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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第1幕 大賢者の弟
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笑顔で風の刃

 リリーは怒っていた。

 自分の子供達を危険に晒されたのだから当然だろう。


 その怒りはまず最初に、夫である男爵へ向けられた。


 マルグリットからアリー達が誘拐されたと聞かされた時、リリーは直ぐに探しに行こうとした。すでに日が沈み捜索は困難な状況だが、リリーには関係無かった。


 男爵はマルグリットから詳しく話を聞き、ドーラ達の計画とかち合ってしまったことを理解し、リリーを説得する。

 リリーは男爵を攻撃することで怒りを抑えた。子供達に何かあったら、例え夫でも許さないと男爵に告げた。


 翌日、アリーが無事に帰って来た時は喜んだ。

 だが、まだゲオルグとクロエが残っている。あの子達は飛行出来ないから迎えに行かないと。


 その前に伝えておくことがある。


「よく頑張りました。娘を連れて来てくれてありがとう。安心しました」


 アリーに連れられて来た王子を優しく抱きしめる。

 この子が重い罪の意識を持たないように。

 あなたは悪くないと優しく伝える。


 王子の次はゲオルグだ。


「もう我慢しなくていいのよね?アリー、場所は覚えているでしょ。反撃に行くよ」


 男爵に告げ、アリーに案内を促す。


「大丈夫、こっち」


 アリーは疲れも見せず飛び出して行く。リリーはアリーの少し後ろをついて行く。もう1人、アンナもついて来た。


 瞬く間に王都を飛び出した3人は、北に向かって飛んで行く。




「おかしい、村を出た時はあんな植物無かった」


 アリーの案内で到着した場所には村の姿が見えず、代わりに何本もの植物が天高く伸びていた。

 飛行魔法で飛び越えられなくは無いが、植物の先端付近にある枝が近づく物をはたき落とそうと、ブンブン撓って動いている。


「シビルって言うエルフが居たでしょ。きっと彼女。防衛用に植物を生やしたのね」


 相変わらずおかしな魔法を使う。もっと効率良く出来るはずなのに、昔から自分の趣味を優先させるきらいがある。リリーはシビルのことを思い出して笑みをこぼした。


「燃やす?」


 アリーが首を傾げて聞いてくる。物騒な、誰に似たんだろう。


「植物が火に弱いのはシビルも分かってる。それなのに植物を壁にするのは何かしらの対策が出来ているから。いきなり風魔法で切断するのも怖いから、外周をぐるっと回って様子を見ましょう」


 リリーは南から西に向かって飛んでいく。

 しばらくは変化が見えず、西を通過し北側が見えてきた頃、植物に開けた穴から侵入しようとする一団を見つけた。

 リリー達には気づかず、侵入口に突撃しては弾かれている。誰かが侵入口に立ち塞がっているようだ。怪我人は後方に下がって治療を受け、入れ替わり立ち替わり攻めているが上手くいっていない。


「あの入口を通してもらいましょう」


 リリーはそう言って魔法を発動する。集団に当たらないよう気をつけて火球を数発放つ。

 侵入口に群がっていた者達は突然の攻撃に驚き逃げ惑った。

 逃げて出来た空間に、リリーは素早く降り立ち土魔法を使用。侵入口と自分を覆うように土壁を作り、集団が再び近寄ってくるのを阻害する。

 リリーが確保した空間に、アリーとアンナは難なく着地した。


「おう、リリーじゃないか。久しぶりだな」


 緊張感の無い言葉が、侵入口からリリーに向かって飛んで来る。


「久しぶりねバスコ。相変わらず無茶な戦い方してるわね」


 侵入口に向かって歩きながらリリーが答える。遠目に見てもバスコが傷を負っている様子はない。


「ここに立ってりゃ防御側が有利だ。ジークみたいな優秀な戦士があの連中には居ないようだからな。誰も通れないよ」


「私達は通っていいのかしら」


「ダメだ、ここは通さん。って言ってリリーと遣り合うのも楽しそうだが、せっかくリリーが壁を作ってくれたからな。壁が破壊されるまでゆっくり休んどくよ」


 そう言ってバスコは陣取っていた侵入口から出て道を開ける。

 途中アリーに近寄り、よくやったと褒めている。


 リリー達は侵入口を通過、村内に入った。


「シビルが罠を仕掛けてあるかも知れんから気をつけろよ」


 後方からバスコの声が聞こえる。

 リリー達は浮き上がった。植物系の罠は地中に隠され、そこの地面を踏みつけることで発動する場合が多いからだ。


 村の全体が見える辺りまで上昇する。村の一角が燃えている。


「見つけた」


 いち早くアリーがゲオルグ達を発見。火の手が上がっている家を避けながら、屋根伝いに移動している。


「うわあああ」


 叫び声が村内に響く。ゲオルグ達とは違う方向から聞こえた。

 リリー達は警戒しながら、ゲオルグが居る方へと飛んで行く。


 もう少しで合流できる。そんな時に、先程声が聞こえた方から轟音が響き渡り、巨大な竜巻が発生した。

 自然現象では珍しい大きさ、誰かが魔法で作った竜巻だ。竜巻に影響された風がこちらまで吹き荒れている。

 その竜巻は周囲の家屋を薙ぎ払い、更に膨れ上がろうとしている。


「もう、煩いわね」


 もうすぐ息子を抱きしめられるのに、邪魔をするな。イライラし始めたリリーが、右手を軽く横に振った。


 リリーの前方に小さな竜巻が発生、巨大な竜巻に向かって回転しながら飛んで行く。


「母様、あんな小さな物だと負けちゃうんじゃない?」


「大丈夫よ。あんな見た目だけの魔法に私の竜巻は負けないわ」


 アリーの疑問に、笑って答えるリリー。アンナも隣で、そうですよと相槌を打っている。


 小さな竜巻は徐々に回転数を上げ、凄まじい風切音と共に巨大な竜巻に突っ込む。

 ゴウゴウと音を立て渦巻く巨大竜巻と、ヒュヒュヒュと鋭く風切る小型竜巻の戦い。

 両者が衝突は一瞬の出来事。パンと小さな破裂音を残して、両竜巻は消え去った。


「すごい、消えた」


 アリーが興奮している。


「竜巻で攻撃する場合、重要なのは移動速度と回転数。広範囲に攻撃するなら大きくても良いけどね。大きいと速度と回転は遅くなるから、小型の方が有利なこともある。今みたいに綺麗に消滅させるためには技術がいるけど、回転方向を同じにするのが基本よ。今度アリーにもコツを教えてあげるわ」


 やった、と喜ぶアリーを連れてリリーはゲオルグの下へ降り立った。


「リリー、久しぶり」


 何やら魔法を使いながらリリーに短く話しかけるシビル。

 話しかけられたリリーは優しくゲオルグを抱擁している。


「お久しぶりシビル。また新しい植物を作ったみたいね」


「マチューには黙っててね。色々聞いてきて面倒だから」


「はいはい。下でバスコに会ったけど、ドーラはどこ?」


「あそこ。私が縛るまで倒した敵を監視してる」


 シビルがドーラの居る方向を伝える。

 リリーがその方向を見ると、こちらを見ていたドーラと目が合った。


 ドーラは瞬時に屈み、地面に両手をついて魔力を送り込む。

 リリーはドーラに向かって、笑顔で風の刃を叩き込んだ。

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