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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第2幕 フリーエン傭兵団
32/58

参謀の絶望

 ボロボロと涙を流して喜ぶヴァルターの後ろで、アヒムはリカルドに目配せをした。


 ヴァルターは希望が見えた現状に換気しているが、アヒムは薬が手に入るまでは喜べないと思っていた。

 仲間が毒に罹って苦しんでいることはギルドマスターにも伝えていない。毒の事が男爵に知られたらどうして罹患したのかと疑惑を持たれるかもしれない。シビルはエルフ族の中でも有名なエルフだが、簡単に薬を作ってくれるかは分からないし、そもそも病状を伝えただけで薬を作れるのかも分からない。まさか団員の元まで診察に来てくれるなんてことは。


 涙を隠そうとしないヴァルターの事はリカルドに任せて、アヒムは今後の事を考えていた。


「あれは、なんですか?」


 アヒムはゲオルグと名乗った男爵家の少年に話しかけられた。ヴァルターの事を不審に思ったようだ。

 酒を呑ませろ呑ませないと周囲が見えないほど言い合いをしているギルドマスター達には気付かれていないようだが、蚊帳の外に居た少年には泣き続ける大人の男が異様に見えたに違いない。


 泣いて喜ぶよりも先ずはシビルに合わないと希望は見いだせない。そう考えたアヒムは、シビルを知っていると言うこの少年に手を貸してもらうと考えた。


「実はこの国に来て体調を崩した隊員が数人居まして、エルフの秘薬でもない限り治せないと街の医者から匙を投げられていたんです。まさかここでエルフの“神仙”に出会えるとは」


 嘘にはならない範囲でアヒムは現状を少年に伝えた。シビルというエルフが特別なエルフで有ることを強調し、だから嬉し泣きをしているのだと言外に意味を持たせた。


「エルフのシンセン?」


 なんだって?

 この国ではエルフの力が知られていないのか?

 北の国にはシビルの薬が貴族の命を救ったという話がある。その貴族が領民に人気の人物だっただけに、この話は国中に広まっている。

 それともこの少年に知識が無いだけか。アヒムは自分が知ってるシビルの事を少年に教えた。


「聞いたことありませんか。エルフ族の中でも特に薬学を得意とする人の呼び名です。シビルさんが作る回復薬と毒薬は、もの凄く効果があると言われているんですよ」


 毒薬という単語にぴくっと少年が反応した。少し喋り過ぎたかとアヒムは焦ったが、確かに薬は得意でしたねと少年が話を変えた事で胸を撫で下ろした。


「しかし、これで仲間達が助かる可能性が出て来ました。何とか治療費を支払えるよう頑張らないといけませんね」


 少し話過ぎた事を後悔したアヒムは話を切り上げた。それに対して、はあ、それは良かったですねとよく解っていないような反応を少年が示したが、後程シビルさんを紹介しますねと続けた事にアヒムは内心を隠して喜んだ。

 そのころにはヴァルターも涙を止めていて、アヒムと少年の会話を耳にしていた。アヒムがやってくれたとリカルドと共に喜ぶ傍ら、もう一人、話をしっかり聞いていた人物の存在をヴァルター達は気付いていなかった。




 アヒムは少年の後ろをついて歩いていた。ヴァルターとリカルドは応接室に残っている。宴会が始まるまで、男爵やギルドマスターと共に今後の事を話しあっている。アヒムも不振に思われないように話が終わるまでは応接室を出るつもりは無かったが、少年が男爵に話をして連れ出してくれた。どのように話したのかは聞こえなかったが、快く退室を許可してくれた男爵の表情を見るに悪い感情は抱いていないように思えた。


 応接室から出て暫く歩き、庭が見える廊下にやって来た。庭に植えられている植物を囲んで何やら話をしている集団が居た。栗色の髪の子共と黄緑色の髪の子供。2人とも長い髪を同じように纏めている。子供の髪質よりも黒に近い、深緑色の髪を持った大人が子供2人に話しかけている。緑系の髪色はエルフ族に多く見られる特徴だ。大人の方がシビルだろうとアヒムは認識した。


「シビルさんに薬を作って欲しいという人が居るんですけど」


 少年が廊下に設えられた大きな掃き出し窓を開けて声を掛けた。声に反応した集団がこちらに近づいてきたためアヒムは自己紹介をし、薬を作って欲しい旨を伝えた。


 話を聞いたシビルが案外簡単に薬の作製を承諾した事にアヒムは拍子抜けをした。

 話の流れで、これからすぐにシビル達が滞在している宿に戻って薬を作る事になった。まだ詳しい症状や金銭の話なども伝えていないのにどうしてとアヒムは思ったが、子供達にはまだ調薬を教えたくないから場所を変えて話の続きをするというシビルの主張に納得した。

 教えろと反発する子供達を残して、アヒム達は男爵邸を出発した。




「ようこそ、傭兵団の。ええっと、名前を忘れてしまった。まあ名前なんてどうでもいいか。毒の治療は高いぞ」


 王都にある宿の一室に入ると、そこには先程まで応接室で酒をせびっていた“雷帝”が待ち構えていた。アヒムが思いがけない人物の登場に驚いて後ずさりをしたところで誰かにぶつかった。後ろを振り返るとそこには獣人族の男性が笑顔で立ち塞がってた。逃げ場を失ったことを察したアヒムはこの中のリーダーであるドーラに何の真似だと毅然とした態度で問いかけた。


「何の真似だと言われても、他人に邪魔されることなく商売の話をする為だろ」


 不敵な笑みを浮かべてそう断言するドーラに完全に気圧され、ドーラの言いなりになるしかないのかとアヒムは絶望を隠せなかった。

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