参謀の同調
シビルから薬を受け取ったアヒムは直ぐにでも団員の所へ飛んで行きたかったが、ドーラから提示された薬代の真意を計り兼ねて動けずにいた。
「そんなに不思議そうな顔をするんじゃないよ。言葉通りの意味さ。この条件を呑んでくれたら男爵に上手く話してやるよ。どうせギルドマスターと取引して内緒にしようとしたんだろうが、お前達のしたことはいずれ何かの拍子に男爵にも世間にもばれる。男爵家の足を引っ張りたい誰かがお前達を利用しようとする可能性だってある」
ドーラはアヒムにとって恐ろしい話を笑顔で話している。
「だからそうなる前に、こちらから男爵とリリーには話を通しておく。リリーから一発殴られるかもしれないがそれくらいは我慢しろ。男爵家の子供達を巻き込んだせいで、私だってリリーに本気の風魔法をぶち込まれるくらいには怒られたんだからな」
この“雷帝”とも対等に渡り合う“暴風”。“雷帝”の実力を知っていて軽々しく攻撃出来る人間が何人居るんだろうか。まだ会ったことが無い“暴風”に対する潜在的な恐怖心がアヒムを震え上がらせた。
「お前達が孫の代まで男爵家を裏切らずに仕えると明言したら、男爵家も無下には扱わないだろう。男爵家には信頼できる部下が手に入る。お前達は曾孫まで安定した生活が手に入る。私はどちらにも大きな恩を売れる。三方良しだろ」
「ちょ、ちょっと待ってください。どんどん次世代の子供達に影響が出ているんですが」
「はっはっは、ばれたか。まあせめて子を差し出すくらいは約束しておけ。言い方が悪いが子供達は人質だ。お前達が裏切らない為のな。しかし男爵家は子供達を教育するつもりがあるみたいだし、悪くないだろ。話に乗ってくれたら、絶対にお前達にも損はさせないぞ」
「分かりました。この薬で団員達が完治したら、すぐに皆を説得します」
今のアヒムにはそう言うしかなかった。ヴァルター達はなんと言うだろうか。子供達が安全に生活できるようになれば喜ぶだろうか。ギルドマスターと初めて面会して以降、3人の考えを共有する暇は無かった。
「じゃあ決まりだな。シビルの薬は絶対に効く。効かなかった場合は飲ませ方が悪かったんだ。出発前にもう一度シビルから投薬方法を確認しておけ。私は男爵邸に戻って簡単に話を付けておくから、そのまま王都を出立していいぞ。男爵家は明日、村建設へ動き出す。ギルド経由で村の場所は伝えさせる。私達も暫く村で過ごすからな。男爵邸に残っている2人の身が心配なら、なるべく早く村へ来るんだな」
アヒムに軽く脅しをかけたドーラはそのまま窓から宿を出て行った。ドーラの笑い声が聞こえなくなっても立ち尽くしたままだったアヒムは、シビルに揺すられて漸く体の筋肉が弛緩していくのを感じられた。
もう一度シビルと投薬内容を確認したアヒムは、少し気にかかっていたことをシビルに質問した。
「ドーラは面白がっているんだ。何を考えているのか分からない人間が2人も居るから。次は何をやってくれるんだろうってワクワクしているんだよ」
面白いから。それだけの理由でドーラは男爵家に肩入れしているとシビルは言う。2人とは男爵夫婦の事だろうか。男爵と会った感じではそんな風に思わなかったな、そうアヒムは出会いを振り返った。
「ぼーっとしてないで早く薬を持って行ってあげたら?」
シビルの声で我に返ったアヒムは、薬を作ってくれたシビルに深くお辞儀をして宿を後にした。
まだ夕暮れにもなっていない。今から飛んで行こう。今日中には国境の街にたどり着けないと思うが、ゆっくりしてはいられない。アヒムは薬を入れた肩掛け鞄をしっかりと抱え、先ずは出都手続きをするために北門へと急いだ。
ドーラの言葉通り、シビルの薬は劇的な効果を齎した。
毒が全身に回り明日も知れない重体になっていた団員が、翌日には手足を少し動かせるようになった。この団員が回復の兆しを見せた事で他の団員達も男爵家へ仕える決心を固めた。へとへとになって国境の街に着いたアヒムが薬を団員達に語った取引の内容を、皆が漸く飲み込むことにした。
そうと決めた団員達の行動は早かった。すぐさま宿を引き払い、国境の街を出立した。重体だった団員が何とか自力で立ち上がれるようになった頃には、男爵家が作っている村に到着した。
もう少しで村の様子が見えるといった所で栗色の髪の小さな女の子が飛んで来て火球を頭上に掲げた時は、アヒムも他の団員と共に肝を冷やした。その子の後ろからドーラが飛んで来ている事に気付いたアヒムは、急いで馬車を下りて敵じゃないことをアピールした。
いきなり攻撃を仕掛けてくる女の子の行動をドーラは面白がっていた。良く見ると男爵邸で会った女の子だ。シビルの言っていた何をするか分からない人物というのはこの子の事かと、アヒムはすぐに察した。
それからアヒムはヴァルターとリカルドにもドーラと交わした契約内容を伝え、男爵家の傘下に入る考えを共有した。そのことをドーラにも伝え、男爵も交えて今後の事を話しあった。
「これからもきっと、もっと面白くなるぞ」
村での生活がある程度安定し、ドーラ達が村を出て行く前に、アヒムは人族の女の子が秘技を使っているのを目撃した。唖然としているアヒムに、ドーラは笑って声を掛けた。
ドーラ達が居なくなった後も村の建設を手伝い、男爵家やヴルツェルから来た人達と交流していく中で、いつのまにかアヒムは氷結魔法と重力魔法を覚えていた。
アヒムは時折、ふとドーラの顔を思い出す。アヒムを追い詰めていた時の獰猛な笑顔とは違う優しい笑みを。アヒムは、ドーラが男爵家に肩入れする気持ちをとっくに理解していた。
男爵家には何をやるか分からない、しかし、面白い人間が2人いる。
アヒムはいずれこの村を訪れる家族にもこの話を伝えようと心に秘めていた。




