少女の願い
8月は暑い季節でした。
北の国で暮らしていた頃、暑い季節になると北の涼しい山で生活し、寒い季節になるとあまり雪が降らない南の森まで移動していました。
なので、ここまで暑い夏を過ごすのは生まれて初めてです。薬草達も暑さに参っているように思います。
「暑いからと言って水のやり過ぎは根腐れの原因だよ。表面が少し乾いた地面でも薬草達は頑張って根を伸ばして生きようとするからね。温室内は涼しい風も吹かせてあるから、水はとりあえず3日1回でいいよ」
温室内で一部管理を任せてもらった薬草達に水を与えているとエステルさんから注意を受けてしまいました。小さな範囲ですが折角育てている薬草達を枯らせてしまうところでした。危ない危ない。
ですが、ゲオルグ様が買って来てくれた薬草学の本にはその情報は書かれていませんでした。もっと詳しく育て方を書いてある本があるのなら読んで勉強したいですね。
暑いと言えば、ゲオルグ様が考え出した水筒がとても便利です。魔力を込めると水が溜まるだけでは無く、水筒の蓋に魔力を込めると水を冷やしてくれる優れものです。母からはあまり体を冷やすのも良くないと言われますが、飲み込んだ冷たい水が火照った体に浸み込むのはとても気持ちが良いです。
それともう1つ、冷蔵庫と名付けられた食料保管庫が各家庭に配られました。今まで食料は生のまま長期間保存が出来ない物だと思っていましたが、これの中に入れておくと長期間保存出来るようになりました。長期間と言っても1年も2年もという事ではないそうですが、それでも便利です。
でも私は長期間の保存よりも他に、この冷蔵庫を頂いた事をとても嬉しく思っています。それは冷蔵庫で冷やされた果物を食べる事がとても好きだからです。今までは常温のまま食べていましたが、この冷たい果物を食べると病み付きになってしまいました。母は常温の方が甘く感じると言っていましたが、私にはその違いがよく分かりません。分かるのは、これで夏の暑さを乗り越えられるということです。
ゲオルグ様は涼を取る方法としてプールと呼ばれる施設も作ってくれました。こちらは溜められた水の中で泳ぐ為の施設です。池や水路で良いのではと思いましたが、船も来るし足がつかない所で泳ぐのは危ないからと水深の浅いプールと深いプールの2つが作られました。泳げない子供は浅いプールで泳ぎ、泳ぎに慣れた子供も大人と一緒に深いプールに入るよう注意を受けました。魚人族とは違って私達は水の中では呼吸が出来ませんからね。
子供達は自由時間を使って毎日プールで泳いでいます。当初は泳げなかった子も8月が終わる頃にはスイスイ泳ぐようになりました。
私は魔法の授業中に此処のプールを使っています。泳ぐのも目的ですが、水の操作に慣れる為です。私は来年の3月に王都で魔力検査というものを受ける事になっています。私の故郷にはそういう検査は有りませんでしたが、子供達の努力の成果を披露出来る大切な日なので是非参加して欲しいとゲオルグ様から言われました。魔力量を測定する測定試験と、魔法を駆使して的を攻撃する技能試験があるらしく、技能試験の方はどんな魔法でもいいが個性的な方が評価は高まると教わっています。
私は、草木魔法を使いたい、と主張しました。
父や母からは使い慣れた火や土魔法で演技を考えた方が良いと言われましたが、話を聞きつけたアリー先生とゲオルグ様は私の主張に賛同してくれました。
私はマリー先生に習って7月中に金属魔法を使えるようになり、8月は水魔法を練習しています。水魔法を使い熟せるようになると、いよいよ次は草木魔法です。草木魔法を覚える為には草木の生態を知ることが近道だとのゲオルグ様の提案で、エステルさんが温室の管理を少し任せてくれたのはとても嬉しかったです。
出来れば年内には草木魔法を使えるようになりたいと思っています。魔法を覚えた後の為に、毎夜毎夜どういう演出をして的を攻撃しようかと考えています。花弁や葉っぱを飛ばして的を撃ち落とすとか、蔓や根を伸ばして的を貫くとか。アリー先生やエステルさんが披露してくれた草木魔法を思い出しながら、自分ならどうするかと考えるのがとても楽しいんです。
暑い8月が漸く過ぎ去り、少しずつ冷たい物が要らなくなってきたかなと思い始めた頃、村で誕生祭が行われました。私も2歳の時にこのお祭りを経験していたらとても喜んだでしょう。可愛いドレスに美味しい食事。父と母が私の為に考えてくれた贈呈品。それに画家さんが描いた家族の絵まで。羨ましいと思ってはいけないとは思いますが、やはり羨ましいです。今年2歳になった子供達よ、贈呈品は一生大切にするんですよ。私も果物が生る苗木が欲しいと父に言ってみましょうか。
ゲオルグ様の配慮で、誕生祭で祝われた子供達以外の家族も、画家さんに家族絵を描いてもらえる事になったみたいなので、父へのおねだりは止めておきましょう。




