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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第2幕 フリーエン傭兵団
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参謀の表情

 王都の宿屋でドーラと対面したアヒムはすぐさま白旗を上げたが、無い袖は振れない。傭兵団の金銭状況を伝え、今出来る事は少ないとドーラに説明した。

 ベッドに腰掛けているドーラは笑みを崩さず、ゆっくりと足を組み替えながら、焦るアヒムの様子を眺めている。アヒムの話を聞いても同情することはなく、端からそんなことは理解しているといった態度だ。


「君達の現状はよく解ったが、だからと言って仲間を見捨てる事は出来ないんだろ。あの毒はゆっくりと死に向かう毒だ。シビルの薬が無いと、確実に助からないぞ」


 まだ倒れた団員の病状は話していない。もちろん、戦闘で毒を受けた事も。それなのにドーラが毒と断言する様子をアヒムは不振がった。

 もしかして傭兵団を襲撃してきた者達の中にドーラ達が居たのか、もしくはその者達に毒薬を提供したのか。そんな風に考えて、アヒムの顔は自然と強張って行った。


「そんなに険しい顔をしなさんな。君達を攻撃したのは私達では無い。寧ろ君達に攻撃された方だ。我々はあの日、王子を護ってあの村に居たんだから」


「なっ」


 想像していなかった言葉にアヒムは驚きを隠せなかった。その驚愕の顔を見たドーラは笑顔の色を強める。確実に獲物を捕らえた時に見せるドーラの表情を向けられたアヒムは、蛇に睨まれた蛙という言葉を体感した。

 “雷帝”と呼ばれる以前、ドーラに“蟒蛇”という異名が付けられたのは、大酒呑みだという点とは別に、この時に見せる表情が原因でもあることはあまり知られていない。


「せめて服装くらい変えて来るんだったな。私は人の名前を忘れても、攻撃して来た奴の事は忘れないんだ。あの火球は悪くなかったがもっと工夫しないと子供にも負けるぞ、と団長とか言う奴に伝えておけ」


 声に出して笑いながら自分達の失態をドーラに指摘されたアヒムは、もはや表情が変えられないほど顔が引き攣っているのを自覚した。アヒムが村を攻撃した時は団長と別の班を指揮していたが、団長からその時の話は詳しく聞いていた。遠距離から火魔法で何回か攻撃したが全て迎撃されてしまったと言う話。団長は火魔法を防いだ者を見ていないと言っていた。アヒムはそれを信じたが、向こうからは見られていたのか。薬代や宿代、食費に手持ちの資金を優先してしまい、服装に気を使わなかったことをアヒムは反省するしかなかった。


「火球攻撃の後暫くすると、別の集団が襲ってきた。そいつらがいくつか毒の武器を所有していたからな。まあ依頼主に裏切られたか、利用されそうになって逃げだしたんだろ?」


「そう、です」


「まあその集団は私達が返り討ちにしてやった。お前達は逃げられてよかったな。逃げてなきゃ今頃牢屋の中だ」


 アヒムは引き攣った顔のままで短い言葉を返すしか出来なかった。ドーラは相変わらず笑い続けている。


「さて、私達が無駄話をしている間に、シビルの薬は出来上がったみたいだぞ。ほれ、もってけ」


 いつのまにか部屋から居なくなっていたシビルが、コルクで蓋をされたガラス製の小さな瓶を2つ手に持って中身の説明をした。


「これは解毒剤。この瓶の中身をスプーン1杯ほど白湯に溶かして飲ませて。空腹時に1日2回。3日飲めばほぼ毒は消える。念のため症状が消えても5日は飲み続けて。1回に飲ませる量を増やしても、1日に3回以上飲ませても回復は早まらない。寧ろ副作用が出る可能性があるから過剰摂取は禁物。それから、日持ちしない薬だから6日目になったら残っていても中身は捨てて」


 急に淡々と説明されたアヒムは何とか混乱している頭を整理して、シビルの言葉を復唱した。スプーン1杯、白湯、1日2回、5日は飲んで残りは捨てる。


「多分重症の人は食事も出来ない状態だと思うけど、空腹時の方が薬の吸収効率が高まるから。ここ重要なところ」


 アヒムの復唱を聞いたシビルが抜けている点を指摘した。アヒムがもう一度内容を復唱するのを待って、シビルはもう一つのガラス瓶、緑色のやや粘度が高い流動物が入った小瓶を手渡した。


「こっちは栄養剤。1日4回飲ませて。こっちもスプーン1杯を白湯に溶いて。薬と同じ時間帯に飲ませるなら、薬が先でその後30分以上は開けて。もし味が苦手なら飲ませる時に砂糖を混ぜてもいい。こっちは5日分は無いと思うけど、出来るだけ長く飲ませて。途中で食事が出来るくらいに回復したら、少しずつ固形食と混ぜていって、最終的に普段の食事だけになるようにして」


 アヒムは栄養剤の方の説明も頭に叩き込んだ。青が薬、緑が栄養剤。身に付けていた肩掛け鞄に大事にしまい込みながら、どっちが薬か間違えないよう整理した。


「さて、その薬の販売価格についてだが」


 薬を鞄に仕舞ったアヒムの顔が漸く綻んだのを見て、ドーラが交渉を再開した。


「これから男爵家が作る村に傭兵団全員で定住しろ。お前達の子供の代が死ぬまでは男爵家を裏切るな。それが売値だ」


 膨大な額の金銭を要求されると思ったアヒムは耳を疑った。自分達だけでなく子供世代までも巻き込む提案をする理由を理解出来ず、アヒムの顔からは再び笑顔が消えてしまった。

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