エルフの血が
村に着いたドーラは子供達をバスコに任せ、もう1人の仲間であるエルフのシビルと共に、周囲の警戒にあたった。
乗って来た馬車はとっくに走り去っている。
早朝だからか周りに人は見当たらない。
簡素な木製の柵で囲まれた小さな村だ。時間をかけずに一周することが出来た。
村の建物で1番高いところに登る。教会だろうか。
遠くまでよく見える。
村の外は平地が続いている。
王都は村の南方だが、その姿は見えない。一晩で随分遠くまで来た。
「ドーラ、子供を縛っている植物が動き出した」
村の柵に仕掛けを施していたシビルがドーラに伝える。
バスコがやらかしたか?
ドーラは舌打ちをして建物から飛び降りる。
「ちょっと見てくる。シビルは作業を続けてくれ」
「わかった。家の入口には罠を仕掛けてあるから気を付けて」
「りょうかい」
シビルと別れ、ドーラは隠れ家へ向かう。
バスコは強いが馬鹿だ。普段はドーラの指示に背く行動はしないが、バスコは子供の1人を気に入っていた。子供の口車に乗る可能性はある。
ドーラが隠れ家に近づくと扉が大きく開き、捉えていたはずの王子が飛び出して来た。
不用心だな。
飛び出した王子に罠が発動。せっかく抜け出したのにもう一度捕縛される。
ドーラは素早く近づいて王子を確保し、開け放たれた扉に向かって怒鳴る。
「動くな」
王子を助けようとして近寄って来ていた子供達を視界に収める。
3人居ることを確認。
攻撃してこようとしている女の子を2人が抑えている。
ドーラは王子を抱えて家に入った。逃げて逃げてと子供達に向かって叫ぶ王子が煩い。
「せっかく脱出したのに残念だったな。君たちを監視していた獣人は生きてるかい?」
ドーラの問いに誰も答えない。
「王子さま、少し黙っててください。悪いようにはしないから」
笑顔で伝えるドーラを見て、王子は息を飲む。
優しくしているのに失礼な。
静かになった王子を床に下ろし、ドーラも近場の椅子に腰掛ける。
「少し落ち着いて話をしないか?こちらからこれ以上危害を加えるつもりはない」
子供達は警戒を解かない。
とりあえず話を聞けとドーラは続けて言う。
「捕まっているこの子が誰なのか知ってるかい?」
知らないとわずかに首を振る3人。
「この子はこの国の王子だ。第3王子。知らずに飛び込んできた正義感は立派だが、君達は大きな事件に巻き込まれた」
すみません、と王子が小さく言う。
「こいつは自分の親から外に行くなと言われているのに、使用人の甘言に惑わされ抜け出した。1度ならず何度も。小さな成功で気を良くして、警戒を解いてしまった。誘拐されたのは自業自得だ」
王子が泣き出す。謝罪の声が大きくなる。
「そんなの、子供を利用しようとする大人の理屈だろ」
王子の泣き声に負けないように、少年が声をあげる。
「ふふ、ようやく喋ったね。君が3人の司令塔かな。席について話さないか?」
ドーラに勧められ、少年は渋々席に着く。
「まずは自己紹介をしようか。私はドーラ。“雷帝”のドーラだ。君達を監視していた獣人はバスコ。もう1人居たエルフがシビル。シビルは周囲の警戒に出てるよ。で、こいつがプフラオメ王子だ」
いつのまにか泣き止んでいた王子が、よろしくお願いします、と言う。
緊張感が緩んできたのか、その挨拶は場違いじゃないかとドーラは笑う。
「僕はブラック。女の子がレッドで、獣人の子がホワイト」
少年達が短く自己紹介をする。
「まあ名前はなんでもいいか。ブラック、我々は依頼を受けて誘拐をしている。依頼主の誘拐目的はなんだと思う?」
「身代金」
ブラックは端的に答える。
「一般的な答えだね。君はもう少し違う考えが出来る子かと思ったけど」
ブラックは肩を竦めて、そんなことないよと反応する。
「依頼主は人族至上主義の為に王家の混血を排除するのが目的だそうだ。この王子にはエルフの血が混ざっているらしい」
え、と声をあげる王子。
「無事に帰れたら母親に確認してみな。外見的な特徴は無いから混血は数代前だろう。ハーフエルフなら一目でわかる」
そんなぁ、と落胆する王子。
「私は混血は悪いことじゃないと思うけどね。あんたに流れるエルフの血が、いつか役に立つよ」
気落ちする王子を見て、ドーラはつい励ましてしまった。
王子から礼を言われて少し恥ずかしくなったので、急いで話を進める。
「誘拐事件の主犯が人族至上主義の者で、目的は混血の排除だと大いに宣伝するそうだ。王子は生きて帰すから殺すなと言われている」
「生きて帰して民衆の前で処刑でもするんですか」
「さあ、親子共々処刑するのか国外追放するのか、その先を私は知らない」
ブラックとドーラの言葉に王子は取り乱す。
処刑するなら僕だけにしてください、母と妹は助けてくださいと懇願している。
「そう叫ぶな。私はこの話は嘘だと思っている。戦時中ならともかく、今の平和な時代に民族主義は流行らんよ」
「ではなんだと思っているんですか」
王子も叫ぶのを止め期待した様子で話の続きを聞こうとしている。感情表現が豊かな奴だ。
「話は変わるが王子、あなたは魔法が得意なようだね。第1王子を超える魔力を持つ、と城下で話題になっていたよ」
「兄と比べたことはありませんが、魔法の先生には褒められています」
王子が少し照れた様子で発言する。
「この国は人族至上主義というより魔力至上主義だ。魔力の量、魔法の巧みさで王が選ばれる傾向にある。現王も第2王子だった」
「次の王に第3王子が選ばれる可能性があると」
ブラックが答える。王子には寝耳に水なようだ。
「このまま立派に成長したら、な。それを面白く思わないのが第1王子派と第2王子派の連中だ。擁立する王子が国王になるかどうかは、天と地ほどの差があるからね」
なるほど、と王子は納得する。
「我々に仕事を依頼したのはシュバイン公爵だ。王都より北に領地を得ていて、この村も領内。依頼を受けた時に本人が居たが、わざわざ姿を見せるなんて我々も舐められたものだ」
その時の厭らしい視線を思い返して、ドーラは吐気を感じた。
「その公爵は第2王子派だそうだ。後は分かるな」
ブラックと王子が首肯する。
「第2王子と第2妃が関わっているかはわからないが、公爵が一因なのは確かだ。さてここで質問だが、公爵がこのまま我々や王子を生かしておくと思うかな」
「貴女達と王子を殺して、貴女達を犯人とする。もしくは王子だけ助けて第3王子派に取り入る。僕らは殺されるか、よくて奴隷だね」
ブラックが答える。
「そうならないよう手は打ってあるが、上手くいくかは分からん。上手くやるためにも、君達の協力が欲しい」
ブラック達の相談を待っていると、見回っていたシビルが帰って来た。
「ドーラ、北から50人ほどがやって来る。兵装は兵士の物じゃなかった。それからこの村、人っ子一人いない」
無人の村で目撃者も無く殺害か。もしくはこのまま焼き払われるか。殺されたか強制退去させられた住人は可哀想に。
「仕掛けの方は」
ドーラが尋ねる。
「問題無い」
シビルが短く答える。
ブラック達は相談が終わったようだ。ホワイトが地下に降りていった。バスコを連れて来てくれるなら助かる。
ドーラも王子の捕縛を解くようシビルに指示する。
ドーラはこれから行う作戦の説明を始めた。