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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第2幕 フリーエン傭兵団
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新造船の出番

 何とか新造船をぶつけて壊すことなく乗っていたある日、男爵が声を掛けて来た。

 何か有ったんでしょうか。

 預けて頂いた新造船はとんだじゃじゃ馬ですが何とか乗りこなしていますよ。


「話は聞いているかもしれないが、3月3日に侯爵夫人が村へ来ることになった」


 ああ、聞いてますよ。初めての来客ですよね、おめでとうございます。これで観光収入が得られますね。


「いや、そうじゃないんだ。来客と言うか招客と言うか。こちらが滞在費を全て払って招く形だから損しかない。これ以降に薬草の売り上げが伸びるとゲオルグに説得されて渋々納得したが、まあそれはもういいんだ。その来客は当日の朝、船に乗って村に来る手筈になっている。君の船にも乗るだろう。いいか、絶対に失礼の無いようにな。事故なんてもってのほかだぞ」


 男爵がいつになく真剣な顔で詰め寄って来る。

 だいたいいつもは腰が低くヘラヘラとしていて、貴族としての威厳をかけらも感じさせないタイプの人なのに。

 俺はそういう雰囲気の男爵を好ましく思っている。威張り腐った貴族にはなるべく関わりたくない。


 だから、そういう真面目な感じは苦手なんですよね。


「真面目にもなるさ。南方伯の不興を買ったら男爵家なんて軽く捻り潰されるんだからな。薬草販売によって男爵家も大分軌道に乗って来た。ここで勢いを衰えさせるわけにはいかないんだ。だから、よろしく頼むな」


 男爵が俺の右手を両手でしっかりと握り懇願して来る。


 そこまでの熱意を向けられたら俺だって悪い気はしない。期待にはしっかりと応えます、安心してください。


 ホッとした様子の男爵を見送った俺は、急いで村の仲間達に相談した。誰か貴族との喋り方を教えてくれ。




「それではローザリンデ様とお子様達と従者のお1人、残りの従者とコンラート様とクレメンスさんに分かれて乗船して頂きます。お好きな方の船にお乗りください」


 3月3日午前8時。普段より早く村を出て王都に到着した俺は、南方辺境伯爵夫人御一行を出迎えた。

 名前を間違えて失礼にならないよう予習は完璧だ。

 事前に打ち合わせをしたクレメンスさんからはそこまで気を張らなくても大丈夫だと言ってもらったが、それを鵜呑みにしてはいけない。

 本音と建前を使い分けるのが貴族だから注意しろと団長から教えられているからな。俺の中では団長の意見は絶対だ。男爵と比べても、まあそれは時と場合によるな。


 クレメンスさんとの打ち合わせ通り、俺の船にはローザリンデ様達4人が乗船した。

 俺としてはクレメンスさん達に是非とも乗って欲しかったんだが、新しい船をローザリンデ様に見てもらいたいという男爵の意見が採用されてしまった。覚悟はしていたが目の前で逃げ道を塞がれると流石にがっくりと来るな。


「綺麗な船ですね。大事にされているのが伝わってきます」


 船に乗り込んだローザリンデ様が嬉しい事を言ってくれる。

 病気のせいで塞ぎ込んでいたと聞いているが、一目見ただけではそう思えない程輝かしい笑顔を向けてくれた。

 俺はうちの嫁みたいにもうちょっと肉付きが良い女が好きだが、細身とはいえ美人に褒められると悪い気はしない。昨日村の皆の手を借りて一生懸命掃除した甲斐があるってもんだ。




 全員の乗船を確認してゆっくりと慎重に船を離岸させる。


 普段は王都から村まで2時間を切る速度で走り抜ける。この前試してみたら、加速装置を上手く使う事で1時間半ほどまで短縮することが出来た。


 だが今回は安全面を考慮してゆっくりと進む。おおよそ2時間半の船旅の予定だ。乗船前に乗り物酔いの薬も飲んでもらっているから、時間が掛かる分には大丈夫だろう。


 速度を上げて風を感じるのも楽しいんだけどな。乗り慣れて来るとあれが病み付きになる。この前乗せたアリー様もゲオルグ様も大はしゃぎだった。まあ男爵の顔を立てて速度は上げないけどな。




 ローザリンデ様の2人のお子様が変わらぬ景色に飽きてきたようだ。


 王都内を移動している時は良かった。ゆっくり流れる街並みをぼーっと眺めているだけでも楽しい。

 だが王都を出ると景色は麦畑ばかり。偶に他の船とすれ違うくらいで代わり映えはしない。

 俺も子供だったら飽きる自信はある。まだ半分も過ぎてないが、もう少し我慢してくれ。




 もう限界だ。まだ幼い方の子が泣き出してローザリンデ様を困らせている。上の方の子はまだ我慢しているが、それでも不満そうな顔を隠そうとはしなくなった。


 俺も我慢の限界。もうこれ以上この沈んだ雰囲気には耐えられない。


 男爵、すみません。俺には無理でした。もはやクビになる覚悟は出来ています。

 嫁もごめんな。今度は農業でもなんでもしっかり働くよ。


「変わらぬ船旅に皆様も退屈なされていると思います。ですので、もし皆様がこれからの事を内緒にして頂けるのなら、少し速度を上げて雰囲気を変えたいと考えておりますが、如何でしょうか」




 俺は周りに他の船が居ないのを確認して、暫くの間速度を上げて川を疾走した。

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