ウラの溜息
フリーエン傭兵団団長の妻ウラは、ストラオス王国との国境にある街を見張らせていた団員からの報告を聞いて、漸くかと溜息をついた。
団長達傭兵団の実働部隊が集落を離れてストラオス王国に入ったのが約3か月前。3月に一度部隊の人間が1人帰って来たが、貯蓄していた金銭や薬の一部を持ってまた出て行った。それ以来国境の通行が禁止されてしまい、団長達がどうなっているかもわからなかった。
それが今、漸く国境の通行が一部解禁になると言う報告を聞いた。ウラはすぐにその団員に幾許かの金銭ともう一人の団員を付けて国境の街へと戻した。
集落に残っている人達では稼ぎが少なく、まだ借金をするほどではないがウラ達の蓄えも日に日に削られている。それでも団長達の情報を得る為にはストラオス王国側の国境守備兵に金銭を握らせる必要がある。なるべく話が分かる兵士に当ってくれよとウラは祈っていた。
「そうか、いい兵士が国境に居て良かった。旦那達はまだストラオス王国に居るんだな?」
国境から1人で引き返してきた団員の話を聞いて、ウラは安堵した。まずは居場所が特定出来ただけで良し。後10日も経過すれば国境交通が完全に解放されるという話もある。そうなればきっと帰って来るだろう。離れ離れになった団員の妻や子供達を漸く安心させることが出来るとウラは喜んでいた。
報告をした団員はまたすぐに集落を出て行った。走り続けて疲れた馬を乗り換え、団員は休むことなく出発した。
「ストラオス王国で村を作って其処に住んでいる?」
もう一度帰って来た団員の言っていることをウラはすぐには信じられなかった。何がどうなってそうなったのか、まさかそこで新しい女と暮らしているのではないかと思ったウラの表情を見て、報告した団員は慌てて言葉を追加した。
「はあ、私達にもその村に来いというのは分かったが、無料で衣食住を提供し、子供達の教育もやってくれる。そんな美味い話があるのか?」
ウラの問いに、団員も分からないと言うしかなかった。兵士の仲介でストラオス王国側の国境に来ていた団員と会えて話を聞くことは出来たが、その時から団員自身も信じ切ってはいなかった。
「まあそれを議論していても仕方ないか。よし、行こう。すぐに引っ越しの準備だ。今晩中に片づけを済ませて、明日早朝には国境に向けて出発するぞ」
ウラの決断によって集落全体は行動を開始した。元々この傭兵団は何処かに定住するということはなくテントに似た移動式住居で生活し、依頼が無い場合は山や森で狩猟や採集をして暮らしていた。依頼を受けて実働部隊が集落を離れていても、すぐに住居を片付けて移動出来るよう訓練はやって来た。居残り組の団員や妻は子供を寝かしつけた後も出発の準備を続けていた。
数台の馬車に荷物を詰め込みんだウラ達は、国境に向けて出発した。2日かけて到着した国境を通過する時に検問を受けたが、今回は金銭を握らせることなく通過出来た。通過した側で待っていた実働部隊の団員に聞くと、村の領主である男爵が色々と手を回してくれた結果らしい。至れりつくせりの状況を不審に思っても、もう一度国境を超える事は出来ない。ウラ達は大人しく団員に先導され、村へ向けて出発した。
「お、お前達、飛行魔法を使えたのか?」
国境の街を抜けて街道を進む中、上空に飛び上がって周囲の警戒に動き出した実働部隊の団員達を見て、乗馬して馬車の周りを警護しているウラは驚きの声を上げた。確か団員の中で飛行魔法を使えたのは参謀のアヒムだけだったはず。この短期間に此処まで飛行魔法を習熟できるとは思えず、今まで隠していたのかとウラは疑った。
どうやら優秀な魔導師が居て、教師としても優秀らしい。今じゃ何人も飛行魔法が使えるようになっていると聞いたウラは全く信じられなかった。
「それほど優秀な教師が居るなら、きっと旦那も空を飛べるようになっているんだろうな」
絶対にそんなことは無いと思いながら笑い飛ばしたウラに、飛び回っている団員も同じく笑っていた。
「な、なんで、土魔法を」
国境を越えた数日後に村へ到着し、漸く団員達と合流出来て安心したウラに、出迎えた団長は自慢げに土魔法を使って見せた。子供の頃から火魔法しか使えなかった旦那が、子供でも使える土魔法とはいえ、別系統の魔法を使ったことにウラは腰を抜かすほど驚いた。
ウラが驚いたことに気を良くした団長は、もうすぐ2歳になる我が子に魔法を見せた。
普段からウラが使う魔法を見慣れている子供は、団長の土魔法にそれがどうしたと無反応だった。がっくりしていた旦那を見て可笑しくて笑ってしまったが、これからどんな生活が始まるのかとウラは不安に苛まれ、一度大きく溜息をついた。




