副団長の未来
リカルドが受ける衝撃は、人族の女の子が秘技を使ったことだけには止まらなかった。
獣人族のクロエが魔法の練習をしていることを知ったからだ。
新しい村では現在傭兵団員が魔法を習っている。近所の山林での仕事を楽にするためにと飛行魔法を男爵家から教わっている。
団長だけは飛行魔法を習う団員達と離れ、クロエと2人で金属魔法の練習を始めている。
魔法の練習と言っても、鎚を振るって金属を加工する鍛冶仕事を行っている。剣を作ったり、農具を作ったり、調理器具や食器を作ったり。
魔法を使えないリカルドでもこれが魔法の役に立つとは全く思えなかった。
「魔法を覚える為にはそれに関わる事柄を体験するのが一番なんです。リカルドさんも秘技を見たり聞いたり、御両親から殴られたりすることで、使えるようになっていったんじゃないんですか?」
ドワーフのソゾンと一緒に2人に魔法を教えている人族のマリーがリカルドにそう説明した。
リカルドは子供の頃を思い返した。確かに秘技を習う時は何度も父親から殴られていた。一緒に秘技を習う子供がおらず、父親との一対一で秘技を習う場面は、リカルドにとって嫌な思い出の1つだったが。
リカルドは仕事の傍ら、2人の鍛冶を見学した。日に日に鍛冶が上手くなっていく様子に感心させられたが、これが魔法とどう関係するのかは相変わらず理解出来なかった。
ただ、成人男性である団長が鎚を振るって金属を延ばすよりも、マリーが振るった一撃の方が効率良く金属を変形させているのを見ると、何か秘訣があるんだろうなとは感じていた。
ある日、男爵家のゲオルグがクロエにナイフの製造を依頼した。魔導具の製造に必要なナイフらしい。
本当は教師側のマリーに依頼した物だが、マリーの判断でクロエが製造を引き受ける事になった。リカルドが見ている限り、クロエはまだ1人で刃物を完成させたことが無い。鎚を振るって加工するのは上手くなってきたが、多少火を怖がっている様子が感じられる。炉の中で燃える業火を恐れるなと言うのは子供には酷な話だが、マリーも叱咤激励する為に依頼を渡したんだろうとリカルドは考えた。
クロエは依頼を受けたその日から更に熱を入れて鍛冶を行った。
どうやらゲオルグにとって取扱いやすいナイフの形状があるらしく、マリーの厳しい眼が光っていた。
クロエは団長が使う火魔法の助けも借りながら、2日間かけてナイフを作り上げた。
ゲオルグもそのナイフを見て満足したようで、2人が喜ぶ姿を見てリカルドも嬉しく思った。その後仕事をしろと団長に怒られたのには少しだけ反省した。
ナイフが完成した事を喜んだ束の間、クロエが金属魔法の練習を始めたと聞いてリカルドは現場を見に行った。
ちょうどクロエが金属魔法の言霊を発したばかりの所で、クロエが両目に涙を溜めている場面だった。
やはり獣人族が魔法を使う事は出来ないかとリカルドは落胆した。今更自分も魔法を使いたいとは思わないが、今後産まれてくる子供達が魔法を使いたいと思った時にそれを頭ごなしに諦めさせるのは忍びないと考えていたからだ。
「クロエ、大丈夫だよ。もう一回やろう。次はきっと出来るよ」
今にも泣きだしそうになっていたクロエを男爵家の才女が励ましている。アリーと呼ばれる少女の才能は傭兵団員も十二分に理解しているが、流石に今回はどうだろうか。魔法が使えないとされる獣人族に魔法を使わせるほどの力が、あの少女にあるとはリカルドも思えなかった。
もう一度、ゆっくりと、一言一句しっかりと意識しながらクロエは詠った。
その言葉に反応したのかクロエの左腕に付けていたブレスレットが白く輝く。
光が収まった左腕には先程より幅広く変形したブレスレットが存在していた。
中途半端な形に終わったが、クロエが金属魔法を使ったんだ。
鎚を振るって金属を延ばしたのではなく、魔法でブレスレットの形を変えたんだ。
リカルドは一緒に見学していた者に、他の団員達にも声を掛けて来るよう指示した。これは歴史に残る大事件になる。皆で見物し、皆で応援しようではないか。リカルドは子供達の未来を想像し、胸を高鳴らせていた。
もう何回目になるか分からない程、クロエは言霊を詠い続けた。日が落ちて暗くなっても、周囲で見守っている大人達ですら夕食を食べる事を忘れ、火魔法でクロエ達を照らしている。
リカルド達獣人族はクロエの行動に一喜一憂しながら声を出して応援した。
いつの間にか言霊の内容も覚えてしまい、クロエが詠うのに合わせてぽつぽつと声を出していた。
「さあ、クロエ。今日はこれで最後だよ。そろそろクロエの魔力も無くなりそうだからね。頑張ろう」
これで最後だとアリーがクロエに発破をかける。真剣な眼差しで詠う準備を始めたクロエに、皆が声援を送った。
「寒空に」
応援に力が入ったリカルドが、声を揃えて参加した。
「清らかな白、ひらり舞う」
音程が取れていないリカルドに釣られて、他の皆も声を上げてクロエの力になろうとする。
「我が身を護れ、其は拳なり」
最後の言霊は全員で声を揃えて合唱した。
「剛拳!」
皆の言葉に反応するように、クロエの左腕から激しい光が発せられた。
その日の夜、リカルドは1人で酒を呑んでいた。村に着いた当初に男爵家から提供された僅かな酒を引っ張り出し、ちびちびと味わっていた。
酒の肴は未来の夢。過去の自分を思い出し、現在の少女に感動し、未来の子供達に託した夢。
獣人族が魔法は使う。その、少年時代の自分が夢見た事柄が達成された瞬間を思い出し、リカルドは独り静かに涙で失った水分を補充していた。




