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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第2幕 フリーエン傭兵団
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新造船の船頭

 ついに念願の高速船を手に入れたぞ。


「自分の船って、それは男爵家所有の船だろ。操船する権利を与えてもらった、が正確な表現じゃないかねぇ。それに新しい船と対面するのは明日なんだろ、気が早すぎるよ」


 相変わらず口煩い嫁が俺の気持ちを萎えさせる。

 折角船が完成したという喜びを2人で分かち合おうと思ったのに。俺だってついさっき先輩から聞いたばかりなんだからな。

 ここは、良くやった、これからも頑張ってねと言って優しくキスをしてくれる場面じゃないのか?


「はいはい、ヨクヤッタ、コレカラモガンバッテネ、ちゅっ」


 ま、まあ言い方は気に食わないけど、ほっぺたに当った唇は柔らかかったから許してやろう。でも本当は唇と唇が良かったぞ。


「人の目が有るのにそんなこと出来ないよ。それよりも明日からが本番なんだろ。安全運転で操船しなよ。今みたいにぺちゃくちゃ喋って適当に操船してたらダメなんだからな」


 はいはい、大丈夫ですよ。もう何回この経路を走ったと思ってんだ。今なら目を瞑ってでも操船できるからな。ね、先輩。




 ダメだ。全く理解出来ない。どうしてこんなに仕様を変更してるんだ?


「いいかい、ぼーっとして聞いてなかったようだからもう1回言うよ。前の船より全体的な出力は上がって旋回性能も向上している。それから、ここのボタンを押すと水魔法が追加で発動して船を加速させる。こっちのボタンは金属魔法によって船首に大きな槍が作られる。最後にこのボタンは草木魔法によって船の側面が伸びて屋根を作る。後で全部試した方が良いぞ。3つとも魔石が独立していて、その魔石に込められた魔力が枯渇するまでは動き続けるからな。魔力残量は数値化してここに表示されるから、船外機の魔石と共に魔力が切れないよう常に注意しておけよ。」


 造船所の代表を務める魚人族のダニエラさんが新しい船の仕様を説明してくれているが全く耳に入って来ない。


 なんなんだ。なんなんだこの船は。男爵はこの船を使って何処かと戦争でもしようとしているのか?


 ダニエラさんが俺の疑問に答えてくれた。

 設計士の妹さんが調子に乗って色々と発案した結果らしい。

 色々無茶な設計だったと言うが、それを可能にする凄腕の魔導具製造者と、潤沢な資金の結果出来たのがこの怪物だという。


 何が凄腕だ。何処の誰がこんなバカな魔導具を作ったんだよ。村と王都を行き来する為の船だろうが。金属魔法の槍だなんて何に使うんだよ。ほんとバカじゃないか。


 そうだ、せっかく新しい船なんだから俺より先輩が操船した方が良いんじゃないですか?

 俺は乗り慣れた中古船の方で満足ですから。


「いや、俺はこれから更に2人の操船技術者を育てる必要があるから、船は代われないんだ。新人には簡単で無害な船で操船を教えないとダメだからな」


 ってことはこの船は複雑で有害な船って事ですか?

 ちょっとやめてくださいよ。ずっと今日の日を楽しみにしていたのになんて事を言うんですか。


「ダニエラさんも言っていたように、ちょっとだけ出力が増して、ちょっとだけ舵が効きすぎるようになっただけだから心配するな。いつものように慎重に操船していたら問題無いよ」


 わかりました。俺も男です。腹はくくりました。この船をしっかり乗りこなしてみせます。

 そのかわり、今日1日はこの船の練習に付き合ってください。明日の朝の送迎は新しい船だぞって嫁に啖呵を切って今日出て来たんです。乗りこなせてないとまたバカにされます。よろしくお願いします。




「へえ、見てのお楽しみだなんて言って焦らすからどんな姿形かと思ったけど、前の船とほとんど同じなんだね。船尾に変な箱が増えたぐらいか。ちょっと期待外れだけど、乗り慣れた船と同じで良かったじゃないか」


 休み明けの嫁が王都の診療所へ行くために俺の新しい船に乗っている。柔和な笑みで話しかけてくる嫁に応えたい。やったよ、と抱きついて喜びを分かち合いたい。


 でも今はダメだ。話しかけないでくれ。船着場との離着岸が一番危ないんだ。


 集中、集中。加速は少しずつ、舵は切り過ぎず。ゆっくり、慌てず、確実に。


 ふう、なんとか無事に離岸したな。先に離岸した先輩とは随分離されてしまったが。


「お、おい。大丈夫か?先輩の船から随分と遅れてるけど。安全運転にしろよとは言ったけど、定刻までに王都に到着しないのは困るんだからな」


 ふふふ、離岸が終わればこっちのもんよ。しばらくは男爵家が作った直線の水路だ。ここはさっそく秘密兵器を使わせてもらう。

 視界良好、前方に船無し。最大船速にて、発進。


「わ、わ、ちょ、はやす、わわ、わあああああ」




 はあ、はあ。っど、どうだ、俺の新しい船は。あっという間に先輩の船に追いついたぞ。まだまだ秘密兵器が搭載されていて、有事にも対応出来るんだからな。


「あ、あんたねえ。こんな乱暴な操船で喜んでる場合じゃないでしょ。今度王都から辺境伯の奥方を招くって村で噂になってるのを知らないのかい。伯爵夫人を乗せてこんな操船をやったらどうなるか。頼むから夫人を怒らせて首が飛ぶなんてことにはならないでよ」


 何時も口煩く文句ばかり言う嫁の目には涙が溜まっていた。


 きっと船が速過ぎて怖かったんだな。操船している俺も怖くて泣きそうになってるからな。

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