団長の決断
フリーエン傭兵団の団長、ヴァルターは決断を迫られていた。
ストラオス王国に潜入し、ある村を襲撃するという依頼を受けていた傭兵団だったが、その依頼を放棄して傭兵団は逃げ出した。村を攻めている途中で背後から別の集団に襲撃された事が原因だった。
自分達の与り知らぬ所で何かが起こっている。そう察したヴァルターは退却を決断。二手に分かれての行動を指示し、戦場から離脱した。
後に傭兵団を襲った連中が王国の近衛師団に殲滅されたという情報を得て、ヴァルターは安堵することになる。あそこで無駄に抵抗していたら自分達もどうなっていたか。ヴァルターはまずは1つ、大きな決断を成功させていた。
二手に分かれた傭兵団は帰国するために北を目指した。ヴァルター達が逃げ出した方向には真っ直ぐ北へ進める街道が有った為、ほぼ無駄な行動をせず北へ向かう事が出来た。が、もう1つの集団はやや西寄りに逃げ出していた為ぐるっと大回りをして北へ向かう事になった。
2日後、事前に合流地点として指定していた村に先着したヴァルターは4人の部下を選抜した。そのうち2人を先に出国させ、祖国に残してきた傭兵団員との連絡役とした。残りの2人には周辺の街での情報収集を命じた。
村に到着して待つこと2日、漸く別れた集団と合流する事が出来た。しかし、少なくとも別働隊の彼らには、無事に合流出来た事を喜べる余裕を持ち合わせてはいなかった。
「襲撃によって負傷した4人のうち3人が毒を受けて命が危ない状況、か。ここまでの道中で薬は手に入らなかったんだな?」
ヴァルターの問いに答えたのは別働隊を率いていた副隊長で獣人族のリカルドだ。
「小さな村にたまたま往診に来ていた医者に診てもらったが、回復は難しいと言われた。王都にいるという凄腕の女医か、エルフ族なら治療出来るんじゃないかとの助言は頂いたが」
「馬車で王都に行くにはここからだと3日は掛かる。それに今王都方面へ近づくのは危ない」
せっかく逃げて来た南に戻って、もしまた謎の集団との戦闘になったら。
再び団員を危険に晒す事を嫌ったヴァルターは王都には向かわず、北の国境を目指す事を決断した。祖国に帰れば知り合いの医者も居るし、薬も手に入る。エルフ族を探すアテもある。ヴァルターは不慣れな土地よりも住み慣れた土地を選んだ。しかしその決断が間違っていたと分かるのは国境の街に着いた時だった。
「国境の全面閉鎖だと?」
「はっ。本日未明よりこちらから北の国への通行は禁止されています。数日後には北からこの国へ入る事も禁止されるでしょう」
情報収集を担当した1人からの報告を、国境の街に入った所で聞いたヴァルターは耳を疑った。東の国ならいざ知れず、ストラオス王国と北の国とは長らく友好関係にあり、この街の領主も役人も検問には不真面目だったからだ。
「第三王子誘拐未遂事件の犯人が北へ抜ける可能性があるとかで。北の国も事件への関与を否定する為に国境封鎖を受け入れたとか」
「いつのまにそんな事件が。いや、俺達が襲ったあの村が誘拐に関わっていたんだな。下手をすると俺達が誘拐犯にでっち上げられていたかもしれないということか」
自分達が受けた依頼の本当の意味に気付いたヴァルターは憤慨した。しかし、今はその事を深く追求している場合ではない。毒で苦しんでいる団員の治療を急がなければ。
「この国境の街にも優秀な医者は居るはずだ。医者を探して、解毒薬を買い集めるぞ。動ける物は短期の仕事を探せ。俺達も冒険者ギルドで仕事を探す、行くぞ副団長」
どうせ国境封鎖は長く続かない。
そう読んだヴァルターは国境の街から動かない事を決断した。しかし、息子の命を狙われた事に対する国王の怒りを、ヴァルターは甘く見ていた。
「封鎖が数ヶ月続くだと?」
「はっ。国境を護る兵士の話です。北の国にも話は広がっていて、国境を越えずに引き返す者も多くいました。どうするか迷いましたが、今日が通行可能な最終日でしたので我々もこちらに来る事に。祖国に残っている団員達から金銭や食料を預かって来ています」
祖国への連絡員として送り出した2人が漸く帰って来た。一方通行となっていた関所が完全に封鎖されるまで色々と手を尽くしていた彼らに、ヴァルターは心から感謝した。
街で医者は見つかったが仕事はなかなか見つからない。それはそうだ、何人もの人々がこの街で足止めを食らっている。引き返したくても引き返せない人も居る。数少ない短期雇いの仕事はその人達が奪い合いあっている。40人分の宿が取れただけでも幸運と言っていい。
だが、幸運はそう多く訪れない。この街に居た数人の医者は患者を見た途端首を横に振った。街中から掻き集めた解毒薬も効果が無い。毒に苦しんでいる者達は日に日にやつれていく。ヴァルターにはもう何度目か分からない決断の時が迫っていた。
「分かっている。王都に居るという凄腕の女医を探すしか無い。しかし、今王都に言って大丈夫なのか?」
情報収集を任せている者からは、謎の集団は捕まったが、近衛師団が未だ周囲の警戒に当たっているとの報告を受けている。さらに王都を出入りする人間も細かく取り調べているようだ。今は重要な目的も無く他国の人間が王都に入ることは難しいとの話も聞いた。
これでは医者を探す前に捕まってしまう可能性がある。その事が頭にこびりつき、ヴァルターはどうしても決断出来ないでいた。だが日を追うごとに毒は団員達を侵食していく。蓄えも残り少ない。せめて近衛師団の警戒が解けるまでは、ヴァルターはそう考えていた。
「ヴァル兄、冒険者ギルドで面白い情報を手に入れたぞ」
決断出来ないヴァルターに副団長のリカルドが声を荒げて1枚の紙を見せて来た。リカルドは2人きりの時は昔からの呼び方でヴァルターと接する。ヴァルターもリカルドからそう呼ばれるのは嫌いじゃ無かった。
「新村移住者急募。数日後に新しい村の建設を開始。建設開始時点から移住して来た者には暫くの間食料を無料で配給。また早期移住特典として6歳以下の子供達には無料で剣術と魔法を指南。詳しくは王都のフリーグ男爵邸まで」
リカルドが走り書きしたらしい汚い文字のメモに目を通すと、涙を浮かべたヴァルターはこれだと叫んでリカルドに抱き付いた。




