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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第2幕 フリーエン傭兵団
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診療所の助手

「なあ、診療所の仕事、誰かに代わってもらえないかな。お前が家に居ないのが寂しくて仕方ないんだが」


 診療所での忙しい5日間を終え、うつらうつらとしながら2時間弱の船移動で村に帰って来た妻は、夫の言葉を聞いてがっくりと肩を落とした。


「あのね、それはもう何度も話し合ったでしょ。これは恩を受けた男爵家の為、村に住む人達の為だって。あなたも納得したよね」


「納得したけど、その時はこんなに寂しくなるなって思わなかったんだから仕方ないじゃないか」


 男爵家が募集した仕事に行きたいと相談した時、いいよ、行って来いよと即答して送り出したくせに。

 少し短慮で調子の良い事を言うのは夫の悪い癖だった。調子の良い事を言って笑わせてくれる夫の事を妻は好ましく思っていたが、大事な話をする時もこの調子なのは少し残念に思っていた。


「はぁ。この村に定住する前、あなた達が仕事で集落を離れている時、私達がどんな思いで集落を護っていたか漸く分かったの?」


「うぐ、それを言われると。ならせめて、5日おきじゃなくてもう少し頻繁に戻ってこれないのか?」


「1か月も2か月も出て行って帰って来なかった人に言われたくない」


「それは仕事だったんだから仕方ないだろ」


「私も男爵家に頼まれた大切な仕事で外に出ているの。しっかり働いてニコル先生から給料を頂いているのよ。男爵家からも、今後村の経済を回す大切な外貨になるから頑張ってほしいと言われているし、遣り甲斐のある大切な仕事なの」


「しかしだなぁ」


「もう、うるさい。疲れて帰って来ているのに毎回毎回。これ以上ぐだぐだ文句を言うのなら休みの日も王都で暮らすことにしますからね」


 日が沈んで暫く経った頃、男爵家が治める村の一角では夫婦喧嘩が行われていた。


 帰って来た妻と入れ替わりに、夫は夜間警備の仕事をする為家を出た。夫は、真っ暗な空を見上げ大きく溜息をついて歩き出す。村に住むようになってやっと2人の時間が増えたと喜んでいたのに。妻が王都での仕事に立候補した時にもっとちゃんと考えておけばよかったと後悔している。


 他の団員の子供達は可愛いし、新たに妊娠が発覚した家庭もある。子供好きの夫は早く自分の子もと思っていたが、妻が帰って来る度に喧嘩をしている様では夫の願いが果たされるのは当分先になるだろう。




「そんなことがあったんですね。すみません気が付かなくて。仕事、他の人に代わってもらいますか?」


 夫婦喧嘩をした妻は村から王都へ出勤する朝、川船に同乗した男爵家の長男に事情を話した。休暇はゆっくり休めましたかとの質問に答えた形だが、ちょっと過剰に喋り過ぎたかなと妻は後悔した。


「大丈夫ですよ。どこの家庭が担当しても同じ結果です。皆夫婦が離れ離れになるのは嫌ですからね。それに私は最近漸く診療所の仕事の遣り甲斐が分かって来たところなんです。夫は自分がやってる警備の仕事がつまらないものだから、羨ましがっているんですよ。夫の事は無視して構わないので、私から仕事を奪わないんでください」


 頭を下げて懇願する妻の言葉を聞いて、男爵家の長男はぶつぶつと考え事を始めた。


「仕事を気に入ってくれたのは良いんだけど、夫婦仲が悪くなるのは良くない。離婚にまで発展する前に何とかしないと。休みを増やしてもらうか、毎日村から出勤するようにするか。でも診療所は夜間まで忙しいから毎日夕方に仕事を切り上げるわけにもいかないか。朝は良いんだけどなあ。ニコルさんに相談して早番と遅番で分けてもらうとか。でも雇ってもらうのですらニコルさんに頼み込んで何とか雇ってもらったんだから、更にシフトまでこちらの願い通りに何て言ったら凄く怒られそうだ。ニコルさんには出来るだけ迷惑を掛けない形にしたい。そうなると旦那の方を何とかするべきか。何か理由を付けて王都で仕事するようにしたら改善するかも。でも何の仕事をさせるか、それが問題だな」


 ぼそぼそと聞こえるか聞こえないかといった声で独り言を言う男爵家の長男に、妻はぎょっとした。驚いた様子の妻に対して、長男にいつも付き従っている少女が、いつもの事なので気にしないでくださいと声を掛ける。


 船を操る船頭もいつものことだと笑っていた。




 夫婦喧嘩後5日間働き、村へと帰る為に診療所を早退した妻は、男爵家が川船を係留している船着場へと足を向けた。


「おう、時間ぴったりだな。今日の乗船予定はお前だけだから、さっさと乗り込め」


「見習いが偉そうに。つい数日前に始めた仕事でしょ。恥ずかしいから他の人にはそんな言い方しないでよね」


「大丈夫大丈夫。お前の同僚にも男爵家の人達にもちゃんと対応しているよ。ね、先輩」


 夫から先輩と呼ばれた魚人族の船頭は、若干苦笑いをして答えた。

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