左の頬が痛い
「王子、着いたよ」
アレクサンドラさんの言葉に眼を開ける。地面に足が付いてホッとします。
家の庭のようです。安心した僕は地面に膝と両手をついてしまいました。情け無いですが、高速飛行は恐怖でした。
「アリー様」
メイド姿の女性が慌てた様子で近寄って来ました。予定通りフリーグ家に着いたようです。
「ただいま。今は時間がないから、父様を呼んで」
メイドへ端的に指示する姿がカッコいい。僕も見習いたいです。
「アリー様、無事で良かったです。馬車を途中まで追っていたんですが、王都を出たところで引き返して報告を優先しました。助けに行けず申し訳ありません」
獣人の少女がアレクサンドラさんに謝罪しています。
「大丈夫。マルグリットまで捕まらなくて良かった」
アレクサンドラさんがマルグリットさんに抱擁しています。大事な人なのでしょう。
「アリー、大丈夫だったか」
1人の男性がアレクサンドラさんに抱きつこうとして拒絶されています。この人が男爵でしょうか。
「マルグリットが見ていた犯人の特徴から、アリー達の騒動がドーラの計画と交わってしまったのがわかった。ドーラの計画が破綻しないよう、助けに行くと意気込むリリーを抑えるのに苦労したぞ。無事に戻れて良かった」
男爵さんの顔のは引っ掻き傷があります。リリーさんという人を抑えた時の傷でしょうか。
「私のことよりも、王子」
アレクサンドラさんに言われて前に出ます。
「フリーグ男爵、初めまして。僕はプフラオメ、第3王子です。僕の軽率な行動によって男爵の子供達を危険に晒してしまいました。申し訳ありません。しかしまだドーラさんやゲオルグさんが残されています。彼らを助けるために力を貸してください」
ドーラさんから預かった計画書を取り出して男爵に渡します。
計画書を受け取った男爵は素早く眼を通しました。
読み終わった計画書を僕に返して告げます。
「これから一緒に王に会いに行き、近衛兵を動かしてもらいます。根回しは済んでいるのですんなり行くと思います。が、その前に1つよろしいですか?歯を食いしばってください」
言われるがままに歯を食いしばると、平手が飛んで来た。左の頬が痛いです。
「これは子供達を心配した父親の怒りです。王子の身を案じている母君や父君の怒りも身体で受け止めて下さい」
男爵さんの平手も言葉も痛い。痛みを噛み締めていると女性が近づいてきました。
「では母親の思いも受け止めてください」
女性が右手を高く上げ、僕を叩くようです。
僕は痛みに堪えるよう眼を瞑って硬くなります。
振り下ろされた右手は、そっと僕の頭を包み、女性は僕を抱きしめてくれました。
「よく頑張りました。娘を連れて来てくれてありがとう。安心しました」
僕は何もしていませんとなんとか絞り出すしか出来ませんでした。
僕を抱きしめてくれた女性は笑っています。優しい笑顔です。
ゆっくりと僕を離して、男爵さんとアレクサンドラさんに話しかけました。
「もう我慢しなくていいのよね?アリー、場所は覚えているでしょ。反撃に行くよ」
声の調子が変わりました。ドーラさんと同じくらいの迫力を感じて、思わず息を飲んでしまいます。
「大丈夫、こっち」
アレクサンドラさんが飛び出します。さっきと同じ速度で。僕を抱えていない分、更に速いかもしれません。
続いて2人、飛び上がります。メイド服を着た女性と、僕を抱きしめてくれた女性。
3人とも凄い速さで見えなくなりました。
「さあこっちも急ごう。ぼやぼやしてると祭りに出遅れるよ」
男爵に引っ張られ立ち上がりました。いつのまにか尻餅をついていたみたいです。
男爵と僕、剣を持った男性の3人で馬車に乗り込みます。
これから父に話をしなければなりません。
心配させたことを謝って、約束を破ったことを謝って、謝らなきゃいけないことが沢山あります。
何から話せばいいんでしょうか。頭が混乱します。
男爵が優しく微笑んでくれます。自分の子はまだ助かっていないのに。
そうだ、子供達を助けに行かないと。身を呈して僕を助けに来てくれた子供達を助けないといけません。依頼主を裏切って僕を助けてくれたドーラさん達も。
僕は多くの恩を、返さないといけないんだ。
お城に着いてからはすんなり話が進みました。
男爵と共に謁見の間で父に会いました。部屋には父と宰相、母が居ました。
計画書を渡しました。僕は謝罪し、まだ逃げられていない人達を救ってもらうよう訴えました。自分の首を差し出しても助けて欲しいと。
誰も、何も言いませんでした。
父は男爵に、第2第3近衛師団を使え、と命令しました。
宰相から書類を渡された男爵は退室しました。去り際に僕の背中を優しく撫でてくれました。ありがとうございます。
どうか無事に帰って来て下さい。どうか皆を助けて下さい。僕は目を閉じ神に祈りました。
父と宰相はそのまま黙って退室しました。
僕は無力です。この話は既に男爵と父の間で決まっていた事なのでしょう。
剣術の先生に褒められても、魔術の先生に賞賛されても、僕は役立たずです。
母に連れられて部屋を出ました。母も何も言いません。
こうなっては何か言ってくれた方が楽です。男爵みたいに叩いてもらった方が愛を感じます。
廊下が長い。色々考えてしまいます。僕は誰にも大事にされてないのでしょうか。アレクサンドラさんやゲオルグくんが羨ましい。
とぼとぼ歩いて部屋に戻ると、妹が泣いて抱きついて来ました。
ごめんね、ありがとう。
いつのまにか僕も泣いていました。




