団長の我慢
観客席を離れたヴァルターは部下1人を連れて実況席へと向かった。
念のために大会開催前に競技場内の構造を確認しておいてよかった。ヴァルターは迷うことなく一直線に実況席まで到着した。
「なるほど。ゲオルグがそんなことを。俺はすぐに対応した方が良いと思うが、クルトさんはどう思いますか?」
ヴァルターから話を聞いた男爵は隣に座っていたギルド職員に話をふる。クルトと呼ばれたその職員は実況の手を止めて自分の考えを口にした。
「ゲオルグ君が赤毛のギルド職員に伝えたと伺いましたが、3月に1人退職して以来、現在の職員に赤毛の者は居ません。おそらくその職員は偽物で、話は誰にも伝わってないでしょう。すぐにギルドマスターへ報告するべきです」
クルトは自身を補助する為に控えていた部下に指示し、自分は実況に戻った。クルトの視線の先ではジークが対戦相手の獣人族を圧倒し始め、剣士の部は終わりを迎えようとしていた。
ヴァルターはギルド職員の先導で実況席を離れて貴賓席へと足を向けた。
貴賓席の扉の前でヴァルターは待機し、ギルド職員のみが貴賓席へ入って行った。この扉の向こうではギルドマスターの他に王族や公爵、他国の王族関係者も観戦している為、安全を考慮してのことだ。ヴァルターとその部下は暫く扉の前で話が終わるのを待っていた。待っている間に大きな歓声が聞こえて来たことから、剣士の部の決着が付いたんだなとヴァルターは気付いた。
「毒を盛る密談と、赤毛の偽職員と、まためんどくさい話を持ち込みやがって。お前は大人しくしていられないのか」
貴賓席から出て来たギルドマスターがヴァルター達に文句を言ったが、そんなこと言われても困るとヴァルターは内心毒づいた。
「とりあえず国の方にも話を通して、3つの決勝戦が終わってから褒賞を渡すように急遽変更した。赤髪の偽職員も部下を派遣して探しに行かせる。後はこちらに任せてお前達は席に戻っていろ」
武闘大会を主催する者の意地なのか面子なのか、ギルドマスターはこれ以上関わるなとヴァルター達に伝えた。それに対し、ヴァルターは1つの懸念材料を話した。
「その話を聞いた男爵家の息子がもう一度観客席を出て行って以来帰って来ていないんだ。探しに行くのを許可して欲しい」
「ダメだ。これから俺の部下を動かす時に一々お前達の風貌を伝えるのは面倒だ。お前達に人を貸す余裕も無い。ある程度対応の目途が付いたら人をやるから、俺の部下に不審者として捕らえられる前にクルトの部下と一緒に客席に帰れ。子供を見つけたら保護するようには伝えておく」
そう言うとギルドマスターは貴賓席に帰って行った。入れ替わりに出て来たクルトの部下と一緒に、ヴァルター達は渋々客席へと戻って行った。
「それでノコノコと帰って来たんですか。役に立たない人達ですね」
観客席に戻って来たヴァルター達にマリーが辛辣な言葉を投げかけた。
「そうは言ってもギルドマスターに邪魔だと言われたらどうしようもない。1人でひょっこり帰って来るかもしれないし、今は状況が変わるのを待とう」
「そんな悠長なことを言って、ゲオルグ様が亡くなってしまったら責任は誰が取るんですか」
宥めようとするヴァルターにマリーが食って掛かる。母親のマルテがマリーに言葉を掛ける事で漸く牙を引っ込めて席に座ったが、普段見せない荒れ方に子供達もぎょっとしていた。
ヴァルターもゲオルグの事を心配していない訳ではない。事件解決の邪魔にならないよう動かず耐える事も大事なんだとマリーに伝えて、ヴァルターは自分の席に着いた。
隣に座っていた息子から、まりーせんせぇをいじめた、と怒られたが、ヴァルターは素直に謝る事しか出来なかった。
魔導師の部が終わり、混合の部の決着が付こうとしている頃、女性のギルド職員がヴァルター達の元を訪れた。
「赤毛の偽職員は捕まりました。競技場を抜け出したところを待ち構えていたギルド職員に捕縛されました。案の定3月に職員を退職した人間でした。制服等を返却していなかったみたいで、それを着込んで闘技場に入り込んだようです」
ギルド職員の報告を聞いていると混合の部も試合が終わり、これから各決勝参加者の表彰が行われる。
6人の決勝参加者が一列に並び、そこに目録を持った第一王子が現れた。どの試合も面白い試合だったと賞賛の言葉を述べると共に目録を、後ろから現れたギルドマスターに手渡した。ギルドマスターが剣士の部参加者から順に目録を手渡し始めて魔導師の部に差し掛かった頃、顔色が可笑しい1人の若者がそこに居た。
「どうやら彼が毒を盛ろうとした実行犯の様ですね。分かり易い態度で助かります。ではマリーちゃん、ゲオルグ君を迎えに行きましょうか。居場所の目途は付いていますから」
ギルド職員がマリーを連れて観客席を離れた同じ頃、1人の若者が抵抗することなくギルドマスターに連れられて会場を後にした。




