2人が本気で
「目が合っただけで魔法放ってくんなあああ」
ドーラがリリーに詰め寄って文句を言う。ハアハアと息を切らせているのは興奮しているからか、文句を言うため急いで近寄って来たからか。
「あれは子供達を危険に晒した罰よ。本気じゃなかったんだから、あれくらい受け止めなさいよ」
文句を言われたリリーは特に悪びれることなく返す。リリーの腕の中には、まだゲオルグが収まっている。
「お前はバカか。私が作った金剛壁を3枚も貫通したんだ。3枚だぞ。並の人間が食らったら即死するわ」
「あら、あの程度の魔法で3枚も貫通したんですか?腕が落ちたようですね、平和ボケですか?」
あえて丁寧な言葉を使い、殊更ゆっくりと喋り、笑顔でドーラを挑発する。
普段見せないリリーの姿に子供達は怯えている。特にゲオルグは逃げ出せないため恐怖は倍増だ。
「だったら本気で相手をしてもらおうじゃないか。いつでもかかって来いや」
「嫌です。私は大事な息子を愛でる事で忙しいんです。いい歳なのにふらふらしている独身おばさんの相手をする暇はないんです」
リリーは挑発を止めない。ゲオルグは、むきー、と言って怒る人を初めて見た。
「口でリリーに勝ったことは無いんだから諦めて。それよりも捕縛した人を運ぶか、怪我人を治療するか、火の手を消すか、何かしら手伝って」
ドーラとの戦闘で倒れた人達を捕縛しながら、シビルが2人の仲裁に入る。仲裁出来ていない気もするが。
「あ、私が火を消してくる」
逃げ出すようにアリーが飛んで行く。火災現場の上空から、シャワーのように水を撒き始めた。
「全員運んでくるから、ちょっと待ってろ」
ドーラが移動し、散らばって倒れている人達を回収していく。風魔法を使って器用に運んでいる。
クロエとアンナは、シビルから薬草を受け取って、怪我人を治療する。重要な証人なので生かしておかなければ。
「母さん、僕達も何かしないと」
抱きつかれたまま動けないゲオルグがリリーに訴える。
「人手は足りてるから大丈夫。ゆっくりしてて」
リリーに変わってシビルが答える。
今のリリーを動かさない方がいいと、目がゲオルグに伝えている。
シビルの考えをなんとなく理解出来たゲオルグは、抵抗を止めて抱かれることにした。
アリーが火を消して帰って来ると、ゲオルグはようやく解放された。代わりにアリーがリリーに抱かれている。
「シビルさん達は母さん達と知り合いだったんですか?」
ゲオルグがシビルに質問する。シビルは見える範囲の敵を全て捕らえ、休憩している。
「そう。ドーラと男爵が学生時代に同級生だったのがキッカケ」
「シビル、余計なことは話さないでね」
リリーが笑顔を崩さずシビルに警告している。
「ダメだって。両親の昔話は本人達に聞いて」
「なら話を変えます。シビルさんは本気の母さんに勝てますか?」
シビルは少し考えて答える。
「今は無理。リリーは風が得意、私は草木、相性は悪くない。けど、私の魔法は準備が大事。今はリリーの強力な風に対応できる植物を持って来てないから、負ける」
母様強い、とアリーがはしゃいでいる。リリーの機嫌も少し良くなったようだ。
「父さんと戦ったら?」
「勝てる」
シビルは即答した。そうねと納得するリリー。アリーはちょっと怒っている。
「男爵の得意魔法は土、草木とは相性が悪い。多少他の魔法を使って来たとしても、土以上の威力が出ない。何度やっても私が勝つ」
父様は怠け者だから仕方ないか、とアリーは酷評した。仕事が忙しくて新しい魔法を覚える暇がないのよ、とリリーが擁護する。
「じゃあ母さんとドーラさん、2人が本気で戦ったら?」
「私が勝つ」
2人の声が重なった。ドーラが帰って来たようだ。
「結婚して子育てして、最前線を離れていた奴に負けるわけないだろ」
「お生憎様、もう仕事に復帰しています。新魔法の研究も進んでるから、ドーラの知らない魔法を見せてあげるわ」
「あらら、子供を放っておいて仕事に。いつも一緒にいたら、こんな危険な事には巻き込まれなかったじゃないか?」
「くっ」
ドーラの言葉にリリーは反論出来ない。
先程から考えていたのか、ドーラはしてやったりという顔をしている。
「私は子供達を信用しているから王都内を自由に行動させているんです。今回も無事に帰って来た。いつまでも過保護にしていると成長しないでしょ」
「今回は、たまたま、私達が居たから、助かったんじゃない」
「ドーラ達じゃなくて普通の誘拐犯なら、アリーが負けるわけないわ」
そうだそうだ、とアリーが参戦する。腕の中から逃げ出せないから仕方ない。アリーは黙って見ていられる性格ではないのだから。
3人の舌戦は続く。ドーラは執拗に子供の世話について攻め立てている。リリーは過保護にし過ぎない事を軸に対応し、偶に独身者であるドーラにチクっと嫌味を言う。アリーは全面的にリリーを応援する形だ。
長い長い言い争いに耐えられなくなったゲオルグが剣を構える。
「呪縛」
バスコを捕らえた時と同じ魔法を使用する。
魔法剣に封じ込まれた魔力が、ゲオルグの懐に忍び込ませていた植物を成長させる。
標的は。
「わ、なんだ」
お喋りに気を取られていたドーラ。捕縛され、よろけて倒れ込んだ。
「すみませんドーラさん、そろそろ移動しないとダメだと思うんで、言い争いは止めてください」
ゲオルグがドーラに謝罪する。
「なんで私なんだよ、喧嘩売って来たのはリリーだろ。こんな植物、直ぐに切ってやる。っておいシビル、なんで魔力を送り込んでるんだ。それじゃ切れないだろ」
倒れたのを見たシビルは、スススっとドーラに近づき、巻き付いている植物に手をかざしている。
「私もゲオルグに賛成。喧嘩しないなら解いてあげる」
「だからなんで私なんだよ」
「リリーを縛っても、ドーラは止めないから」
シビルはドーラの仲間だが、部下ではない。対等な立場で発言し、暴走気味なドーラを止める仲間だ。
やーいやーい、と縛られたドーラを囃し立てるリリーとアリー。それをゲオルグとアンナが止めようとしている。
「おーい、ようやく近衛兵がやって来て、外の連中は捕まったぞ。こっちはもう終わってるか?兵を中に入れても大丈夫か?」
侵入口を見張っていたバスコが大声で近づいて来る。
縛られているドーラと子供達に抑えられているリリーの争いを見たバスコは困惑する。
「あの争いはまだ暫く終わらないと思いますが、戦闘は終わってます。兵隊さん達を呼んでも大丈夫です」
1人傍観していたクロエがバスコに対応する。
「そ、そうか。じゃあ呼んでくる。ああっと、名前は」
「クロエと言います。よろしくお願いしますバスコさん」
「よろしくなクロエ。お前、秘技が使えないんだろ?今度教えてやるよ」
そう言ってバスコは走り出した。
争いはまだまだ続いている。
クロエは無力な自分から解き放たれる事を夢見た。




