団長の冀望
武闘大会を混乱させようとした犯人はあっけなく捕まった。行方不明になっていたゲオルグは競技場と繋がっている冒険者ギルドの地下、過去は独房として使われ現在は書庫になっている場所で保護された。職員の多くが競技場の方へ目を向けている隙をついて、赤毛の偽職員に其処へ連れて行かれ閉じ込められたようだ。
発見されたゲオルグに大人しくしていないからですよとマリーは冷たい言葉を投げかけるが、誰よりも心配していたマリーの本音がそれとは異なることをヴァルターはよく分かっていた。
「ここで甘やかしたらまたすぐ事件に首を突っ込むので」
そろそろ許してやったらとヴァルターが言ってもマリーは考えを変えない。母親であるマルテはこの事に関しては我関せずだ。子供達の事は子供達に任せておけば良いと言われたが、王子を助けようと行動したゲオルグの気持ちを考えると、ヴァルターは二人を放っておくことが出来なかった。
翌朝、村に帰るヴァルター達を見送りに来たゲオルグは、昨日の落ち込んだ姿が鳴りを潜め、どこかスッキリとした表情をしていた。ゲオルグに対するマリーの接し方も昨日のような棘が無くなり、普段通りの関係を取り戻しているように見える。
話を聞くと、昨日の武闘大会後第三王子と話しているうちに元気を取り戻したようだ。友人と話をすることで力をもらえる事ってあるよな、とヴァルターも自己の体験からその感情の変化は理解出来た。
昨日はマリーの異変を感じ取って子供達も近寄らないようにしていたが、今日は話しかけたり抱きついたりと、昨日の憂さを晴らすようにじゃれ合ってる。特にマリーがこのまま王都に残ると知った時は、多くの子供がそれを嫌がっていた。
「ゲオルグ様がまた無茶をしないよう私が助けないといけないの。数日後には村に行くから、そのときはまたいっぱい遊ぼうね」
優しく子供達を諭しているマリーを見て、俺も昔は良く女の子に助けてもらっていたな、とヴァルターは自分の子供時代を思い返していた。
ヴァルター達傭兵団員はゲオルグ達と別れ、子供達を連れて数台の馬車に乗り込み王都の北門へ向かった。馬車には子供達と一緒に選んだ家族へのお土産の他に、王都で仕入れた食料や衣類雑貨等日用品を乗せている。
一部は辛い目にもあったが楽しかった休暇はこれで終わり。村に戻れはまた農作業と魔法の練習の日々が待っている。
北門での出都手続きを終えて街道を進んでいると、ヴァルターは一昨日王都にやって来た時とは様子が異なる事に目が行った。
街道のあちらこちらに人が居て、何やら作業をしている。その人達が手に持っている道具には見覚えがあった。村を作る時にヴルツェルの建設部隊が使用していた測量の為の道具だ。王都を出てまだ15分も経っていない。道以外には田畑が広がる農業地帯のこんな場所に、新しく村でも作るのだろうかとヴァルターは疑問に思った。
「この辺りに休憩出来る場所があると随分楽になりますね。一昨日王都に来た時は随分と混み合って手続きを待たされましたから。子供達がゆっくり休憩して時間を潰せる場所があれば私達もあんなに苦労はしなかったでしょう」
ヴァルターと一緒の馬車に同乗していた団員がそう感想を漏らす。
確かに王都に来た時は随分と待たされた。遅々として進まない馬車に我慢の限界に達した子供達。訓練された大人でもイライラする混雑っぷりに辟易としたものだ。此処に村とまでは言わないが簡単な休憩所が出来れば、祭り等が行われる時の利用者はかなりの数に上るだろう。誰だか知らないがなかなか面白い所に目を付けた物だと、ヴァルターは感心していた。
村では変わらない日常が待っていた。ヴァルター達は農業と林業に勤しみ、子供達は魔法教室と剣術稽古に励んだ。剣士の部優勝者のジークが2日遅れで村に帰って来ると、子供達はジークの話を聞きたがった。ヴァルターの2歳になる息子も、ジークに憧れたようでどこかで拾ってきたらしい枝を家の中で振り回して母親に注意されている。
「良い剣術の師匠も見つかったし、あんたみたいに立派な剣士になってくれると嬉しいね」
遊び疲れて眠っている息子の寝顔を覗き込みながら、ウラはヴァルターに話しかけた。自分が子供の時とは違って魔法を習得する手段が見つかったため、ヴァルターとしては魔法の腕を磨いてほしかった。しかし妻の笑顔を崩さないように、ヴァルターは自分の考えを一時的に封印している。
ヴァルターは息子が武闘大会混合の部で活躍することを夢見ながら、そっと息子を抱き上げてベッドまで運んで行った。




