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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第2幕 フリーエン傭兵団
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画家の人生

 ストラオス王国南方のある地方を領地に持つ侯爵の家に産まれた僕は、魔法が苦手だった。

 貴族の家に産まれた男子が火魔法しか使えないなど許されない時代だった。

 小さな子供の頃から父や祖父による厳しい訓練を受けた。他の4人の子供達は出来るのにどうしてお前は出来ないんだといつも怒られていた。6歳までは王都の侯爵邸で暮らしていたが、魔力検査後は遠方の領地から出る事を許可されなかった。


 歳の離れた長兄はブラウ川流域戦に領民を率いて参戦し、一定の戦果を挙げて戻って来た。次期侯爵家当主は長兄だと皆納得している。

 姉は母と共に僕に優しくしてくれる存在だったが、学校を卒業してすぐ嫁に行ってしまった。僕が大人になった後に何度か会いに行ったことがあるが、可愛い女の子を産んで幸せそうだった。

 次兄とはよく喧嘩をしていた。あまりいい思い出は無いけど、今は恩人だと思っている。

 妹にはいつも見縊られていた。魔法の才能に優れた妹があっという間に色々な魔法を使えるようになったからだ。父と祖父は妹と僕を比較して妹を常に褒めていた。たぶんそのせいで性格が捻じ曲がったんじゃないかと思う。もうほとんど会う事も無くなったから関係ないけど。


 僕は魔法の他に剣も勉強も嫌いだったけど、絵を描く事は好きだった。

 父と祖父、そして妹に隠れてよく絵を描いていた。姉と母はその絵を見て褒めてくれた。長兄は見て見ぬふりをして、次兄は剣を持てと言ってきた。次兄との喧嘩の原因はだいたいそれだった。


 王都の学校に通う年齢になった時、僕は侯爵家の性を名乗ることは許されず、平民として学校の寮に入った。何とか学校に通えるように取り計らってくれた母には感謝しかない。

 同時期に学校に通っていた次兄からは剣の稽古に頻繁に誘われた。嫌々稽古に参加してはいつもボコボコにされていた。左腕や両足はいつも怪我をしていた。

 次兄が卒業したのと入れ替わりに妹が入学して来た。一度挨拶をしたら二度と話しかけるなと返されたので、それ以降はお互いに無視をして生活していた。次兄と一緒の時よりは遥かに快適な日々だった。


 学校に通った5年間は毎日絵を描いて過ごした。勉強も運動も中の下くらいを維持して、出来るだけ絵を描く時間に充てた。父にも祖父にも遠慮せず、次兄が卒業してからは更に引き籠って絵を描き続けた。このままいくと良い所に就職出来ないぞと教師から言われたが、就職する気は無かった。


 学校を卒業してしばらくは国内を回って絵を描いた。描いた絵を売ってその日の生活費に充てる生活だった。毎日の食費にも困る大変な日々だったけど、楽しい日々だった。


 放浪生活を続けて数年後、次兄が僕の泊まっている宿を訪ねてきた。姉から僕の居所を聞いて来たらしい。姉にはちょくちょく季節の絵葉書を送っていたからそれで解ったんだろう。


 数年ぶりに会った次兄は今、王城で役人として働いているそうだ。あの剣が得意で乱暴な次兄がねぇと思ったが口には出さないでおいた。流石にいい大人になってまで兄弟喧嘩をするつもりはない。


「俺の友人の子供が今年誕生祭なんだ。格安でその家族の絵を描いてくれないか?」


 なんと用件は絵の依頼だった。次兄は僕が絵を描く事を嫌がっていると思っていた。


「俺はお前が絵を描くのを止めさせようとしたことは一度も無い。家の中に引き籠るより剣を振って体を動かした方が良いと思ったから稽古に誘っていただけだ。その証拠に、稽古でお前の右手を攻撃したことは一度も無かったはずだ」


 そうだったかな。もう随分と昔の事だから忘れてしまった。

 でもいい機会だから久しぶりに王都へ行くことを決めた。侯爵家で暮らす父や祖父には会いたくなかったから避けていたけど、久しぶりに母には会いたい。

 僕は次兄と金銭面の交渉を行い、次兄の言い値よりは高い金額で依頼を受けた。




 あれから何年経っただろう。当時誕生祭に参加して絵を描いた子が今年学校に入学しているから8年か?


 祖父が死に、父が引退して長兄が侯爵を継いだ。母は王都の侯爵邸を長兄の嫁に譲り、父と共に領地で暮らしている。長兄とは次兄を介して偶に会っている。

 次兄はまだお城で働いている。割と上の方に出世しているらしいが、結婚せずに他人の子供の事ばかり考えている。その度に格安で僕に仕事を依頼するのはいい加減止めて欲しい。せめて相場で依頼して欲しい。

 姉には2人目の子供が産まれて更に幸せそうだった。何時でも絵を描きに行くから読んで欲しいと伝えている。

 妹の事は知らない。


 僕は今、1つの村に住む住民達の絵を描いている。100人以上の絵を描く事になるが問題無い。この仕事を依頼して来た子は面白い子だ。此処でしっかりと仕事を熟しておくと、きっとまた面白い仕事を頼んでくれるはずだ。


 僕が画家として名が売れ始めたのは次兄のお蔭。初めて貴族家からの依頼で絵を描いて、その絵が評価を受けた。

 その貴族家の子が面白い子だった。魔法が使えない子だった。魔力検査の結果は国中に広まっている。でも、周りから愛されていた。魔法が絶対に必要な時代では無くなったんだ。


 羨ましい。僕もこの子より後に産まれていたら、魔法が苦手な事を責められなかっただろうか。


 おそらく侯爵家の一員として暮らしているだろう。でも自由に絵を描く事は出来なかったかもしれない。面白い絵本にも出会えなかったかもしれない。


 僕はこれからも絵を描き続けたい。貴族じゃなくても家族と会えなくても、僕は絵の道を進むと決めたんだ。

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