団長の焦り
ヴァルターは子供達と一緒に競艇を観戦する為にボーデンを訪れていた。
今度こそ妻も一緒にと企んで出発直前までヴァルターが参加することは黙っていたが、他の団員経由で妻の耳に入り、今回も家族枠はヴァルターが使う事になってしまった。不貞腐れた子供をなだめるのに苦労した。
今回は馬車ではなく船旅。村で競艇用の小型舟は乗っているが、多くの人が乗れる川船に子供達は興奮していた。
青天の下、風を切って進む川船は気持ちよく、水面は夏の日差しを反射してキラキラと輝いて見えた。
しかし、川上に向かって魔導具の力で登って行く川船は結構揺れる。大人子供問わず乗り慣れない舟に船酔いする人が続出した。
「はい、ちょっと苦いけどこれを飲んで。エステル先生直伝の船酔いの薬です。気分がすっきりしますよ」
船酔いでぐったりしている人達に甲斐甲斐しく薬を配っているのはアヒムの娘だ。最近温室に通って薬草の勉強をしていると聞いている。昔から年少の子供達の面倒をよく見る優しい子だった。ヴァルターの息子も良く懐いている。頼りになるなぁと思いながら、ヴァルターは薬を受け取っていた。
馬車よりはかなり早かったが3日かけてボーデンへと到着した。毎日薬を貰っていたヴァルターは時間が掛かっても馬車旅の方が良かったなと後悔した。
ボーデンは王都の武闘大会にも負けないくらいの賑わいを見せていた。
到着したのは日が暮れかけた夕方だったが、立ち並ぶ屋台に興奮した子供達を抑えられず、少しの間屋台巡りを楽しんだ。
翌日の競艇予選会は滞りなく行われた。
精一杯声を出して応援していた子供達は、アリーが予選2位になった事に落胆した様子だったが、その後、決勝進出の報告を受けた時は大いに盛り上がった。
皆アリーの優勝は確実だなと口々に噂した。賭博屋での評価は決勝進出6隻の中で2番手だったけどな。1番は地元である公爵の舟だ。身内びいきは何処でも一緒だなと思い、ヴァルターは公爵の勝舟投票券も念の為に購入した。
競艇最終日、決勝戦はその日の午後に行われるため午前中は3班に分かれてボーデンの街中を巡り歩いて屋台料理を堪能した。複数の味を楽しむために1つの料理を小分けにして皆で食べた。屋台の店主はあまり良い顔をしなかったが、食が細い子供達を楽しませる為には仕方のない事だとヴァルターは店主に心の中で謝罪している。
この国では一般的な料理かも知れないが北の国では珍しい物ばかりで、新しい味に出会える事が楽しかった。
その中で1つだけ、ヴァルターの舌にも馴染んでいる味があった。
リンゴンベリーのソースだ。
生まれ育った村の近くにある森でも自生していたその実は、ヴァルターは子供の頃によくおやつとして食べていた。村を出てからはまったく口にしていなかったその味を懐かしく思い、子供達にも食べさせた。リンゴンベリーソースを出す屋台の隣で買ったソーセージの味が苦手な子には、ベリーソースの料理をもう一度買って、それのソースを付けて与えた。ソーセージの味は正直ヴァルターも苦手だった。
同じ村出身の妻にもベリーソースを食べさせてあげたくて、ヴァルターは店主に頼み込んでソースだけを売ってもらった。容器は街中にあった雑貨屋さんでガラス瓶を購入した。容器代は結構高かったけど、妻の喜ぶ顔が見れるとヴァルターは喜んだ。
街中に備え付けられていたベンチを使ってちょくちょく休憩しながら食べ歩きを楽しんでいると、1人の子供がお腹が痛いと訴え始めた。だらだらと冷や汗を垂らす子供を見たヴァルターはその子をベンチに寝かせ、飛行魔法が使える団員にアヒムの娘を呼んでくるよう伝えた。アヒムの娘ならエステルの薬を持っている可能性がある。そして別の団員には診療所を探させた。
一向に容体が改善しない子供をそろそろどこか涼しい場所へ移動させようかと考えていると、朝別れた他の2班が合流してきた。よかった、これでなんとかなるかもしれない。
「団長すみません。娘が持って来ていた薬はこちらで使い切ってしまいました」
合流してすぐ、アヒムがヴァルターに謝罪した。念の為にと持って来ていた腹痛の薬は全て使ってしまったと。
そうこうしているうちに、ヴァルターが率いていた他の子供達も腹痛を訴えるようになった。もちろん、ヴァルターの息子も。
これはもう待ってはいられない。ヴァルターは腹痛に苦しみ始めた息子を抱え上げ街の診療所へ移動することにした。が、ちょうど診療所を探して帰って来た団員が無慈悲な報告をヴァルターに伝えた。
「診療所に行列が出来ている?」
どうやらヴァルター達だけでは無く、他の人々も腹痛に苦しんでいるらしい。
これは、毒か?
街中の毒がばら撒かれたのか?それとも口にした屋台の何かが腐っていたのか?
しかしどうする。行列に並ぶか?
他に何か有効な手は無いのかと焦っているヴァルターに、アヒムの娘が声を掛けた。
「おそらくもうエステル様がアリー様の応援に来ているはずですので、そちらを探すべきだと思います」
確かに。エステルならアイテムボックスのリュックを持ち歩くだろうから村の倉庫から薬を取り出せる可能性がある。
ヴァルターは息子にもう少し頑張れよと声を掛け、団員達にエステルを探すよう指示を出した。




