団長の息子
ヴァルターはぐったりと疲れた様子で、子供達を引率して王都に来ていた。
明後日に開催される武闘大会を傭兵団の子供達にも楽しんでもらいたいと言う男爵家の配慮で王都に来ることになったが、村を無人にして傭兵団全員で来るわけにはいかない。壮絶な話し合いの結果、ヴァルターを含めて3人の団員が子供達を引率している。
1歳、2歳の子供達には両親のどちらかがついて来ることになったため、ヴァルターが話し合いに参加した事を他の団員達は不満に思ったが、両親枠は妻に取られていたから仕方ないんだとヴァルターは主張した。
「部下からの恨みを買ってまで観戦したいのかねぇ」
一緒に王都へ行けることになったと妻に報告したヴァルターは、妻の冷めた意見にがっくりと肩を落とした。
結局妻が参加を辞退して他の部下が加わる事になったが、息子には妻が居ないことに泣かれてしまい散々な思いをしていた。
王都への入都手続きを待つ馬車の行列に団員達は辟易とさせられたが、ヴァルターは息子の機嫌を取り直そうと苦慮していた。
王都では男爵邸とマルテの家に分かれて寝泊まりした。ヴァルター達大人と子供の組は男爵邸に、他の子供達はマルテの家だ。
男爵邸の各部屋を案内された子供達は、綺麗な調度品や大きな絵画に見惚れていた。ヴァルターの息子も初めて見る物ばかりで驚いている。
ヴァルターは以前応接室に入った時から、壁に掛けられている絵画を気に入っていた。男爵家家族が描かれている絵画で、誕生祭の祝福時に描いてもらった物だと聞いている。息子にもこういう物を残してあげたいとヴァルターは密かに思っていた。
武闘大会開催の前日から王都はお祭り騒ぎだった。王都の大通りには屋台が立ち並び、数多くの人でごった返していた。
ヴァルター達も王都内を散策し、祭りの雰囲気を楽しんだ。これよりも誕生祭の方が凄いと聞いた時には信じられない思いだった。
母親の為にお土産を買おうとする息子の姿に成長を感じてヴァルターは何でも買ってやろうとしたが、部下に怒られていた。ヴァルターが無駄遣いをしないよう妻から目付を頼まれていたようだ。お土産は1つだけだよと息子に伝えるとまた不機嫌になってしまい、ヴァルターは心が折れそうになっている。
武闘大会はマルテや男爵家の子供達と合流し、男爵家が用意した一般観客席に陣取った。ヴァルターは隣に座る息子の為に売り子から飲み物を買って手渡した。一応これくらいは良いだろと部下に確認をして。
武闘大会は先ず模擬試合から始まった。男爵家の長女アリーが第一王子と対戦する。子供達からアリーに向かって声援が飛ぶ。ヴァルターの息子もアリーの姿を見て喜んでいる。村に来てから毎日遊んでもらっている為か、あっという間に懐いてしまった。父親である自分と再会した時よりも喜んでいる姿を見てヴァルターは複雑な心境になっている。
模擬試合はアリーの勝利で終わった。ここ最近団員達と訓練して土人形の扱いが格段に上達した成果だろう。土人形を投げ込む奇策は失敗したが、伏兵の配置と動かすタイミングは見事だった。今日ここには来られなかったが伏兵を提案した団員も喜ぶことだろう。良い見上げ話が出来たとヴァルターは喜んだ。
模擬試合の後武闘大会本戦が始まったが、試合が進むたびにヴァルターは参加しなくてよかったと心から思うようになった。
男爵家のジークは圧倒的な力を見せて勝ち進んでいるが、他の参加者も良い動きをしている。まだ若い青年も勝ち進んでいて、彼らにすら負ける可能性があるとヴァルターは思っていた。もう少し息子が成長した時に、お父さんなら勝てる?、と聞かれたらどう答えて逃げようかと、ヴァルターは今から考えていた。
決勝戦前の休憩時間を使って演武を行っている踊り子達にヴァルターが見惚れていると、マリーがマルテとヴァルターに話があると近寄って来た。
内容を要約すると、ゲオルグが決勝戦の舞台で毒が使われるという話を聞き、決勝戦後に褒賞を手渡す役を担った第一王子が狙われるかもしれない、と言う話だった。
「私は帰って来ないゲオルグ様を探しに行きたいのですが」
そう主張するマリーをヴァルターを押し留めた。
「マリーちゃんとマルテさんには子供達の事を護っていて欲しい。犯人が複数いる可能性がある以上、観客席にも危険が及ぶかもしれない。かと言って今ここで観客を逃がそうとしても大混乱になるだけだ。子供達を静かに護りながら、大会を無事に終わらせる必要がある。とりあえず俺ともう一人の団員が席を離れて、ゲオルグ様を探しながら解説席に座っている男爵に話をして来る。男爵からギルドマスターや王族に話をしてもらって、第一王子の役目を変えてもらおう。では、息子の事をよろしく頼む」
ヴァルターは決勝戦で自在に動き回るジークに見惚れている息子の頭を軽く撫でた後、部下1人を連れて観客席を離れた。




