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大賢者の弟  作者: 山宗士心
第1幕 大賢者の弟
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風使いの実力

 おかしい。

 いつまでたっても風の刃の衝突音が消えない。

 それどころか音の質が変わった気がする。低音から高音に。


 風使いは攻撃を中断する。

 周囲を警戒し、自らを守るよう全方位に改めて風の刃を出現させる。


 後方では捕縛されていた仲間達が次々に解放され、こちらに走って来ている。


 風使いは呼吸を整えて眼前を見据える。

 ゆっくりと土埃が収まっていく。


 そこには土壁に変わって白色に輝く構造物、鋼による壁が聳え立っていた。




「金属魔法か」


 土壁の後ろに金属製の壁を仕込んでいたようだ。

 状況が分かった風使いは魔法を切り替える。

 硬い金属に風の刃は通り辛い。金属の重量も風に対して有利に働く。しかし、熱に弱い。


 風使いは魔力を込めて大きな火球を作っていく。

 一定の大きさになったら今度は内部の温度を上げていく。一撃で金属壁を破壊するつもりで魔力を練る。

 近寄って来た仲間達にも協力するよう指示する。村を覆う植物を攻撃した時と同じ要領でいく。火球で熱せられた植物は爆発したが、今回は金属、溶けるだけだ。


 仲間達の魔力を受け、そろそろ操作するのも難しくなって来た。火球の内部の温度は本人も分からない。

 風使いは気合を込めて、火球を金属壁に投げつける。

 風魔法よりはゆっくりと金属壁に向かって飛んで行き、壁の中心に衝突。ぶつかった衝撃によって、周囲に炎が飛び散る。

 多少小さくなりながらも金属を溶かし、止まることなく壁にめり込むように火球は進む。


 火球は見事に金属壁を貫通、その先にあった家屋を巻き込み炎上した。


 しかしドーラの姿が見えない。

 風使いは仲間2人に、中央に大穴が開いたまま立っている金属壁を、左右から回り込むように指示する。


 風使いは残った仲間達と周囲を警戒する。

 そろそろ魔力量も少なくなってきた。他の仲間はどうなっている。


 遠くで聞こえる声は最初に開けた侵入口か、まだ戦闘が続いているようだ。

 最初の爆発で被害を受けなかった優秀な魔導師はこちらに連れて来た。残った者達でまた別の侵入口を作ることは出来ないだろう。

 2度目に開けた侵入口は塞がったまま、土壁の破壊に手こずっている。あちらにも金属を仕込んでいるのかもしれない。

 そういえば内側から土壁を破壊しに行った奴はどうした?


 風使いが視線を外していたその時、金属壁を回り込んだ仲間の悲鳴が聞こえた。

 瞬時に風の刃を発動させて戦闘態勢に戻る。金属壁の陰に潜んでいるのか。他の仲間も同様に魔法を構える。


 静かだ。

 1度悲鳴が聞こえてからは変化がない。もう一度火魔法をぶつけようにも仲間を巻き込んでしまう。


「こっちだ」


 背後から聞こえた声に向かって、振り向きながら刃を放つ。

 刃はその先にあった土壁にめり込む。


 またか。随分と横に広く作ってあるが、どうせまた金属壁を仕込んでいるんだろう。


 新たな土壁に注意を払いながら、風使いは移動する。

 穴の開いた金属壁を見に行った仲間を助けに行く。まだ動けるようなら戦力になる。

 その後、全力で最初の侵入口を解放する。こちらも消耗している。防御ばかりする奴を相手にして時間も魔力も無駄に出来ない。


 風使い達は一団となって前方に進む。四方に注意を向けながらゆっくりと。


 最初に異変を察知したのは、先頭を行く仲間だった。


 前方から飛んで来た金属片を火魔法で迎撃する。

 小さなカケラだったが被弾する場所によっては致命傷になったかもしれない。

 ドーラはいつの間に前方へ移動したのか。前に後ろに忙しい奴だ。どうやっているのか分からないが移動速度だけは認めてやろう。

 前にドーラがいるなら仲間を助け、敵を攻撃するまで。風使いは次に戦闘に備え魔力を温存するため、前方からの攻撃は仲間に任せる。


 それから何度も金属片が飛んで来た。

 手当たり次第に射出しているのか狙いが甘い。避けられそうな物は避け、当たりそうな物は撃ち落とす。

 だが何度もやっていると、疲労の為か避けづらくなっていく。たまに先頭を入れ替えてゆっくり進んで行く。


 飛来する物は徐々に大きくなり、剣はまだしも、農業用の鍬や鋤まで飛んで来る。

 金属魔法というよりも風魔法を使って飛ばしているような印象を受ける。そう思えるくらい、雑多な物が飛んで来ていた。


 身体が重い。風使いは魔力の温存を止め、追風を発生させる。追風は前方へ進む手助けとなる。それでもなお一歩一歩が辛く感じる。


 何でこんなに苦労して前進しているのかわからなくなってきた。一旦立ち止まろうと歩みを緩めた時。


「うわあああああ」


 最後列に居た仲間が後方に吹き飛ばされた。

 強風で飛ばされたのではないと風使いは感じた。しかし何が起きているのかわからない。


「な、何かに引っ張られています」


 隣に居る仲間が風使いに異変を伝える。引っ張られないように踏ん張っている。

 風使いは追風の威力を強め、全員に届くよう範囲を広げる。


 風ではない、“雷帝”、金属魔法、飛来する金属、鍬、鋤。


「磁石だ。金属を外せ」


 異変の正体は磁力。だがこんなに強力な磁石が有るのか。


 風使いは漸く気づけたがもう遅い。

 手袋や靴には鉄板が仕込んである。ベルトの留め具も金属だし、金属製の武器を身につけている者もいる。

 装備は簡単に外れない。靴が簡単に脱げてしまっては激しい運動は出来ない。


 そうこうしているうちに、磁力はどんどん強くなる。

 もはや一歩も動けない。

 このままでは引き寄せられる。負けを悟った風使いは残った魔力を練り始める。


 仲間達が次々に引き寄せられる。

 風使いもよろけた仲間に当たって体勢を崩す。

 踏ん張りが利かず、ついに身体が浮き上がり、そのまま飛ばされて行く。

 飛ばされながらも渾身の魔力を振り絞り、魔法を発動する。


 巨大な竜巻が風使いを中心にして出現した。同時に、風使いは壁に激突する。

 幸い土壁に生やされていた植物が緩衝材となり即死は免れたが、どこかの骨は折れただろう。先に飛ばされ土壁に刺さっていた金属片が、身体を傷付ける。


 朦朧とした意識の中で、ドーラが風使いに近づいて来るのが見える。


「ふはは、この竜巻は止まらないぞ。俺も巻き込まれるから普段は使わない大技だ。だが捕まるくらいならこれで死ぬ。貴様も巻き込まれて死ね」


 何とかドーラに向かって嫌味を言う。

 満足した風使いは、最後に希望を託した竜巻を見上げた。


「ふはは、は?」


 笑って見上げていた竜巻が一気に霧散し、風使いは言葉を失う。


「ど、どうして」


 絞り出した言葉からは、先程の自信が感じられない。何が起こったのかわかっていないようなので、ドーラが説明してやる。


「あんたの竜巻と同じ威力の竜巻がぶつかって、消滅したんだよ」


「そんな、バカな。全く同じ威力になんて」


「この国には居るだろ、そんなバカなことを平然とやってのける嫌な奴が。風使いの実力に大きな差があったようだな。壁から降ろして、多少は治療するからちょっと黙ってろ」


 ドーラが話終わる前に、風使いは意識を失った。

 ドーラは電流を止めて電磁石の力を無くす。壁に捕まっていた者達が地面に落ちていく。宣言通り多少の回復薬を振りかけてやり、近くに捕縛用植物の種子を巻く。


 縛ってもらおうとシビルの方に目をやると、アレクサンドラと他2名が降り立つところだった。


「ほんとに、嫌な奴が来たな」


 その人物とはあまりいい思い出がないドーラは、どうやって逃げ出そうかと考えを巡らせる。

 シビルに近寄ったその人物がドーラの方を向き、ドーラと目が合う。嫌な予感がしたドーラはすぐさま魔法を発動した。

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