言ったところだ。
俺も船に乗り始めたころから水魔法の習得に向けて頑張っているが、まだ激しい水流を生むところまでは達していない。
村の子供達はどんどん上手くなり、次の草木魔法まで習得している子も居る。
俺も頑張ろう。客が万が一川に落ちた時に水魔法が使えると便利だからな。
客人を村に降ろして俺と先輩は王都へ戻った。
良い人達ばかりでよかった。ああいう人達ばかりなら貴族を乗せるのも悪くないと思う。
さて、俺はこれからもう一度村まで往復だ。
今度は診療所で働く医者と看護師を乗せて運ぶ。ローザリンデ様の体調管理の為だ。
連れて行くのはこの前村での出産を手伝ってくれた医者だから村の勝手も分かっている。
嫁が言うにはまだ研修医という医者の卵らしいが、腕はいいと言う。
男爵も出来れば独立して村で診療所を開いて欲しいと希望を語っていた。
村に診療所が出来たら、嫁も王都まで出向かず村で働けるかもしれない。
俺にとっても、それは喜ばしい事だ。
「伯爵夫人に失礼な事をしなかっただろうね。大丈夫だよね」
王都に着いた俺を嫁が出迎えた。
なんで居るんだ。今回村に行く看護師はお前じゃないだろ。
「あんたの事が心配だからニコル先生に許可を取って出て来たんだよ。夫人を怒らせたりしてないよな?」
大丈夫大丈夫、笑顔で船を降りてくれたよ。
「ほんとに大丈夫なんだね。先輩も、こいつが悪さをしなかったと証明してくれますか?」
おいおい、先輩を巻き込むな。
先輩は問題無かったと言ってくれた。黙っていてくれてありがとうございます。
「はぁ、これでやっと仕事に集中できる。夫人も船に乗って体調を崩したりしてないよね。ニコル先生にはそう報告するよ」
はいはい、それでいいですよ。
さっさと仕事に戻れと嫁を追い払い、俺は苦笑する医者と看護師を船に乗せた。
嫁が迷惑を掛けてすみません。
翌日、王都から村に戻る人の為に王都の船着場で待機していると、アリー様が老人2人を連れてやって来た。エステルちゃんとアンナさんも居る。
「この人達を王都まで連れて行って欲しい。アンナは飛んで行くけど、私とエステルも乗せてね」
アリー様が満面の笑みで仕事を依頼する。
あの表情はこの前見たやつだ。
わかりました、また最速で走りますね。
アリー様は競艇でこの船よりも速い舟を操船しているのに、この船を気に入ってくれたようだ。
自分で操船するのとはまた違った楽しさがあるとかなんとか。
俺はこの後村へ帰る人の送迎を先輩の船に任せて、アリー様達を船へと招いた。
あ、ローザリンデ様達の船賃は男爵家が持つ事になっていましたが、この老人達の船賃はどうしましょうか?
そうですか、じゃあ今回は初回の為無料ってことで。
それでは、出発します。
男爵に怒られた。
眼鏡をしている方の老人が村に着いた後男爵に苦情を言ったらしい。
あの人は最高速で走る船の上でもの凄く怖がっていたからな。
ローザリンデ様の従者よりもひどかった。
それでも船賃は無料にしたし、他の同乗者は皆楽しんでいたんだから、我慢してくれればいいのにな。
はい、すみません。
次からは同乗者全員の許可を取って行います。
いいえ、ローザリンデ様の時は加速していません。はい、ローザリンデ様に確認して頂いても構いません。
眼鏡の老人が村から帰る時、普通の速度でとの脅迫にも似たお願いを受けて、望み通り通常の速度で走った。
同乗するもう一人の老人は不満そうにしていたが、これ以上男爵を怒らせる事は出来ないので我慢してもらおう。
ローザリンデ様達が村に帰る時、約束通り最高速で船を走らせた。
従者の老人も今回は覚悟を出来ていたようで、風を楽しむ余裕が出来たようだ。
皆、笑顔で船を降りてくれた。
うん、俺はいい仕事をした。
雇い主には内緒だけど、客人には喜んでもらった。
これからもこっそりと乗客を楽しませよう。
でも、嫁には自慢しなきゃな。
今度こそ、よくやったと褒めてくれるはずだ。




